第34話 君の想い
俺には、うまく人の心を理解することができない。人の心を理解できるように誰にでも寄り添ってきたつもりだしなるべくなら相手のことも考えてあげようと思っている。
…理解できないというのは違うかもしれない。分かっているうえで、その上で自分の伝えたいことが正直に言い表せない。この点は少しエレナと似ているかもしれない。相手の事を尊重しようとして自分がおざなりになる。もどかしさや苦しみによって胸の奥がひどく傷んでいたとしてもそれを隠そうとしてきた。それが最善策ではないということを知っていて、それでもなお。
だってその方が相手は幸せになってくれるかもしれないじゃないか。自分のことなど気にせずに相手に好きなことをしていてほしい。
相手に我慢させるくらいなら自分が苦しめばいい。それで相手の笑顔が見れるならそれに越したことは無い。そう思って生きてきたからこそ、俺とエレナは喧嘩する日もあった。きっかけなど些細なことだ。やれ他の人とばっかり話していただの、やれ言いたいことを言ってくれないだの、そんな程度。
でも俺にとっては、エレナにとってはその程度の事がとても悔しくて、悲しくて、衝突を繰り返した。『なぜ教えてくれないのか』と自分に責任を追い求めた日もあった。いや、それは今現在、この瞬間も同じだ。
何時だって自分に責任がある。きっとこれはゆるぎない事実だ。何も手の打ちようがないなんて状況は万に一つもない。僅かな手を掴めていないだけだ。
そう思ってこれからも俺は掻き消えそうな手段さえ求めて喘ぐだろう。
…そしてそれはエレナも同じ。
月光の下、縁側に腰かけて何も言わずに二人、月を見上げる。佐原や叔母さん、鬼の子、姉さんはみんな寝入ってしまった深夜の事である。
虫の声だけが静かに響き、日中とは違って涼やかな風が頬を撫でる。田舎らしい草の匂い交じりの風だが俺はこの匂いが好きだ。心のどこかで抱いている
「ねぇ…アヤくん。こうして夜にお月様見上げながらお話するのって、何回目でしたっけ」
懐かしそうに目を細めながらエレナは言の葉を転がす。昔はよく語り合ったものだが、最近はめっきり機会がなくなってしまっていたためにこうして話すのも久しぶりに感じられる。
「さぁ…もう覚えちゃいないな。でも、すっげぇ懐かしいよ。お前が途中で寝ちゃったりするもんだから俺がいっつも運んでたよ」
「仕方ないじゃないですかぁ…夜なんですから。眠たくなっちゃうのも仕方ないですってぇ!」
目を不等号みたいにして不平を嘆くエレナ。そんな仕草さえ懐かしくて目頭が熱くなってしまいそうだが、そんなことで一々泣いていたら俺は水分をからして死んでしまう。ここは我慢だぞ。
「単刀直入に聞くが…どうしたんだよ、調子悪いみたいじゃんか。なんかあったら言えっていつも言ってるだろ?」
「…えっと、その、アヤくんが気にすることじゃないような」
「あーはいはい、そういうのいいからさっさと教えろ。もったいぶってるなら犯すぞ」
「あ、ぜひ」
「…んでなんなんだよまったく。調子狂うんだよこっちも。ここで一応はっきりさせておくが前提として俺はエレナが大好きだぞ。他の人なんて興味もないくらい」
分かり切っていることだけれど、伝えておかなければ正直に話してくれない。そんな一癖も二癖もある女の子だけれど、そんな風にへそをまげるところもすごく可愛らしくて魅力的で。きっと俺はこの子以外を見れはしないだろう。
だってこんなにも、胸が高鳴っている。心臓が、傍に居れることに歓喜している。
「…それでも、言えないことかよ」
「言え、ます…言います、悔しいんです。私の知らないアヤくんが居た事、それを知っている人がいること、そしてそのひとがアヤくんの傍に居ること。
たまらなく悔しくて、こんな嫉妬をしている自分が情けなくておかしくなってしまいそうなんです。
分かっています、これが異常な感情だってことは――」
「馬鹿か、お前」
言ってやった。その感情が異常だと?そんなのは黙っていられない。
その感情を異常だと論じるならば――。
「そんなもん…俺も同じに決まってるだろうが。どんだけお前が居なくなってから俺がおかしくなったか。俺、荒れてたんだぜ。これでな。学校の先生にもどうしちまったんだって泣かれて。それでも抑えらんないくらいお前が居なくなった後、荒れてた」
「…聞いたことがあります。でもそれは、いろんなことが重なってて、私の件がダメ押しに…」
「違う。むしろ逆だ。お前が居なくなって絶望してたところで将来への不安とかが追い打ちをかけてきたんだ。だから、その、その感情を異常だっていうなら、俺だって異常だ。へんなやつだ」
そう、俺だって異常なのだ。だからこの感情はエレナのものだけじゃない。俺にだってある普通のごく当たり前に存在していいはずの感情。
一人で抱え込むべきものじゃなく、二人で溶かし合って深めていくべき大切な感情。
何故ならば、互いを想うが故に生まれる行き先を失った愛情の形であるのだから。
「…だからさ、そんな風に悩むなよ。俺は誰に求められたってエレナ以外を選ばないしそもそも選べない。悔しいけどお前以外見れなくなっちまってるんだよ、俺は。そして今日みたいに苦しそうにしてるエレナも見たくない。苦しんでるなら助けてあげたいしできることなら肩代わりだってしてやりたい。
でも言ってくれなきゃそれすらできないんだ俺にはさ。言ってもらえるように努力はしてきたつもりだし、これからもしていこうと思う」
「…うん」
「エレナも俺に歩み寄ってほしい。これまで以上に。そうしないときっと俺たちは互いを好きなまま、それで終わりだ。本物の恋人や夫婦になんて一生なれない。なったとしても仮初めのままだ。偽物と言い換えてもいい。そんなのはいやだろ?」
エレナは瞳を潤ませ、月光をその瞳に湛える。病的に美しいその姿につい見惚れてしまう。涙が見えるとことは想いが近くまで届いている証拠だ。あと一歩。
「もう一度言うよ、俺は
「ふふっ…大好きって、二回、言いましたよ」
「何回だって言う、俺の声が届く限り、お前が俺の傍にいる限り。だから――」
笑い合って呼吸を合わせる。口にする言葉は自然とわかる気がした。
「「ずっと一緒にいてください。大好きで、大切で、大好きなひと。」」
この月夜は、俺たちが、初めて本物になれた夜。
いつまでも忘れられない、素敵な瞬間。
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