第28話 夕涼み
「…ねぇ」
「ね、びっくりでしょう。俺だって最初は信じられませんでしたよ」
傍らで硬直する叔母さん。それもそのはず。目の前には空になった丼がひぃふぅみぃ…数えるのはやめよう。
そしてその丼の残骸の周囲には満足げな顔でほやほやしている美少女が二人。こちらは数えても問題ない数量だ、助かる。
そんな彼女らが目の前の死山血河を生み出したとは信じられないといった表情だ。
実に共感できる。こんなに食いしん坊だなんて知った時は正直何か悪い夢を見ているんじゃないかと思った。佐原もそれについていくどころか追い越す勢いなので更に恐怖である。食欲全開とはまさにこんな感じなのだろうか。
「いや、アンタこれ…え?アンタが食べ盛りだろうからっていっぱい用意したのに…嘘でしょう?本気で言ってたのかい、これ全部食われちまうって…」
唖然とする表情。呆れというか怒りというか賞賛というか感嘆というか…そういった感情も無いことは無いが九分以上を占めているのは間違いなく困惑と動揺に他ならない。
叔母さんは俺の忠告に対して、育ち盛りだから俺がたくさん食べたいんだろうと読んでいたらしい。いや普通はそれで何も間違いないんだけどね。
この子達胃がブラックホールに繋がってるから。でもいっぱい食べる君が好き。
「「おばちゃん、ごちそうさまでした…ふぃぃ」」
「ほんっと仲いいよなお前ら、そんなにお互いの事が好きか」
正直ここまで仲良くなるとは俺としても予想していなかった範囲だ。何しろ取材を受けた当初は殺気すら放ち(後々他の人の証言で気のせいではないことが分かった)、一触即発のムードすら奏でて見せた二人に何があったらここまで仲良しになれるのか。一時は学校内の七不思議の一つに認定されようとしていたほどの噂になっていたが、それ以降その殺気は発動しなくなり、集団錯覚ということで幕を閉じた。
集団錯覚ってのもまたそれはそれで七不思議レベルの事件だが、なぜか大ごとにはなっていない。不思議だ。それもまた七不思議(?)。まぁそんなことを言いだしたらきりがないのだけれども。
ともあれ、この二人はなんだか急に仲良くなったと見える。波長が合ったのかはたまた俺の知らない何かが彼女たちの間にあったのかは知らないが、仲良しなのは良いことである。
あまりに仲良しなために、クラスの男から『佐原さんにエレナさんとられちまうのはやめとけよ…流石に。お前の女だろしっかりしろよ』なんて言われてしまう始末。
おかしいな、いっつもイチャイチャしてるってどやされてきたはずなのに俺が心配されるって。一部の集団では二人をくっつけようとしているらしい。
それもそれで無いことは無いが、流石に惚れた女の子を天秤にかけてまで見たい光景ではない、見たいけど。見たいけど。
そんなこんなで俺は密かにエレナ奪還作戦を胸の中で描きながら食い倒れ気味の彼女らに声をかける。
「美味しかったか?」
「はい!でもでも!アヤくんの方がおいしいです!」
「俺の料理、の話だよな」
「佐原さん的ジャッジにおいても僅差で宮野クンに勝利が確定した」
「俺の料理、の話だよな」
「…アンタ、この子達にどんな味叩き込んだんだい」
「俺の料理、の話ですよね」
「「「うーん…」」」
なんだ。ここも仲良しか。というか叔母さんまでなに仲間に加わってんですか。間違いなくあなたはこちら側の人間でツッコミを担当してくれる数少ない人物だと確信していたのに。俺は悲しいです。強力な助っ人が来たと思ったら裏切ってラスボスになった感じ。よく劇場版アニメとかで見る展開ですね。ルパンかな?
ふとこんなお話をしている間に日は沈み、七時半という時刻でさえ、辺りは真っ暗な夜の帳を下ろしていた。静寂と暗闇に響くのは夜の虫の声。
流石に鈴虫みたいな綺麗なそれっぽい声ではないが、オケラか何かのように地中から声を出すような虫もいるらしい。中々こういう体験は都会にいてはできない。
コンクリートに囲まれて冷房の効いた部屋でゲームするのもいいもんだが、涼し気な夜の風に当たりながら自然を全身で感じるのもまた素敵なもんだ。
実際に住んでみようとはならなくても、たまに来るくらいならストレスでがんじがらめになった心を解すのには都合がいい。
これからも何かあったら来るとしようかな。おばさんの世話にまたなればいいさ。
「まぁなんだい、理人の料理が上手いのはおばちゃんも知ってるさね。
片付けがあるから、アンタ達は星でも眺めてきな。ここから二分くらい歩いたところに広い草原があるのさ、そこだと綺麗に星が見えるんよ」
…星、か。星は好きだ。壮大で、幻想的で、何よりロマンチックだ。
天体望遠鏡でしっかり観察するのも好きだが、漠然と広がる星空を眺めるほうが俺は好きだ。きっと彼らの大きさに迫る必要はない。その雄大な存在を遠くから矮小な存在として眺めるのがたまらないのだ。
星空にあこがれを持つのはエレナや佐原も同じようで、星と聞いて目を輝かせている様子。まぁそうだよな。都会じゃ一番星と夏の大三角、宵の明星明けの明星くらいが限界だ。興味がわいて目が輝く気持ちは痛いほどわかる。
「んじゃお言葉に甘えてちょっと見てきます。ここのランタン借りていっても大丈夫ですか?」
「あぁ、構わないよ、足元に気を付けてね」
二つ返事で承諾。こうして光源を確保できたのは大きい。田舎の道は足元に蛇とかいたりするので本気で明りが無いと地獄を見る。蛾とか来るから一概に利点ばかりなわけでもないけどね。
お礼を言って靴を履き、外へ出ていこうとする俺たちを見送りに来てくれたようで、叔母さんは玄関までついてきた。
「行ってらっしゃい、しばらくしたら戻ってくるんだよ…あ」
行ってらっしゃい、そう口にした叔母さんは直後に何かを思い出したかのように硬直した。数秒逡巡するように視線を泳がせ、俺達に少し困り顔で伝えた。
なんだかそれは非現実的で、曖昧な発言だったが、きっとそれはれっきとした忠告だった。
「――あんたら、もし鬼にあったら、息を止めなさい。喰われるけんね」
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