第70話 ボードゲーム(偽)
「なぁ近衛。暇だな」
「我は別に…っいたたたたたわかった、わかったでござるから!耳を引っ張るのはご勘弁を!」
地獄の闇鍋を何とか食い終わったあと、リビングに集まって皆思い思いに談笑していた。ちなみに教師陣はどこかの居酒屋に呑みに行っていて今日はいない。というか姉さんがいたりしたら闇鍋なんて食べ物を粗末に扱うような真似絶対できないしな。
皆グロッキーな様子だが…それでもこのメンバーが気に入ってるのか、何か面白そうなことが始まるかもしれないという気配に少し表情は楽しげに和らぐ。
「じいちゃんの部屋に行ってくる。いっぱいボードゲームとかあるしなんか面白そうなのがあったら持ってくるよ」
「というわけで皆の衆、お菓子とジュースを用意して待っておいてくだされ」
そういってリビングから出て、扉の奥へ消えていく二人。そうして取り残された俺たちは言われた通りに準備を開始する。
闇鍋の証拠をしっかりと隠滅するために、何事もなかったかのようにきれいに机の上は掃除してある。まぁあとはただお菓子を用意するだけなのだから何も問題ないのだが。
「お菓子って何がいいんでしょうか…ポップコーンとか、ポテチとかですかね?味もいっぱいありますしいいんじゃないでしょうか?」
「エレナさんの意見も分かる…けど、ちょっと今回は不適かも」
「…?どうして?われ、ぽてちすき」
「いや確かにちょっとなぁ…いまからボドゲとかするなら手が汚れないようなのがいいかもしれないとは思うな。個包装のクッキーとかチョコとか、そういうのがいいと思う」
「あぁ、それなら納得です。一々手を拭いていたりしても時間がかかりますし、オレもそれでいいと思います」
「ジュースはどうしようか。あんまりいろいろ出してもあれか?」
「あ、われかるぴす」
「じゃあアヤくん、私はぶどうジュースをお願いします」
「アタシはジンジャーエールおねがい」
「オレは特になんでも。理人と同じのにしてください」
「了解。っつっても一人じゃ流石に厳しいな、手伝ってくれるおともだち―?」
「はい!われ、てつだう!」
「いい子ですね、灯ちゃんは」
和気あいあいと準備を進めていく俺たち。ある程度準備が済んだところで、リビングのドアが開いて二人が現れた。
「なんかよさげなのあったから持ってきた」
「いやぁ、これは盛り上がること間違いなしですぞ」
「なぁ、『合コンにはコレ!』って書いてあるように見えるんだけど」
「…あぁ、爺ちゃん、そうやってメモとるんだよ。あんま気にしないでくれ」
ボードゲームのパッケージの付箋に書かれた文字にはあまり触れない方がいいらしい。個人の黒歴史を漁るほど俺も人として終わってはいない。
「んじゃ簡単に説明を読むぞ。えーと…『リアル人生シュミレーションゲーム』…?」
「それって人生ゲームと何が違うんだよ」
「まぁパチモン臭はするが…ともあれやってみるか」
―――
「なぁ灯…まだヤるのか…?」
半ば呆れながらつぶやく。動揺というか困惑というか。そういったものが滲み出だしたのは、灯との子どもが二桁の大台に乗ったところだった。
高校卒業後、二人は同じ職場に勤め、多くの時間を過ごす中で惹かれ合い結ばれた。
…という展開だ。どうやらすごろく的なシステムで人生終了を目指すというゲームらしい。ゴールが死であるということが些か疑問ではあるが、パチモンらしくていいじゃん、という結論に至ったのでそれはいいとしよう。
すごろくというからには当然マスごとにイベントがあり、今俺…もとい、俺と灯…もっと言えば灯、暁那、俺、恵、エレナの五人が同じマスに止まっているという状況である。
「ふふ…いっぱい、うまれる。おにいちゃ、ぜつりん」
「オイ、誰だ俺の灯に変な言葉教えやがったヤツ。殺す」
「宮野氏…異種族ロリを何度も孕ませて子沢山とか犯罪者では?」
「確かに字面的には弁論の余地もないけれども!でもこれはダイスの女神さまがトチ狂ってらっしゃるのが理由なんだって!」
