第27話 酷暑
「…暑いな」
滲み出る額の汗を拭いながらけだるげにつぶやく。
暑いと言ってどうにかなるなら地球温暖化とかいう日本語など存在しないのだが、そんなマンガみたいな話があるわけがない。暑いもんは暑い。それだけだ。
「麦茶がしみますぜぃアヤくん」
両手で小さな湯飲みを包み込むように抱え、氷の浮かぶ麦茶をこれまた小さなお口に当て、こくこくと喉を鳴らす右隣のエレナ。
下っ端のような口調にもなっているが、真一文字に結ばれた目を見れば、日差しの強さの片鱗を推し量ることくらいはできよう。
麦わら帽子がすごく似合う美少女である。透き通るほどの色白のロシア人さんなのに日本文化が似合うってのも素敵。
「…一説によれば暑さは性的興奮を最高潮まで引き上げるとかなんとか」
「…帰ってこい佐原」
「…ふぁっ」
左隣で摩訶不思議な下ネタを吐き連ねていた佐原。実は変態なんじゃないだろうか。うすうす感づいてはいたけど。佐原も頭がパンクしているご様子。
仕方あるまい。俺のようなある程度外で活動できるタイプの男子がしんどいのだ。
新聞を書いている物憂げなお嬢様がしんどくない訳が無かろう。正直夏なんてまだもう少し先だと思っていたからここまで暑いとは思わなかった。
流石に例年の八月や九月などに比べればまだマシな方だがこの時期にしては異常だ。
その証拠に居間のテレビからは『猛暑』、『熱中症』なんて言葉が当たり前のように飛び出してくる。昼下がりの今の時間帯が恐らくピークを過ぎたあたりだから、これからは落ち着いてくるとは思うが…夜まで残ったらこの暑さ、地獄だぞ。川の字どころじゃないぞ。
三時半を指す左腕の腕時計を横目に眺めた瞬間、台所の方から声が聞こえた。
「おまたせー!塩焼きいっちょあがりぃ!…でもほんとに食べれるのかいこれ。無理して食べなさんなよ。あまったらおばちゃんがいっぱい食べちゃるわ」
快活そうな気持ちのいい通る声ととおもにのれんの奥から恰幅のいい叔母さんが現れた。手伝いくらいはするといったのだが、『アンタがどっか行ったらあの二人の面倒誰が見るんね…気持ちは嬉しいけど、ほっとかれたら流石におばちゃん心配やわ』
なんて言われてしまったので納得せざるを得なかった。これもまた仕方なきかな。
「おいしいもの」
「現る」
「「ならば我が同盟に僅かな綻びもありはしない」」
「仲良きことは美しきかな、か。大変仲睦まじくて嬉しいですお兄さんは」
「ほんとねぇ、いい子達捕まえてきたねぇアンタも」
「いや…は?」
叔母さんは何を言っているんだろうか。捕まえてきたって。虫じゃねえんですよこの子達。
「…まぁみんなある程度年頃だからさ。いろいろあるとは思うけど、別におばちゃんは一緒に寝るとか一緒にお風呂入るとかは文句言わんわ」
「…はぁ」
「でもね」
もったいぶるなんて珍しい。いつもならもっとハキハキ言いたいことをズバズバ言ってくるタイプの人だ。違和感があるが、それほどまでに口にしがたいことなのだろうか。
叔母さんは塩焼きにかぶりつく二人を一瞥し、顔を近づけて声を窄めて言った。
「…子供はぁ、作るんじゃあないよ、まだ、はやいかんね」
「お気遣いありがとうございます…でも俺が気を付けたところで、ですね」
「…?なんだい?」
「いえ、ご忠告感謝します。頑張ります」
「…ん。そうするといいさね。ほら、あの子達のところに行きな。アンタの分無くなっちまうよ」
そう促されるままに居間の中心の方へ戻っていく。そこには幸せそうに魚をほおばる美少女二人が居た。既にお腹いっぱい胸いっぱい。
…まさか襲われる危険性があるのは俺の方だなんて、言えないですよね。
いい子達とか言っちゃったしね。
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