幼馴染×転校生という可能性

いある

第1話 転校生と俺の関係性

 学校が好きな人間とはどのくらいいるものなのだろうか。俺?俺は結構好き。勉強とか確かにだるめではあるけれど、友達とバカやってる時間はそう悪いもんじゃないからな。

 だが今日はいつにも増してテンションが高い。それもそのはず、月曜日とは言え、今日の時制は午前中授業なのだ。すこしテンションを上げたところで誰にも咎められまい。しかも得意教科の数学なんかの授業ばかりなので気分はおのずと弾む。仕方ないね。

 今日はお昼から雨が降るらしいが、そんなのはどうでもいい。俺を含めて皆にしてみてもどうでもいいことだと思う。傘は忘れないけれども。

 傘を忘れて一緒に入れてくれる心優しい美少女の委員長なんてこの世界には居ないからみんな気を付けるんだぞ。

 酷いときにはずぶぬれで帰る羽目になる。

 友人を頼ろうとしても『俺も忘れた』『彼女に貸した』とかあほみたいなことを抜かしまくる連中ばかりだ。嫌いじゃないけど。

 人を頼るのは本当に困った時だけにしたほうがいいよマジで。誰に説明してるのかわかんないけど俺。




 階段を上ってすぐ右手に俺の教室はある。木製のよくある引き戸。黒板消しとかがよくはさまれているアレだ。いや実際に挟まっているわけじゃないけれど。というかあれ挟まってて気が付かないものなのかな?どうでもいいけど。

 木製で、上にガラスがハマっていて、取っ手の上のところに南京錠を付けるところがあって。まぁどこにでもあるタイプのものだ。

 理科室とか音楽室とかは別の材質のものをつかってあったりするのだが、普通の教室は全部木製である。なのでたまに木のささくれとかがある。

「聞いたか宮野!!!!」

 過去に傷をつけられたことのある扉を手もとに気を付けながら開けた瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは元気過ぎることで有名のクラスメイトの声だった。朝からこんなテンションになれるのもおかしいが、今日くらいはこの俺の溢れ出る寛容さで受け止めてやることも吝かではない。

「なんだよ明川あけがわ。朝から今日もうるさいぞ」

「ひどいじゃないか!まぁ事実そうなんだろうけど。…って、そんなことより聞いたか?転校生が来るって話を!」

 転校生…?記憶に今の話を照らし合わせて見るが一切該当するものがない。昨日クラスのグループチャットにも顔だけ出したが、件の転校生についての話題は出ていないように思えた。