「あー…ざんねん、こだくさんたいむ、しゅうりょう」
現在俺たちが止まっているマスは『子作り』というなんの変哲もなく異常なマスである。説明書によると、ここにほかのプレイヤーと止まった時、異性が同時に止まっていればその中から一人選んで子供を作ることができるのである。
とはいえ暁那は本来の性別でプレイしたかったのか、ゲーム開始時に『女性ではじめてもいいですか?』と言って始めている。つまるところこの状況は、俺としか子供を作れないというわけで。
「あ、じゃあ次は私の番ですね…相手はもちろんアヤくんです!他に男性いませんしね!」
こうして平然と四股をかける羽目になっている。決してこれは意図した出来事ではないので別に俺がクズというわけでは断じてないのだが、実際にこの状況が起こっている以上、逆説的にクズと呼ばれても仕方のない所業であった。
そもそも子供が生まれるペースが早すぎるのではないかという指摘をしたい気持ちにもなったが、そんなことを言っている場合でもない。
「いや…ちょっともう勘弁してくれ…なんかこう、精神的に悪い気持ちになる」
「あー…やっぱりその…ちっちゃい子じゃないと興奮できませんか?」
「俺がいつ小さい子供で興奮したか教えてもらってもいいですかね?あとエレナに罵られるとちょっとガチで凹む」
「ご、ごめんなさいアヤくん!嘘ですよ、冗談冗談!私でも興奮できますもんね!」
「うわ」
「フォローに見せかけたラリアットやめてもらっていいかな?あと隣からガチでドン引きする声が聞こえてきたんだけど」
隣の恵が聞いたことも無いような声を出していた。確かに想い人であれこのようなハーレムっぷりを見せつけられたら百年の恋も冷めるだろうが、にしたってもっとあるだろう。一番されたくない反応と呼んで差し支えない。
「あ、5人で終わっちゃいました…残念です」
「どんだけ子供作る気なの?ほら、近衛と明川もなんか言ってやってくれよ」
「ええ…我々結婚できなかった組は財閥の主になり、総理大臣になっております故…そんな暇はないのでござる」
――気が付かない間にひどく出世していた。
「明川はいま何やってんだよ」
「えっと…研究者」
「一番縁遠い言葉だなお前、何研究してるんだよ」
「核爆弾」
――気が付かない間にひどく人道を外れていた。
今のご時世なら叩かれまくるだろうこの商品がなぜ世に出回ったか本当に理解ができない。
「ほら、次はアタシ。そーれ、いっぱいこどもつくっちゃうぞー」
「お前真顔で何言ってんの?」
真顔でサイコロを放り投げると…結果はピンゾロ。博打なら大当たりなんだろうが、悲しいかな、このゲームは二つのダイスを同時に振って、その差分子供が生まれる。つまりぞろ目というのは即ち子宝に恵まれなかったということに他ならない。まぁ六のゾロ目だと六人+もう一回となるわけだが。
がっくりと肩を落とす恵。なぜゲームでの子どもの数に絶望しているのか定かではないが、おいそれと言葉をかけられないほどには落ち込んでいた。
そしてそのやつれた表情のまま灯に向かって手招きをする。その姿はさながら冥府の死神であった。
「…養子、クレ」
「何で片言なんだよ、怖いよ」
「しかたない、こどもをひとつ、わける」
「普通に目の前で闇深い行為行われなかった?」
異種族ロリに孕ませて産ませた子供を、同級生との間に子どもができなかったという理由で養子にもらうとかその辺の人身売買よりもはるかに高レベルだ。
そして次に回ってきたのは暁那のパターン。今更だけどこのゲームの製作者、酒飲みながら作っただろ。絶対。
「じゃ、じゃあオレの番ですね…え、えーい…あ、二人です!丁度いいですね?」
「いや確かに他のと比べれば平均に近くはあるんだけどそれにしたって何がどうちょうどいいんだよ…」
「…ここで言わせるんですか?なかなか理人も鬼畜というかなんというか」
「俺がディスられる流れになってるのが本当に理解できない。何かしたかな??」
