第101話 素直にはなれない丸宮さん
「えー、授業が始まる前に〜、お知らせがありまーす」
いつにも増して閑静な教室。塾内で一番騒がしいと評判のこのクラスは静まり返っていた。
私語どころか呼吸の音すらほとんど聞こえない。田舎の寂れた農村の方がまだ騒々しいだろう。本田先生は露骨にやる気をなくしている。
顔面に早く終わらないかな、と書いてあるのがまた彼女らしい。
「今日はー、お前ら二人しかいませーん」
「「なんでですか!?」」
「お、仲良いじゃん。んじゃ私はもう一眠りしてくるから75ページの演習問題解いとけよ」
そう、普段なら十数人は在籍しているこのクラスにはなぜか俺たち二人しかいなかった。しかも一緒にいる相手というのが先日の一件で微妙に気まずい丸宮。
まぁエレナが勝手に言ってるだけってのはわかるよ。わかるけど俺も年頃の男の子だしちょっとああ言う話されると気にしちゃうわけで。
「ちょっと待ちなさいよアンタ、なんでこんなに人がいないのか説明しなさいよ」
「それが教師に向かって話す態度かぁ?と言いたくもなるんだが…まぁ、これは私でも文句言いたくなるわな」
で、俺の相方になってしまった丸宮は激おこだ。そりゃ勝手に俺のこと好き認定されちゃったうえに、そいつと広い教室で二人きりとか苦行だろう。
文句の百や二百言いたくなっても仕方あるまい。
そのことも先生はわかっているようで…胸元からメモ用紙を取り出してめんどくさそうに読み上げる。一応知らせようという意思があるだけマシだ。
ひどい時は教卓で寝るからなこいつ。
「えーと…まず玲はいくら揺すっても起きないとかで欠席」
「は?サボりかしら」
露骨にお怒りの丸宮さん。でもその口元はちょっと嬉しそうだ。まるでこの状況に喜んでいるとかそんな…気にしすぎだろうか。
でも先日の件を踏まえると俺が好意を持たれている可能性は十分にあるわけで。
もしかしたら俺のことを本当に——
「まぁそう怒らんでも…体調が悪いとかだろ」
「何よアンタ、あの女のことが本当に好きよね。さっさと結婚しちゃえば?」
——うん、無いな。
普通好きなやつにこんな暴言吐かないよね。
「はいはーい、痴話喧嘩はそのへんにしてくれよ」
「「は?」」
「…え?何その息の合い方。本気で相思相愛?」
「何をどう考えたらそうなるの?本当に生きている価値がないゴミ屑ね。アナタが教師であろうが悪寒が走るその発言、二度としないでくれるかしら。頭にウジが沸いてるんじゃない?」
うん、本気で無いな。
一瞬でも期待した俺が馬鹿だったよ。本当に。別に丸宮のことは嫌いじゃないんだけど、こうも露骨に嫌われるとお兄さん凹みます。
「そうっすよ、俺もちょっと…」
で、向こうがボロクソ言ってきたのに合わせて俺もやめて欲しいオーラだけはだしておこう。流石に俺も可愛い女の子と相思相愛なのか?って本人の目の前で言われたらちょっと照れる。
これが本当に仲良かったとしても照れる。
「………そうよね」
「…あ?何凹んでんだ丸宮」
「うっさい、死ねゴミムシ」
まぁ凹むよね。俺と二人とか。
あんだけ毛嫌いしていた男と二人きりでドキドキ自習タイム!ってか。そりゃ凹むよな。で、凹まれると俺も凹むわな。
とはいえ先生がかわいそうになってくるレベルの暴言だ。酷すぎる。
「何したらこんなに嫌われるんですか先生」
「何もしてねえよ」
「何もしてないから嫌いなのよあんたのこと」
「ぐうの音もでらんな」
本当にその通りだった。この人以上に仕事をしない人間を見たことがない。不労所得じゃないんだからもう少し仕事をしたほうがいいと思う。自分の親の金でこいつを養ってると思うと屈辱すらたまに感じるもんな。
「まぁ一眠りは冗談としても、しばらく私本当にやることないからプリント作ってくるわ。ここでカタカタ文字打たれても気が散るだろお前ら」
「ええまぁ…人がいない方が都合がいいと言えば都合がいいわ」
「あれ。授業して欲しいんじゃなかったのか?」
「うっさいわね馬鹿!あんたは黙ってればいいのよ!」
うーん話不可。
「でも実際俺困ります。丸宮はいいにしても、俺はそんなにこの分野は得意じゃないんで質問とかしたいんですけど」
今回の授業は国語。最近はそれなりに本を読み始めたとは言っても、決して有名な文芸作品を読んでいるわけじゃない。要約とか記述とかの問題が出た時、ヒントが出ないと書き進められない場合も出てくるだろう。
その時に先生がいないと俺としては困るのだ。
「あーそっか…お前国語だめだめだもんな。んじゃしゃあねえから残るか」
「国語ダメダメなのばらす必要ありました?」
「大体丸宮と比べれば全教科ダメダメだろ。微々たる差じゃねえか」
なんて事言いやがるこいつ。
「そ、そんな…先生は行ってきたらいいんじゃないですか?一人で悩むことも勉強だと思いますけど」
「どっちなんだよいて欲しいのかいて欲しくないのか」
で、なぜか反論する丸宮。本当に意味がわからない。何もしないから嫌いと言ったくせに、じゃあ教室に残ってアドバイスしますと言ったら露骨に肩を落とすし。
先生もどうすればいいのかわからずイライラ気味だ。丸宮と玲が相性悪いように、丸宮と本田先生も相性が悪いのだ。
「先生はどっちの方がいいんですか?もうどっちも嫌みたいなんで先生が決めてください。このままじゃ埒が開きません」
「んじゃサボる」
「おいテメェ」
「冗談だよ、でもよく考えたらお前が丸宮に教えて貰えばよくね?」
「…いやそれは流石に迷惑でしょ。丸宮ここまで俺のこと嫌ってるのに」
「そうか?私にはそう見えねえけど」
「はぁ?頭おかしいんですか?」
「なんでお前もそんなにキレてんだよ。本人に訊けばいいじゃん。おい丸宮、もしこいつが詰まってたら教えてやってくれないか?」
そろそろ本格的にめんどくささを感じ始めたらしい本田先生は俺との会話を強制的に断ち切って丸宮へと会話をパス。
まさか自分に飛んでくるとは思わなかったらしく、動揺したように口をぱくぱくさせている。
「…し…」
丸宮の口から小さく掠れるような声が漏れた。
…死ねって言われるに5000ペリカくらい賭けたい気分。
多分先生もおんなじこと思ってるのか、俺と同様に指を5本立ててきた。互いに同額ベット。それなりの金額を賭けられるくらいにはわかりきった…つもりだったのだが。
「し、しょうがないわね!でもどうしてもって時だけよ?あんまりしょっちゅう話しかけてきたら困るしアンタのためにもならないんだから!で、でも困ったら遠慮なしに話しかけなさいよ?どうせゴミ屑みたいな知能しかないんだろうから、私の力を貸してあげるわよ!」
意外にもここで丸宮が口にした言葉は暴言でも否定的な意見でもなく…むしろ肯定的な言葉だった。
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