第59話 パワーこそパワーみたいなとこあるやろ?

 戦争。そう、それこそは即ち修羅の巷である。轟音と衝撃、悲鳴が飛び交う地上の地獄。形あるものを灰燼へと帰し、生ける者をも肉塊へと瞬時に変化させる。そんな非日常がそこにはあった。一般的な戦争と差異をあげるとするならば…そう、飛び交う弾丸がビーチボールってことくらいかね?

 ヒュッ、という軽い音が耳に届く直前、反射的に体を逸らしていたのは僥倖だと言うほかない。背後で何度めかもわからない砂柱が立ち、おおよそ砂浜から聞こえるはずのないような轟音が背後から聞こえた。思わず背筋に冷や汗が流れる。

 あと一歩遅ければ被弾していた。名目こそバレーボールだがその実態は大きく異なる。あんなん大砲やろ。むしろボールがなぜ破壊されないのかが不思議でならない。受けてまともにレシーブができるはずがない。

 二チームに分けて始まったこのビーチバレー。こちらのチームは近衛、俺、明川の三人のみ。男女で対抗戦というわけだが、このバレーという競技は何故か大体の女子が軒並み一通りの動きができることが認知されている。サッカーやバスケは得意な女子がチラホラと見受けられる程度だというのにバレーボールができない女子の方が少ないように感じる。人並みにはみんなできている印象。何故だ。

 だがまだそれはいい。一番猛威を振るっているというか誰にも手に負えなくなっている存在が灯だ。彼女は自らを鬼であると語り、実際に彼女の頭には鬼である事の象徴である角があるのが見て取れる。巨大というほどではないにしろ、遠目からでもその存在は確認できるほどの大きさ。種族を示す畏怖の象徴。古今東西を問わぬ暴力の具現。彼女の幼く、あまりに貧弱である痩躯には似つかわしくないと思えるほどに力強い角を彼女は兼ね備えている。

 そして彼女の鬼というのは何の冗談でもないらしく、軽いステップからいきなり軽々と3メートルを優に超える高さまで跳躍。背後から上がってくるボールに合わせて軽く触るような手つきで腕を合わせる。その直後、ボールが歪んだ。何の比喩でもなく。本来ビーチボールとはその特性上、大きく形を変化させることは確かにあり得る。空気が抜ければ小さくたためるようにその素材は軽く柔らかいビニルでできているものだが、それにしたって明らかに異常。そもそもビーチボールはそこまで加速することを想定されて生産されてない。平気で破壊されるぞあれ。

「おにいちゃ、まだまだ。われ、よゆう。ほんきをだすといい」

「マジかよ…おい、お前の言ってた鬼だのなんだのってガチなんだな!?正直角見ても飾りだとしか思ってなかったが、こんなの見せつけられちゃ笑えねえ、っつーか死ぬ。降参しねえと本気で首が飛ぶぞ!?」

 幼い少女、加えて心配になるほどの痩躯とはかけ離れた尋常ならざる力に動揺する明川に近衛も続く。

「何がおかしいってアレでウォーミングアップみたいなもんだと認識してる点ですぞ。そもそもあのちびっ子、灯ちゃんでしたかな?彼女にとってはこれはゲームとして成立してすらいないのでは?」

 事実としてそのとおりだ。こちらからサーブを打っても何ら気にする様子もなく相手がレシーブからトス、スパイクまで完璧に連携してこなすのだ。そして一撃が比類なく重い。ほかの女子たちも多少は気を使って灯に打たせないようにしてる部分はあるものの、隙あらばとびかかってくるあの狂犬を前にどう攻略しろと言うのか。

「ふっ、それ、ぜんりょく?なら、おわらせる」

 飛来する亜音速の砲弾が俺の意識を刈り取ったのは――その数秒後の話。

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