第44話 警告します

「あぁぁぁ、つがれた」

 俺は扇風機に当たりながら、口から死にそうな程の疲労感を滲み出させていた。気が付かぬまま風呂から出ていた俺は、寝巻に着替えて脱衣所からリビングへと移動。リビングの椅子に腰かけ、うなだれる俺を見てエレナが心配そうに気遣ってくる。

「大丈夫ですか…?少し調子に乗りすぎました、ごめんなさい」

 申し訳なさが如実に感じられるその口調は、心から反省しているといった様子でなんだかこちらとしても落ち着かない。もちろん疲れたっちゃ疲れたが、怒っているわけでは無いし個人的には嬉しかったのでなにも文句は言うつもりはない。

 しゅんとした様子のエレナの銀色の糸の様に透き通っていて艶のある――風呂上がりだからか、いい匂いのする――髪の毛に指を通らせて頭を撫でる。

 努めて朗らかに笑いかけながら彼女に言う。

「いや別に俺としても嫌なわけじゃないし、むしろうれしいまである。でもほら、エレナ?いいかい、ちょっと長くなるけれど」

「はい、アヤくんが言いたいことがあるならちゃんと聞きます。隠し事はもうナシ、でしたよね」

 一つ俺は首肯を返し、

「あのね、エレナ。俺はお前のことが大好きなんだ。いい?もう一度言うよ。世界一大好きだ。健全な男子中学生として好きな人と一緒にお風呂に入れるなんて願っても無い嬉しい機会。だからそのことに関しては微塵も怒っていないんだよ。

 …でもね、大切だからこそ、一線を超えるのが怖いんだ。お前を失うのが。何かがあって俺たちが引き離されなきゃいけないようなことになると、きっと俺は俺でいられなくなる。例えば、間違いが起こった時なんかはね。確かに俺たちの両親はそういうのに異常なほど甘いし、お前の父さんからだって英語でたまに孫の顔を見せてくれ、なんて言われてる。そんな風になってるから感覚がマヒしてるかもしれないけど、ほんとはそんなことあっちゃいけないんだ。

 別に一緒にお風呂に入るなとは言わないし、こちらからお願いだってしたいくらい。でもね、もし俺が自分を抑えきれなくなった時にはエレナは自分を守ってほしい。俺だって男なんだよ。わかるよね、この意味」

 こくり。有無を言わせぬ俺の言葉に壊れた人形の様にぎこちなく頷くエレナ。これは話しておかねばならない大切なこと。命とはそういうもの。エレナに離す時には言葉を濁したが、子どもができてしまった場合に一番苦しい想いをするのはエレナなのだ。それはなにも物理的な痛みに限らない。周囲から奇異の眼差しで見られるのは当然として、陰口をたたかれもするだろう。俺だって守ろうと努力はしていくつもりだけど、叶うならなるべくそんなことで辛い気持ちにはさせたくない。

 だからここまで言う。エレナに幸せになってほしいから、エレナを幸せにしたいから。

 …逆に言えば一線を超えなければ個人的には嬉しい限りなのだが。合意の上なら別に俺はいいと思ってる。だから大きく突き放すような真似はしない。お偉いさん方はダメって言うんだろうけど、節度をわきまえてしっかりと踏みとどまれる精神があるなら、ギリギリまでしたっていいとは思うんだ。

「…じゃあ、次からは外に出してもらいますね」

「…あ!?ちょっとおま、何言って」

「…うそです。ちゃんと今回も外ですよ」

「焦らすなよ死ぬかと思ったわ…って気絶してる間に何やってんだ俺」

 本気で冷や汗を垂らす俺に対して、小悪魔のような表情でぺろりと舌を出すエレナ。美少女過ぎて様になってるのがムカつく。また惚れてしまうじゃないか。大好きだぞこのヤロウ。口には出さんけど。

 でもエレナも一応分かってくれたみたいで良かった。俺がエレナの事を大事にしたいって思ってるのは伝わったってことかね。

「アイス食べましょ!アヤくん!私はぶどうです!」

「待っておれ今までオレンジしか食べてな――」

「はやいもんがちですー!わぁぁぁい!!」

「あああああああああああああっ…おれの、ぶどう…」

 エレナの口に吸い込まれていくぶどうアイスに手を伸ばしたままうなだれる俺なのであった。



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