「いや…?昨日クラスのやつもちらっと覗いたけどそんな話はだれもしていなかったぞ。まぁ十一時に確認したからそれ以降のことは知らないが」

「なんでだよぉ!そのあとくらいからだよ丁度!噂によれば超美少女らしいぞ!もし結婚出来たら結婚式には呼んでやるからな!」

 何故か目の前の友人は顔も見ていない転校生と結婚式を挙げるつもりらしい。

 妄想癖もここまで来れば見事なもんだ。

「…何で見てないのかとと言われてもなぁ。つーかその情報のソースはどこよ。信頼できるの?」

「いやーそれは教えられませんなー」

「そうかよ」

 聞くだけ無駄だった。俺はシカトして自分の席へ直行しようとする。荷物は今日軽いから足取りも自ずと軽い…んだが、何故か俺を引き止める明川。

 知性が足りない顔つきをしている。

「いやもうちょっと興味示せよなんかあんだろ」

 早口で捲し立てる明川はなぜか必死だ。どうしても俺に構ってほしいらしい。

「わーすごーいちょーきになるー」

「まだ無視の方が愛情を感じた」

「無視に愛情を感じるな」

 性癖でも狂ってしまったのだろうか。

 本気で友人を心配する俺に、ややしょんぼりとして話しかけてくる。これが可愛い女の子だったら俺も嬉しいんだが、野郎だからなぁ。

「はぁ…本当に気にならないの?美少女だって言ってるだろ?」

「だから情報に信用がないんだって」

「は?俺のことが信用できないとでも言いたげじゃないか。俺たちもそれなりに仲良しじゃん?だからもうちっとばかし信用してくれても?いいんじゃねえかな?みたいな」

「お前から世界一遠い言葉を我が物顔で振り回すな」

「そんなに信用できないと言われると凹むんだが…まぁネタバラシすると昨日かな?綺麗な女の子がでっけえ男の人と一緒に職員室に来てたんだよ」

「そうなのか。知らなかった」

「反応薄くない?」

 不満げにこちらを見やる明川。でもそんなに期待しても、と正直思うわけで。

 古今東西、学校に転校生が来た場合、イケメンか美少女だという展開は腐るほど実際にある。現実でも本当にそうなっているかどうかは考えないにしても、ありがちな展開だろう。よく俺も漫画とかラノベとか読んでいて目にする展開ではあるが…。

「実際のところそういう事例ってほんと稀だからな」

 現実にそういうことが起きる可能性というのは低い。

 っつーかぶっちゃけるとない。

 期待すんな。

 だが欲望に忠実な愛すべき我が友人は、まだ見ぬ転校生に期待の炎を燃やしまくる。

「期待して何が悪い!大体女性はよほどのことがない限り魅力的な生き物なんだからな!」

「お前のそういうところは本当に嫌いじゃないけどさ」

 こいつ、アホではあるが人を軽率に貶めることはしない。そこだけは美点だろう。あと顔立ちが整っているところ。言動が全てを無駄にしているとはいえ、イケメンに分類されることだけは忘れてはならない。

「おい宮野、転校生に手を出すんじゃないぞ。お前は確かすごい美人な幼馴染がいるんだろ?欲張って手を出そうとするなよ」

「なんの牽制だよ」

「まだ見ぬフィアンセを守るのは当然の使命だろうが」

 何故かキメ顔。

 腹立ってきたな。

 目の前の残念イケメンは音がしそうなほど綺麗に指先を突きつける。

 逆転裁判でももうちょっと力抜いてると思うよ。


「おい宮野、そろそろ予鈴だぞ。速やかに荷物を整理しろ。それと明川、数学の課題、後お前だけだから早く提出しなさい…なるべく私も評価は下げたくないのでな」


 ふと背後から声がした。

 物を言わせぬ威厳を放った男勝りの女性の先生。それでいて我がクラスの担任でもある。本人の前で言ったらどうなるかはわからないが、煙草やウイスキーが似合うと思う。所謂『姉御』ポジションという奴だと思う。言い方や仕草こそ乱暴なものの、人情味あふれる結構信頼できる先生ではある。やらかしたときはホントに容赦ないけど。

「了解です…すみませんわざわざ声かけてもらって。急ぎますね」

 軽く礼だけ言ってカバンからペンケースや教科書、ルーズリーフといった勉強道具を取り出して引き出しに入れていく。

 自分の言ったことと同じように速やかにカバンを片付けて席に座ると、数秒後に予鈴が鳴った。

 我が中学校では予鈴時に机にカバンがあった場合、それも遅刻とみなすといったルールが採用されている。他の学校は知らないのでこれが厳しいのかそうでないのかは判別がつかないが、ゆるくは無いのは確かだろう。先ほどの様に声かけしてもらわなかったら俺は遅刻者として扱われていただろうから、本当に感謝である。

 他の生徒もしっかりと席についている。あるべき理想の形といえよう。

 他のクラスからはまだ騒がしい声が聞こえてきているが、それはそれ、だ。

 別にエグい圧力で怒られるからみんな静かに待ってるとか、そういうわけじゃないよ。…本当だよ?