「いや…この場面は誠もびっくりのクズ男だぞ。うん、第三者である俺でも刺したい」
「いや誰だよ誠」
「うっさい、誠死ね」
意味が分からなかった。近衛がとなりで腕と足を組んでうんうん、と満足げに頷いているのも無性に気味が悪かった。観光地のレジにある、ソーラーパネルで動き続けるアレみたいな動きをかれこれ三分継続している。夢に出てきそう。
「んじゃ次は俺の番だな…ってなんだこのマス。性転換マス?」
「うっわ、また意味分からんの引いたでござるな。なになに?『参加者全員でじゃんけんをして、最下位のものは性別が逆転する』…とな」
――
負けた。
――
現在の俺の状態を確認しよう。
性別、女。職業、無し。所持金、0円。子ども、17人(いずれも女性との間)
「いやぁそろそろゲームも終盤ですね。あ、大丈夫ですかアヤくん。お金なくなってきたみたいですしあげますね」
「む、おにいちゃ、おうちもえた?だいじょーぶ、われ、おうちあげる」
「理人はいけませんね、オレのコネで大企業に入社させてあげましょう」
「アタシの宮野クンに貢がないで!!!!」
修羅場だった。
中盤と終盤の間には結婚マスというのがある。合コンにお爺さんが推すくらいなので、何かしらあるものだと思っていたが、なんと結婚できるのは先着の指名制。
そのマスに止まって、プレイヤーの誰かを指定し、OKがもらえれば晴れてその結婚が可能になる。何故かここは同性婚も可能なようで、俺が近衛や明川といった不名誉な苗字を背負うことこそなかったものの、直前に入手した強制執行カードを使用されて俺は恵と結婚することになった。
まぁゲームだから別に構わないのだが、よくよく考えてみれば結婚もしていない状況で17人子供がいたという事実は明らかに大問題なのではないのだろうか。
そして実際に子どもを授かっている三人は我こそが本当の絆で結ばれていると主張し、喧嘩になり、貢ぎ合いになった。
「…ここまでくると羨ましいとか嫉妬より可哀想って言葉が似合うな」
サイダーでのどを潤した明川は何故か感慨深げに言う。顔立ちが整っているだけあって、夕日の差す公園などであれば映える表情なのだろうが、状況が状況なだけにシリアスさはどこにもない。
そして隣でぐいっとオレンジジュースを呷る近衛も同じだった。明川以上に端正な顔立ち。すれ違えばだれもが振り返るようないわゆる美形。
一目惚れさせた女性の人数の増加は未だとどまるところを知らない。
眉間にしわを寄せた小難しげな表情もまた、ある種の美なのであろうが…。
「まぁ、女性にモテるってのも限度がありますからな…いやはや、モテる男はつらいというかなんというか…」
「お前が言うなって言いたいところだが、今回ばかりはあいつの方がレベル上だわな…」
二人は達観していた。
まさか自分の友人がここまで女子人気が高まっていようとは思いもしなかったのだ。
だがそれは本人とて同じことで。
自分がどうしてこんな状況に置かれているのかびた一文理解していなかった。
ただ歴然としてそこにあるのは貢がれ、大量に子種を吐かせ続けられたという事実だった。
「…これ、合コンで使ったらヤバくね?」
「…まぁ、十中八九修羅場でしょうな。何せ浮気不倫略奪愛なんでもござれと言った感じでござる故…あと蚊帳の外に放り出される我々にとっても地獄でござる」
「やはりパチモンはパチモンってことかね…」
「まぁ、楽しいでござるけどな。明川氏には感謝しているのですぞ?」
「ははっ、なんだよ近衛。気持ちわりぃな……でも、俺もまぁ楽しいわ」
力なく二人とも笑ってジュースで満ちたグラスをぶつけ合う。
そんな二人を、俺たち五人は微妙な表情で見ていた。
なんであそこ勝手に映画のワンシーンみたいなことやってんだ、と。
ちなみに結果として俺は子供をさらに十人授かった。
全員灯の子どもだった。
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