第15話 幼馴染が俺の部屋を弄るとこうなる。

「アヤくぅ~ん!どうしたんですかぁ?早くお部屋はいってくださいよぉ!」

「…」

 こめかみが引く付いている気がする。一言で今の感情を表すのであれば、最適な言葉は『いみわかんねぇ』だろう。いやもはや仮定ではなく確定で意味が分からん。

 まず。俺の部屋であったその空間の女子力が凄まじく上昇していた。ファンシーなクッションやラグが敷かれ、カーテンの色は青から薄桃色へ。

 俺の勉強机やその周囲は流石にいじられていないものの、全体的な印象がすっごくガーリーであった。

 到底男子中学生が生活する環境ではない。というかしにくい。できないではなくしにくいというレベルに抑えたのもいい訳ができる範囲に留めてやるというよくわかんない執念が伝わってくる。

 確かにここに白銀を思わせる天使がいたとするならば、その美しさと可憐さとでよく噛み合うだろう。

 だが。だがだ。俺のような平凡な男子中学生がこの部屋にいたとすればさしずめペット…ひどければ屋根裏のねずみのようなものだ。

 違和感がマッハである。普通でいいんだよ普通で。確かに男子っぽい印象は気に入らなかったかもしれんがさ。

 にしてもアレだけの短い時間でよくもここまで作り変えてくれやがったな。関心すらしちまうぜ。

「一応聞こうか。どういうことだ」

「私とアヤくんの愛の巣かな!!!!」

「はっ倒すぞ」

「押し倒すだなんてそんな!心の準備が!」

 酒とはボケすら加速させるのか。昔はもっと恥じらいを持った…いや今もその節々は伺えるけれど…もう少しお淑やかな人物だったと記憶しているのだが。嫌いではないけど。

「別にいいでしょアヤくん!何が不都合なの!」

「気が散る。落ち着かない。人が呼べない」

「同年代の女の子が部屋にいる時点で集中するも人を呼ぶも何もないと思うんだけど」

「なんで急に筋の通った正論かましてくんの?」

「いやでもでも!私の部屋でもあるのでそんなに厳しくしないでぇ…」

 女子は部屋にこだわると聞くがエレナもそのタイプなのだろうか。

 部屋に特にこだわりがあるわけでもないし、集中できないのであれば他の場所で勉強することもできるのだから、どうしても元に戻してほしいというわけでは無いのだが…。

 それにしたって女子力高すぎだろう。流石にこれぞ女子!超女子!って程ではないにしろどう見たって女子の部屋だってくらいの認識はされるレベルだ。

「人呼べないじゃんどうするん。これ」

「アヤくんは私のものだって証明できるので別に問題は無いです!」

「呼ぶ連中は男ばっかりなんだが…もういいや。ただ、定期的に掃除はしてくれよ。付き合いが長いとはいえ女子の私物を勝手に触れるほど俺は精神が図太いわけじゃないからな」

「わかってるけど別にアヤくんが私の下着を盗んだって怒りはしないから安心してかっさらっていいよ?」

「なんで俺が盗もうとしてるみたいになってんの?別にそういう意図全くない感じだったよね俺。てかかっさらうって何?全部?丸ごと持ってく感じなの?」

「実はアヤくんに言ってなかったことがあります。三枚くらい服向こうに持っていって寝巻にしてました」

「衝撃過ぎる」

 ここにきて衝撃の事実が判明してしまった。確かになんか少ないなぁとは思っていたけどまさかパクられてたとは…。

 てっきり姉さん辺りが勝手に雑巾にでも加工したのかな、なんて思っていたけど事実はそれと大きく異なるらしい。もう少し自己管理をしっかりしたほうがいいのだろうか。

 この場合は防犯…か?

 ともあれ、この部屋の状況は色々カオスすぎてもうツッコミが追いつかない。

 だが。最後に一つだけ。最後にしていい。一つだけでいい。だからせめてその一点にはツッコミを入れさせてくれ。

 その標的はベッド。シーツは清潔さを感じさせる真っ白なシーツの上に置かれた二つの枕。一人用のベッド――昔は体が小さかったので二人でも余裕があった――の上に二つ枕が置いてあること自体いろいろと健全ではない香りがするが、実際二人で寝るのだからそこに関しては目を瞑っても構わない。