「さーて…なんか噂になってるみたいだから知ってるやつもいると思うが、今日からこのクラスに転校生が来る。正直女の私からしても中々の美人だと思うが…男ども。変な気を起こすんじゃないぞ」

「「「「…」」」」

 男子生徒一同、変な気を起こすつもりしかないようで。何故かある種の一体感すら伴って息を呑んでいる。普段はわいわいと騒がしい男連中がこの時ばかりは緊張に満ちた面持ちで一言も言葉を発さないというのが不気味でしょうがなかった。

 とはいえ先生までそういうことを言うなら多少の期待はすべきかもしれない。

 先生が人の容姿について褒めることは少ない。つまりそれだけ言葉の重みがあるというわけだ。少なくとも明川の二十倍くらいは。いや別に可愛いって褒めることが間違いじゃないんだけどな。人を積極的に褒めることができるのはある種の美点と言い換えてもいいくらいだし。

「そういやうちのクラスの誰かと顔見知りらしいからそいつはしっかりと男ども

 から守ってやれよ、ほっといたらマジでやらかす奴が出てくるかもしれん。

 もしやらかした奴がいた場合は…玉つぶすかんな」

「「「「ヒェッ」」」」

 男子から変な声が漏れた。想像したらなんかいろいろとつらい。男性にとって一番的確で身近でリアリティに富んだ恫喝。場合によっちゃ懲戒免職ものだが人となりが良いので誰も文句を言わない。それぐらい信頼があるということでもあるのだが、やはり恐ろしいものはおそろしいのだ。東京湾に沈めると言ったなら本当に沈めるだろう。いい意味でも悪い意味でも有言実行するタイプの人間だ。

 ブラックラグーンとかにいるタイプの人間だと勝手に思ってる。基本的には面倒見がいい姉御だが、もし一線を超えてしまったり大変なことをしてしまったら容赦なく責任を取らせる。我々が海底に沈む日もそう遠くはない。

「んじゃ入れ。黒板に名前書いて簡単に自己紹介しろ」

 ドアのむこうに向かって声をかけるとゆっくりと扉が引かれていく。

 誰もが息を呑み、踏み込んでくる転校生の存在に目を凝らす。

 そこにいたのは、白髪はくはつの美少女だった。

 絵に描いたような、という表現を用いても何の違和感もない。

 一言で形容するなら天使。翼や謎のわっかがついていたとしても何の違和感もないほどに彼女は綺麗だった。何の変哲もないセーラー服も彼女が袖を通せば、彼女のために仕立て上げられた洋服の様にすら見えてくる。浮世離れした印象を抱かせる少女はゆっくりと教室に足を踏み入れ、落ち着いた様子でチョークを手に取り、すらすらと自分の名前であろう文字列を綺麗に黒板に書く。我々の国では顔文字程度にしか使われない独特の文字の形からしてロシア語だろうか。

 それにしても彼女の一つ一つの挙動はどこまでも美しい。常に目を奪われてしまう尋常ならざる魅力が存在する。意識を逸らすことのできない確かな魅力が。

「おはようございます」

 その声音は鈴を転がすような優し気で耳に染み入ってくるかのようなものであった。

 穢すことを許されない絶対的な領域さえ思い起こさせる少女の澄んだ声がざわめく教室に染み込むように響く。

「私の名前はエレナ=ログノヴァ、といいます。本日からこのクラスに転入となりました。このクラスにいる…えっと、アヤくん…宮野理人みやのあやひとくんと小学校までは一緒に住んでました」

 ログノヴァという姓はロシア圏のもの。ただ多分それを読み解き、ロシア人だと認識したのはこの場にいる人間では俺だけだろう。

 彼女が言った通り、小学生のころまでは一緒に住んでいたのだから当然といえば当然だが。

 しかしそれはそれとして…。

「ちょっとまてエレナその言い方はまずい」

「「「「殺す」」」」

「どうでもいいところで協力しないでくれ。というかさっきからお前らが纏っている強烈な一体感はなんだ。何がそうさせる」

「…?アヤくん…?何かまずかったでしょうか…?」

 きょとんと首を傾げて頭上にはてなマークを浮かべまくる少女。もといエレナ。

 コイツは結構俺の家に住んでいた時期がある。というのも、ロシア在住の親が忙しくて親友の俺の父さんに預けたんだそうな。

 そんでもって一緒に兄妹みたいに育てられた。創作界隈じゃもう食傷気味というかありふれた陳腐な状態だが、実際にそうであるからそうであるとしかいえない。俺が編集だったら直々に没にしてやるところだ。

