第58話 幼馴染と魚釣りの秘密

 夏。夏夏の夏だ。人によって好き嫌いは大きく分かれる季節の一つであり、良くも悪くも印象的な季節の名だ。クソ暑いし蚊をはじめとする虫が大量に発生する季節ではあるが、それらの欠点を蔑ろにする勢いで素晴らしいイベントがラッシュを迎えるため、個人的には好きである。ちなみにエレナはロシアでしばらく過ごしていたため日本の夏には抵抗を失っているらしかった。

 体中には痛みすら覚えてしまうほどの太陽光。日焼け止めがあるといってもこの凄まじい光の前ではもはや焼け石に水と言っても過言では無かろう。日本の暑さの真髄とは太陽光よりも蒸し暑さにあるのだが、これもまぁ脅威であることには変わりなかろう。だからこそ日焼け止めを塗るのは基本的に凄く大切なことなのだが…。

「うふふ!アヤくん!覚悟してください!諦めて私の背中に日焼け止めを塗るのです!」

「アタシも。上手に、塗れない」

「われもっ、われもっ!」

「ママにもお願いできるかしらぁ?この年になるともう体が上手く動かなくてねぇ」

「おねぇちゃんにももちろんしてくれるよねぇアヤぁ…?」

「ああああああああああああああああああああああああああああ互いに塗れええええええええええええええええええええええええええ!」

 若干こんなことになる気はしていたけどここまでボケないと気が済まないのか我が家と+αは!というか近衛も明川も暁那もそこで他人事みたいな顔してんじゃねえよ。

 なに私関係ありませんよーみたいな顔してるの?素知らぬ顔しててもこの貸し切り状態のビーチにはお前らの関係者しかいねえんだよ。

「お、おい…お前ら…」

 俺の賢明な救助要請。若干目つきがえぐいことになっていたような気もするが、この状況な致し方ない。一歩間違えば社会的に余裕で死ねる。人生二回くらい終われる。

 流石にこの状況で俺を放置し続けるのはかわいそうだと思いなおしてくれたのか、明川が俺に視線を合わせて口を動かす。あぁなんて優しい明川。持つべきものは友だ――。

「あ、俺たちはもう日焼け止め塗ったから気にしなくていいぞ!」

 ――気 に し て ね ぇ よ。

 四面楚歌かここは。いや項羽と比べれば異様なまでに開け放たれた空間での状況だが周囲に味方がいないという一点においては寸分の違いもあるまい。

 現在俺たちがいるのは明川の祖父が生前所有していたという別荘とその周囲の土地、つまりは私有地であるビーチに遊びに来ている。日はもうそろそろ南中しようとしている。具体的に時計で言えば十二時前と言ったところか。ここに到着したのが30分ほど前で、別荘の駐車場に車を止めて浜に来たところまでは良かった。

 そんで日焼け止めの話が出た瞬間すぐこれだ。女子たちはカーテン完備の車内で着替えを済ませ、それぞれが非常によく似合う水着に身を包んで登場し、男子を悩殺した。ちなみに暁那は泳がないからいいといって青と白のボーダー柄のパーカーと白い海水パンツという出で立ちのまま。流石に男子たちが岩陰で着替えている中で服を脱ぐことはできないらしい。いやまぁ本当に着替えだしたら俺が止めるけどさ。

 だがまぁこれが何とも似合うのだ。中性的というよりもどこか雰囲気が女性に近い顔立ち――実際に女性だから何も間違いではないのだが――の暁那が薄着をしているという事実だけで俺たち男子はもう既におなかいっぱいである。正直女子だと分かっている俺の身からすれば、首元から大胆に覗く鎖骨が非常に目に毒。性的感情を触発されやすくなってしまうのも無理はない。

 恐らく仮に暁那が着替えはじめ、俺が止めなかったとしても二人とも自ら目を背けていただろうさ。だってこんなに可愛いんだもんね。

 そのあと水着の少女たちが現れ、今に至る。にぎやかで楽しいことなんだけど毎度毎度しわ寄せを受ける俺の身にもなってほしいとは少し思います。


















「釣れますか?アヤくん。お魚さんは結構見えますけど。綺麗なんですね水」

「ん?あぁ、確かにここの水はすごく透き通ってるな。日本の海って結構深い青っていう印象があるんだけど、ここまで澄んでいる海水ってのもあるんだなってちょっとおもった」

 大きな岩に腰を下ろしてエレナと並んで釣り糸を垂らす。エレナの指摘通り、ほんとに水がきれいだ。流石にオーストラリアのグレートバリアリーフのよう…とまではいかなくても、水深がそこまで深くないここなら水中の様子がある程度見渡せる。小魚に紛れて中型の魚もチラホラ見かけるのでここが良さげだと踏んでこうして二人で釣りをしているわけである。

「あっ、つれました!さっきよりはちょっと大きいですかね?」

「お、いいなそれ。それはちょっとかわいいかもだ。黒っぽくて目がくりくりなとことか特に」

 必要以上に傷をつけないように、そっと魚から針を外して海水を貯めたバケツの中に魚を入れる。今日は魚が多いのか、はたまた俺たち自身の調子が良いのかはわからないが、入れ食い状態。かれこれ40分程度、釣りを始めてから経過しているが既に二けたにその釣れた魚の数は上る。俺の記憶だとエレナは魚釣りが苦手だったようなきがするのだが。

「なぁエレナ、なんでお前そんなに魚釣り上手なんだ?昔そんなに得意じゃなかっただろ?なんかコツでも見つけたのか」

「あぁ、それですか?私の家のお隣さんのラッソールおばさんという方がいらしてですね」

「ラッソール」

「ラッソール。んでそのラッソールおばさんは湖を所有してらっしゃったんですが」

「湖」

「湖。そこで学校帰りたまに釣りをさせてもらってたんです。そしたら最初は釣れなかったんですけどどんどん魚が釣れるようになってって。外来種とかの問題はロシアでもあったので、ラッソールおばさんも『アンタが釣ってくれるおかげで少しづつ変な魚が減ってきたよ!これからももっと釣っちまってくれや!』っておっしゃってくださったんです。こうして私が日本に来た今、あの湖ではまたたくさんの外来魚がうじゃうじゃしてると思いますが」

 別荘とプライベートビーチに比べりゃ可愛いものかもしれんが湖て。話に訊くラッソールおばさんはなかなかワイルドな人らしい。面白そうな人ではあるんだが一癖も二癖もありそうな人物って感じだ。

「まぁそんなわけで私の釣りの技術は向上したのでしたー!ちゃんちゃん!」

 …可愛いな。彼女の笑顔の周りに花が咲き乱れているような錯覚に陥る。可愛らしく、年相応のいとけない笑顔に心揺さぶられない男がいるだろうか、いやいない。思わずそのあまりの可愛さから彼女の頬に手を伸ばしそうになり――


「よぉ、ビーチバレーするからお前らも来いよ!みんなに声かけてきたからお前らも一緒にどうだ?」

「おー!アヤくん!びーちばれー!いきましょう!さぁ!」

「あぁ、いこうか。楽しみにしてたもんなお前。はしゃぎすぎてこけるなよ?砂が目に入ったら大変だからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る