第57話 鬼さんもいっしょ

 終業式は結局寝てしまったのだがそれはそれとして。昼下がりの太陽は肌を焼くようにギラギラと光を振りまいている。肌に刺さる紫外線とかもろもろの光線が痛みを帯びているような錯覚を覚える。思わず目を細めてしまうほどに眩しい太陽に若干恨みに似たようなものさえ感じながらもそれを呑み下して迎えに来てくれている姉さんのもとへと向かう。室内の冷房と常備してあるスポーツドリンクを求めて砂漠を彷徨う旅人の様に死にそうな思いで車へと向かうのだ。決して平たんな道ではないのだよ諸君。

「ほいじゃ俺らはこのへんで。あ、そうだ明川」

 オーブン状態になった脳が忘れかけていたことを無理やり記憶の底から引き上げて明川に伝えておく。流石にこのまま忘れていると後が怖いので。

「なんだよ、なんかあるなら言ってみな」

「うちの姉さんと母さんとか預かってる中学生…みためは小学生くらいなんだけど…の子がいるんだけどさ、もしかしたら付いてくるかもしれないんだけど大丈夫かな」

 この件は事前に相談しておかないと流石にまずいだろう。流石に向こう側にも無効だわで事情があるはずだ。あまりに大人数過ぎるのも些か問題であろう。迷惑をかけるのは正直に言って忍びないものなので断られても文句は言えないのだが…。

「あーマジで!?美人さんくるの!やった!!!ウェルカム!」

「…いいのかお前がそういうの決めて。聞いといてあれだが割と個性的な人達だぞ。ちびっこの方はめちゃくちゃいい子だが…」

「いいよいいよ、だって爺ちゃんの遺産全部俺に相続されてるし。あの家の管理は全部任せてあるからちゃんと連絡しておけば大丈夫。むしろ大人がついてるってなると親の方も割と快くオッケーしてくれるはず」

「いやそうなんだけどうちの大人よりその預かってる子のほうが大人びているというかなんというか…でもなぁ」

「なんだよ宮野、その子、なんか問題あるのか?もしアレルギーとか紫外線に弱いとかならちゃんと考えてやるから――」

「――いや、鬼なんだ。角とかある。馬鹿みたいなこと言って悪いけどマジなんだ。だからあんまり表に出せなくてな。遊びに連れていける環境があるなら他のやつらと遊んであげてほしくて」

「何それ、異種族?超いいじゃん。他の人がどう思うかは分からないからさすがに一個人の承諾でオッケーするってのはどうかと思うけどな。俺としては全然オッケー☆むしろおいでって言っておいて」

 意外だ。いや、こいつが心が狭いやつだと思ってるわけじゃないんだが、普通こんな風に言われたって馬鹿にされてるか冗談を言っているようにしか聞こえないはずだ。それなのにも関わらず構わないと言ってのける彼の度量の広さに驚きを隠せない。助かるしそう言ってくれると灯も嬉しいだろうが…こんな風に細かいことを抜きにしてくれるところは本当にありがたい。我ながら良い友人を持ったものだ。

「んじゃそういうことで!楽しみにしてるぞ!」

「おー!任せとけ任せとけ!最高の夏を約束しよう!」

















「ただいまー!ちょっとみんな降りて来てー」

「大ニュースですよ!アヤくんのおともだちの浜辺の別荘に招待されました!」

「オレたちも連れてってくれるみたいです!」

 家のドアをぶち破るや否や声高にそう宣言するとどたどたと慌ただしい足音の母さんととてとてと可愛らしくスリッパを鳴らしながら廊下の奥から灯が出てきた。

 ぶかぶかのパジャマの裾を引きずりながら出てくる姿を見ているだけで穢れた心が洗われるような心地がしてならない。一見して純粋無垢な幼子の様に見えるが、俺と大して年齢の変わらない少女なのだとか。

 そして何よりも目を引くのはその額に付いた禍々しい角。十分すぎるほどにその存在は種族の差という物を俺達に認識させる。世界中、場所を選ばぬ畏怖と恐怖の象徴が彼女の額にあるというアンバランスさ。

 …よく思わない人もいるだろう。怖いだとか気持ち悪いだとか、そう思うことを俺は責められない。今や日本では鬼など想像や空想、創作の中の住人だ。現実で生きる者たちにとって理解の及ばない存在であることは明白であり、その理解をためらってしまっても何ら不思議ではないのだから、彼らを責めるのはお門違いだ。

 だが現実に彼女は存在している。その存在を受け入れろとは言わないし理解も強要しない。だから頼む、見て見ぬふりをしてくれ。

 いくら気持ち悪いと思ったってかまわない。だけどこの子に石を投げるような真似はしないでくれると嬉しい。

「…どした、おにいちゃ、こわいかお。おなか、いたい?」

「あ…あぁいや、別に。それより灯、今度にいちゃんたちと遊びに行かないか?海だぞ海!」

「う、うみ、聞いたことある。たしか、さめがいるとこ」

「そうだけど、あんまりサメは出ないんだぞ。大丈夫だ」

「そう…?じゃあ、いく!」

 海とサメが彼女の中では直結していたのだろうか。海と聞いてぶるぶるふるえはじめてしまったので、そんなことはないんだよと訂正してあげると今度は一転、ワクワクを隠せないといった表情で浮足立ち始めたように見える。

 やはりこの子は外で遊ぶことは十分にできていなかったらしい。せめて俺が一緒に遊んであげられるといいのだが。

「あら?ママもいいのかしら?中学生の男女の水着とかもう得でしかないわぁ!」

「…だめ、あぶないこと、よくない」

「ハイ」

 俺たちが制止する間もなく灯がツッコミを入れ、うなだれるように落ち着く母。もしかしてこの様子を見ている限り、俺たちが学校にいる間は灯がこの母を食い止めてくれていたのではないだろうか。もしそうならMVPをあげるに吝かでない。そもそもMVPを獲得して何のメリットがあるのかと訊かれれば謎だが。

「まぁ母さんも問題を起こさないならついてきてもらっても構わないってのは聞いてる。向こうも大人が一緒だと色々都合がいいみたいだし」

「保護者としてなら一番適役は灯ちゃんじゃないですか?」

「…えぇ、オレもそう思います。この人はいつ見ても子供のようですから。長所であり欠点です」

「うわぁ、わかるわぁ。やりたいことずっとやってる感じ。見習いたいけど見習いたくない」

「「わかるわぁ」」

「うむ、われも、おもう」

 被害者の会が完成しつつある。

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