 しかしそうはいってもこの状況はまずいわけで。このクラスの中では既にゴシップが飛び交い始めている。女子は黄色い歓声を楽しそうに飛ばしている一方で、男子からは凄みの籠ったオーラが噴き出していた。これが北斗の拳なら服の一枚や二枚、ぶち破っているに違いない。

「あぁ、気にすんな宮野。お前の家庭がどうのこうのとかは転入の手続きの時にお前の親からしっかり聞いてる。別にへんな誤解をするとかは無いからその辺は信頼してくれていい」

「そういうことです、アヤくん。今日からまた、お世話になります!」

「待ってくれまたうちに来るとか言いだすんじゃないだろうな」

「…問題でも?ベッドならアヤくんと一緒で構いませんので。追い出されると行くな所が無いのです」

「いや別にいいんだよそこはもう一緒に寝るのとか今更気にするのもアレだし。

 そこじゃなくてこの場でそれを公言したことが問題で…!」

 そう。そこが問題なのだ。何しろここは俺のクラス。

 つまり学校での大部分を過ごす場所。そこで居心地が悪くなるのは死に等しい。

 何か問題が起これば怒られるし何もしなくてもいろいろ噂になるだろう。

「おい宮野。ちょっと後でこっち来いや。俺たちとお話…しようや」

「オーケー明川。悲しい誤解だ。お願いだからその手をなんか抉りこむみたいな形に構えるのはやめよう。黒崎先生の手は煩わせたくない」

「ちょっとまて」

「クロ…サキ…?」

「オレ、シヌ?」

「キャラが不安定にも程があるだろ」

「よし宮野、お話と行こうか」

「いやキャラ戻されても困るんだが」

 途中で冷や汗を浮かべた先生の声が聞こえたがそれはそれとして。

 本気でみんな殺したいと思っているのではないだろうが、少なくともこの状況は俺にとって心地の良いものではなかった。とはいえみんないいやつなのは知っているので半ばじゃれ合いみたいなものに違いない。若干皆笑ってるしな。いきなり茶番が始まったようなもんだ。

「…まぁ、お話云々はともかく、ちょっと気になるから色々聞かせろよ」

「いやちょっとエレナの事に関しては人にいろいろ話したくないというか、内緒にしておきたいというか、自分の中だけにとどめておきたいというか」

「よーしやっぱてめえ殺す!」

「これは宮野氏が悪いでござるな」

「おい近衛このえ何すまし顔で読書してやがんだ助けろ!」

「やなこった、ですぞ。リア充死ね」

 隣の席の長身メガネに助けを求めた。

「お前が読んでる本、夏目漱石のカバーがついてるだけで実は官能小説だっていうことみんなにバラすぞ」

「おいちょっと待つでござるなんでそんなこと知って…」

「なんでだろ、私結構厳しくこのクラス見てきたはずなのに治安悪くない…?大丈夫?クラス変えよっか?なんかトラブルとか発生したら嫌でしょ?」

 殺伐とした展開に頭を抱えながらもエレナの方にそっと手を置いてクラス変更を提案する先生。決して暴動を鎮圧することができないわけでは無い先生だが、初登校の日にトラウマを植え付けたくないという粋な計らいなのだろう。

 だがその提案をエレナは細くて透き通るように美しい手で問題ないとジェスチャーを送り…。

「…お父様も、そのあたりのことは心配してくれてましたけど…私にはアヤくんが居ますからっ!毎日おはようからおやすみまで守ってくれるって言ってくれてましたし!」

 その後はまぁ、男子陣にもみくちゃにされたとかそんな感じでHRが終わった。

 端的に言って災難である。

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