 注目すべきはその枕に書かれている英単語である。パッと見何の変哲もない白地の布に『YES』の字が書かれている。そう。要するに。

「その英語の単語は何だ。まさかとは思うが」

「YES/NO枕ってご存知ですか?新婚夫婦とかがよく使うんですけど」

「知っている。俺が聞いているのはそこではなく、なぜベッドの上にそれが置かれているのかという話だ。俺の認識が正しければ俺たちは新婚夫婦なんかじゃないぞ」

 少なくとも今のところは、なんて口にしようとして慌てて口をつぐむ。どうやら俺としても満更ではないらしい。我ながら実に単純な生き物である。

 男子という生き物は大抵こんなもんだと思うが、俺はその中でも単純な方なのかなぁ、と自己嫌悪。

 是非も無し、とも言えるのだろうか。この場合。

「まぁ今はそうだけど!今は!そう今は!」

「うるさいぞ」

「照れちゃってぇ!可愛いアヤくん!さぁ既成事実を」

「あんま調子に乗ると痛い目見るぞ」

 主に俺がリビドーを暴走させるせいで、と心の中で付け加えておく。流石に目を見て話しながらそんな思考をするわけにもいかないのでやや横に視線を逸らして。

 すると俺の指し示す『痛い目』が思い浮かんだのか、視線で感づいてしまったのか耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

 どうにもコイツ、口ではいろいろ言ってきたりするが、いざとなったりリアルな情景を思い浮かべると突然しおらしくなったり恥ずかしがったりするようになる傾向がある。

「ひゃっ…アヤくんが、いや、そんなとこ…でも…」

「……」

「や、やめてアヤくん…私たちまだそんな間柄じゃ…でもアヤくんなら」

「……オイ。エレナの思考の中の俺はいったい何をしているんだよ。ちょくちょく聞こえてくる声とかがすごくその…えろいんだが。

 しっかりしろ、大丈夫か」

 いくらなんでもこのうわ言の内容からして健全な内容を思い浮かべているのではないだろう。一刻も早く現実に帰還していただくためには肩をゆすってみるのが最善策だろうか。

 ゆさゆさ。ゆさゆさ。


 ダメだ胸に目が行く。



「はっ…!?ごめんアヤくんっ!?私、変な事言っちゃってた!?」

 自分の視線がどうしても胸にいってしまうことに辟易しながら距離を少しとると、突如目の前の幼馴染がさっきまでと印象の異なる表情の顔をあげた

 これは、酔いが醒めたという解釈でいいのだろうか。急にスイッチが切れたように酔いが醒めることなんてあるのかどうかよくわからないけれども、状況から考察するに、一番可能性が高いのがそれだろう。

「アヤくん…ごめんちょっと…その、やっ、やっぱ恥ずかしくなってきたから枕変えていい、かな?」

 わたわたと慌てふためきながら、袖の余った服をぱたぱたさせる幼馴染。

 冷静になっても酒を飲んでいた間の記憶はあるようで、ほっぺに手を当てて『うわぁ~…!』みたいな表情を作ってる。

 控えめに言ってとてもかわいい。結婚するか…(?)

 やはり萌え袖というのは大変にポイントが高い。自らの行動にあとから羞恥を感じるタイプというものもなかなかそそりたてるものがある。とてもべりーぐっど。


 あれ?その服、よく見たら見覚えが。

 今現在エレナが身を包んでいる服。よくみたら既視感がある。

 少し胸が窮屈そうになっていたのが目の毒で、あまり服を見ないようにしていたが…間違いない。

 俺が小学生のころにたまに着用していたパーカーだ。結構シンプルで好きだったのにどこいったんだろう、とか思ってたけどパクられてたのか。そりゃどこ探しても無いわ。

 俺の視線や表情で、パーカーのことについて気が付いたのか、少し申し訳なさそうにはにかんでエレナは言う。

「すみません…これも持っていった服の一つで。今更だけどアヤくんに返すね?

 ちょっとまって今脱ぐから」

「脱ぐな脱ぐな…そもそも小学生のころから体も成長してるんだから結局俺は着られないと思うし、エレナが着るんだったらあげるよ。気に入ってるみたいだし」

「いいんですか!?やった!宝物にするね!」

「俺の服が宝とかよくわかんないやつだなお前も」

 だがまぁこれほど喜んでくれるなら俺の古着の二着や三着、渡したって全然かまわない。親が節約思考なので、おさがりで着れるようにしよう…みたいなノリで買うことが多かったため、男子でも女子でも着れるようなデザインが多い。

 とても似合っていてかわいいし個人的にも目の保養になるのでいいことづくめだ。

















「アヤくんに身体中を包み込まれてるみたいでなんか興奮する…」



 オイ。今なんつった。






「アヤくんのえっちな私物は棚の奥に隠しておきました!完璧です!」




 お前に見つかってる時点で完璧もくそもねえんだよ。






「そういえばアヤくんの枕は両面『YES』です」









 …え?拒否権無いん?

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