第102話 意外な一面
「なぁ丸宮さんや、ここの設問はどういう意図か分かる?」
「そんなことも分からないの?しょうがないわね、一緒に考えてあげるわよ」
結果から言おう。この状況、悪くない。
というかいい。
教える側も教わる側もモチベーションが普通に高い。
少なくとも今までのようにめんどくせえなって顔されながら授業されても気分が乗らなかった。だが丸宮は本田先生と違って、教える意欲も技術も高い。
これは意外な発見だった。
普段から口が悪い丸宮だが、勉強に関してはわりと優しい。真面目に頑張れば褒めてくれることすらあるので、俺も結構真面目に頑張る。
今回俺が解いているのは小説の難しめな問題。基本的な語句や漢字の読みなどはできるのだが、こうした数十文字を組み替える作業というのは苦手なのだが…。
「へぇ、アンタにしてはそれなりに頑張ってるじゃない。いいわよ、さっきの問題より上手に答えが書けてるわ」
「お、マジか」
「でも汲み取りが浅いわね。アンタは文章を書くこと自体は苦手じゃないから、その分言い回しを変えて勝手に足りない文字数を補っちゃってる。要するに一部しか読み取れてないのよ」
ただ間違いを指摘するだけじゃなくて、ちゃんと自分が努力していることを理解してくれる。教師の素質があるのか、はたまた勉強をする過程でされたら彼女がされたら嬉しいと気づいたことをやってくれているのか…勉強が楽しくなってくる。
「って言うと…蟠りがなくなって安堵している、ってのは」
「間違いじゃないわ。ちゃんと正解よ。だから多分…そうね、これは十点問題だから、四点分くらいは貰えるんじゃないかしら。でも今回の問題は蟠りがなくなった先の話まで問う形式になってる。だからその先で、どういう心境の変化が起きたのか考えてみて」
今回の小説の内容は、純愛ものの文学作品だった。文体としては新しめのものらしく読みやすい。内容もそこそこ面白い。いい問題だと思う。
若い男女が今まで互いに抱えていた誤解を解き、相手のことをより深く理解するというシーンを問題にしている。
丸宮の上手いところは、考える際のポイントをある程度教えてくれて、その上で再び考えさせてくれるところ。完全に受け身になりがちな授業とは違って、親身に時間をかけて教えてくれる。そしてさっき言ったように頭ごなしに否定することだけは絶対にしないので、安心してのびのびと回答できる。…下手したら塾の本業の先生よりわかりやすいかもしれないし、それ以上にやりやすい。
「えっと…ここから先に進むと今まで渋ってきた提案をするシーンが入るから…積極的に関係を築こうとしている…みたいなことか?」
「うん、そうね。多分十点満点もらえると思うわ。模範解答とはちょっと違うけど、基本的に内容は一緒だから大きく点数が引かれることはないはずよ。…で、今のが最後の問題?」
続きの問題があるか後ろのページをめくって確認する丸宮。指定されたページは小説だけだった。続きの古文はまた別の機会にするのだろう。
「あぁ、その問題で最後だったぞ」
気がつけばあれだけ空白の升目で満ちていた解答欄はびっしりと文字で埋め尽くされ、そのどれもが精密に問題の内容に即している。
自分一人の力ではないとはいえ、ここまでやれると楽しくもなってくる。
丸宮もどこか満足げな表情をしているように見えた。どうやら俺が真面目に頑張ったおかげで微妙に機嫌が良くなっているらしく…彼女はそのまま俺の頭に手を伸ばして、小さな掌で撫でてくれた。ちょっと暖かい彼女の体温が心地良い。
「偉いじゃない、ダメでゴミで馬鹿でクズなアンタだけど…ちゃんと最後までやりきれたわね。褒めてあげるわ。これからもその調子で頑張りなさい。またなんかあったら教えてあげるわよ」
言葉こそ汚かったが、その声音はどこまでも優しかった。同年代だというのに優しい姉に褒められているような…そんな温もりを感じる。
「あぁ…また頼む。すごく分かりやすかった」
「…褒めすぎよ」
「そうか?まだ褒め足りない気がするんだが…」
「うっさいわね…バカ」
あ、ちょっと照れた。可愛い。
普段の高飛車で容赦のない性格を知っているからこそ、尚更こうしてほっぺたを赤くして照れる姿が貴重で可愛らしい。先ほどの姉のような振る舞いとは裏腹に、今目の前にあるふたつ結びの可愛らしい髪型とその笑顔はやっぱり同年代で等身大の女の子。
「…普段から今みたいに優しくしてくれよ」
「何?私に優しくされたいとか、アンタは物好きなのかしら」
あ、元に戻っちゃった。残念。勝気な瞳を吊り上げてむすっとなさってる。
でも先ほどの丸宮を見た後だと、これもこれで可愛く見えてくるな。
調子に乗った俺はこの機会を生かして日頃の対応にも改正を要求。
「いいよ物好きでも。俺は優しい丸宮の方が好きだから、もっと優しくして欲しい」
「…なっ、す、好きとか冗談でも言わないでよ…」
で、冗談でも言わないでとか言われた。
俺は丸宮結衣という人間が本当に冗談抜きで好きだ。
…まぁもう言わないけど。こんなこと言われたら流石にしんどいし。
「…やっぱりお前は俺のこと嫌いか?」
「は?好きに決まってるじゃない。アンタ何馬鹿なこと言って……って、違う!間違えた!好きじゃない!嫌い!バーカ!」
「どっちだよ」
「うっさいしんじゃえバカ!」
ぽかぽか。
ちっちゃな拳が俺の肩を叩いてくるけどノーダメージ。
うーん可愛い。なんかこう、小動物的な可愛さがある。
可愛さベクトルが玲に近い。
そのまま一分間くらい顔を真っ赤にして俺の肩を叩き続けていらっしゃった丸宮はもちろん教室の外で立っていた先生には気がつかず。
数分後に入って来た先生にニヤニヤされながら、俺たち二人はいじられるのであった。
「うわ、ラブラブじゃん、玲にチクるわ」
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