第35話 報われぬ想い

 知っていた。彼が誰のことを愛していて、その人がどれだけ彼のことを大切に思っていて、自分がそんな幸せそうな彼を好きになったということくらい、知っていた。如何なることがあっても受け止めたうえで傍にあろうとするつもりでいた。

 …だが、そんな意思は土塊つちくれみたいに、あっけなく崩れた。なんとなく人のいる気配がしてこちらへやって来てみれば大好きな人とその想い人である自分の友人の一人が心底幸せそうに笑い合っていた。きっと世界の誰にもあの二人の中には割って入れない。拒んではいけない聖域。足を踏み入れることなど許さないという圧倒的なプレッシャーに疎外感を思わず覚える。

 疎外感、というのもおかしな話だ。そもそも彼の目には彼女以外映っていなかった。いつだって私のことより彼女の事を考えていた。嫉妬がない訳ではない。だがそれに劣等感を抱いたり嫉妬したりするのはおかしな話だと思った。選ばれたのは彼女。アタシには選ばれるための努力も、時間も、想いも足りなかった。ただそれだけ。どんなに好きでいたって告白すらできなかったアタシに嫉妬なんてする権利は無い。

「…ぐすっ、ひぐ…っ、ぅ…」

 嗚咽が、堪えきれない。理屈ではわかっていても、体が理屈通りに動いてくれない。堪えなければと焦るほどに悲しみや苦しみが堰を切ったようにとめどなくあふれてくる。どれだけ自分が彼のことを好きでいたかを今更ながら痛感する。伝えればよかった、届ければよかった、そんな後悔が止まらない。

 これだけ声を上げているのだ。よもや気づかないということはあるまい。二人とも私の存在に気が付いているはずだ。今すぐこの場を離れないといけないのに、足が動かない。それどころか視界も定まらない。朦朧とする視界。呼吸も俄に荒くなり始めている。

 離れろと急かす鼓動、抵抗する四肢。自分でもどうしたらいいかわからなくなり始めた時。

「おねぇちゃ、かなしい?我、かなしいきもち、よくしってる。から、おはなしきく」

「ひぐぅ…ぅえ?」

「ほら、よしよし。よく、してもらった。こころ、やすらげ」

 そうして何も深いことは聞かずに頭を乱雑に撫でてくる鬼の子。丁寧ではなかったが優しくはあった。髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまうのもお構いなしに少女は頭を撫で続ける。

「苦しいとき、さみしいとき、つらいとき、かなしいとき、うれしいとき、たのしいとき、いろいろある。我、いっつもくるしかった。だから、何も聞かない。でも、なでなでする」

 なでなでと慈愛の籠った手つきで髪の中に無遠慮に指を突っ込まれる。ただそんなことがアタシにとってはとても嬉しくて。両親からは「早く死なないか」と影口を叩かれるほどいらない子扱いを受けているアタシは、この行為に慣れていない。

 そのせい、だろうか。もう、我慢しなくていいような気がしてくる。少なくとも、この子は今のアタシを受け入れてくれる。

「ふふん、我、いろんなかなしみ、しっている。…だから、我慢しなくて、いい。誰が文句言っても、我、守ってあげる。まかせろ」

「うぅ、うああああああああっ、は…っ、あぁぁぁ…」

 こぼれ落ちる涙は留まることを知らない。もはや誰にも止めることはできないであろう感情の奔流が、溢れ出す。

「アタシだって、ぇ…がんばって…うぅああっ、がんばったのにっ…い…あああああああああっ…」

「おねえちゃ、がんばったなら、えらい。我、わからないけど、おねえちゃ、自分で言うなら、きっとまちがいない。だから、泣いていい、がんばった、ね」




























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