第84話 部屋割り

 まず何の話から聞きたい?


 俺はね、何も話したくない。


「いやぁすごいですねバーゲンシャーク。国内最大級の規模を誇るデパートがバーゲン開催、そこに現れた魔術師が品物をすべて凶暴な人食いサメに変えてしまうだなんて…どうやったらそんな設定思いつくんでしょう。ていうかこのサメたち普通に空気中泳いでますよね。怖くないですか?」

「意味分かんねえ殺戮シーンで暢気に感想垂れてるお前の方がぎりぎり怖いわ」

「アタシもちょっと理解できない」

「あれ、なんでだろう。恵と話が噛みあうと自分が間違っているように思えてならないんだ。本当にどうしてだろうね」

「あ、食べられた人もサメの仲間入りみたいです。まぁありがちと言えばありがちですが」

「人がサメになって襲い掛かることがありがちなら俺はこの界隈から逃げ出してしまいたいんだが」

「いいえもう少しで終わるので!見ててください!」

「わーかったわーかった」

 なんてのを繰り返して既に五回目。なんとこの映画、調べてみたところ同じようなシーンが何度も繰り返されるらしい。どういう神経してんだ。映画監督も、演者もさ。恵はうつらうつらと舟をこぎだす始末。口元のよだれを拭っては寝るスパイラル。映画の時間こそ短いものの、実際の内容が冗長で単調でつまらないというクソ仕様だったので眠くなるのも仕方ないことであった。

 風呂には入ったため、あとは歯を磨いて寝るだけの俺たちは薄暗いシアタールームで各自のDVDを見ようということになった。二人が持ってきた内容が内容なだけに少々不安はあったし、二人が持ってきた映画の内容としてはつまらないか意味不明なエロスかだったので映画という観点では面白くなかったものの。映画が詰まらな過ぎて佐原姉妹とじゃれあっている時間は割と楽しくてすぐに三本とも見終わってしまった。ただくすぐり合いになると恐ろしく、俺からしても迂闊に変なところ触るわけにはいかず、佐原姉妹は遠慮なく服の中まさぐってくるので実質的なワンサイドゲームとかしていた。下着の中はやめろ、女性としてというか、人間として。

「あー楽しかったですね!やっぱお兄さんがいるだけで自分とお姉ちゃんの仲良し加減がうなぎのぼりです!」

 俺から剥ぎ取った服を頭にかぶりながら楽しそうに笑う澪。可愛らしい彼女にすごく似合っていたが…上半身裸の哀れな俺に恵んではくださいませぬか?流石にちょっとお腹冷えるし。

「それはそう、共通の敵を見つけたんだもん、間違いなく協力する」

「敵だったのかよ、俺。帰った方がいい?」

「間違った、標的」

「なおのこと帰った方が良くない?俺の安全的に」

「ふふ、冗談。襲うのは寝た後にする」

「余計にタチ悪いなお前…んで?俺は結局どこで寝ればいいの?」

「それはまぁ…自分の部屋ですかね。常識人チームで」

「謎センス発揮した映画見た後にそれはちょっと説得力に欠ける。もっとまともな発言をするべき。よって宮野クンは私と寝る」

「うーーん言ってることは分かるし完全に同意だがお前が言うな」

「なんで、ひどい」

「何がひどいかって一番お前のセンスがひどいわ。というわけでどうするんだ」

「じゃあ宮野クンはどうしたいの?」

「一人で寝たいが」

「違う」

「何がどう違うんだよ」

「そんな選択肢はご用意しておりません」

「ご用意していただけますか?…ちなみに聞いとくと他の選択肢は」

「アタシと宮野クンが一緒に寝る」

「………」

「………」

「…………………」

「………?何」

「他の選択肢まだ?」

「一つしかご用意しておりません」

「自分と一緒に寝るってのもアリですよ!いやぁ流石にお姉ちゃんと一緒に寝るのは危険があると思いますよ?何せお兄さんの事大好きですからね。きっと寝てる間に既成事実が作られちゃったりしなかったり?その点自分はお兄さんの事は…まぁ、べっつにその…嫌い…いや別に好きじゃない…いや好き…ですけど!」

「なんだよ」

 ちょっと照れる。最近やたらと女子との絡みが増えた俺だが、未だに正面切って好きと言われると照れて戸惑ってしまうわけで。いや分かってるけどさ、澪の好きがそういうのじゃないってことは。けどやっぱりむず痒いわけで。

「でも自分ならそういうことも起こりませんから!ぜひ!」

「風呂場でのアレが無ければ確かに納得してたかもな」

「あーあれは…まぁ、目の前にあったら触りますよ、普通。うん、お兄さんがおかしいんです」

「これ逆だったら警察のお世話になってるレベルの性犯罪だよね。やっぱり男女は平等じゃないんだなって。てかやっぱりこうして争いになるくらいなら二人が一緒に寝て俺がどちらかの布団借りて寝るってのが健全で建設的だと思うんですが、どうでしょうか」

「却下。何が楽しいのそんなお泊り」

「うん、ぐうの音も出らんけど仕方なくね?誰のせいでそういう配慮必要になってんの?」

「そうですよお兄さん。コイバナに華を咲かせるのが醍醐味じゃないですか」

「うん。それもまぁそうなんだけどさ」

 恋愛話。俗にコイバナとも言われるが、割と男子だけでやっても盛り上がる話。女の子は特にそういうのが好きだって聞くし、確かに盛り上がるだろう。

 それがまぁ異性として互いに意識しない存在だったり、同性の間であれば話は弾むだろう。

「自分が好きな人の話を自分のこと好きだって言ってくれる二人の前で話せとか地獄の所業でしょもうこれ」

「あー…まぁ、聞いていい気持ちはしないかもですね。お兄さんの好きな人の特徴は知りたいですけどそれは箇条書きでいいです。お兄さんの口からききたくないです」

「でしょ。やっぱ大人しく寝よう、な」

「しかたない、妥協する」

「自分も妥協します…」

「…?そうか」

 変だな、やけに物わかりがいい。澪の方は特に短い付き合いだが、それでも分かってきたことがあって。割とこいつらは執念深い。自分の都合のいい結果にはならなくとも常に最悪の結果だけは回避し続けてみせる、悪く言えばしつこいその精神があるものだと思っていたが――いや、別にしつこく付きまとわれたいわけでもないが――今のこいつらはやけに素直だな。なんだか気味が悪い。

 肩透かしを食らったような気分になる。

 デッキからDVDを回収してケースの中に収めると素早くシアタールームの電気を消す澪。恵も一番にドアを開けてシアタールームを後にする。

 二階から三階に上がる金属製の階段を三人で俺を挟むようにして上りつつ…二人の表情を窺うが特におかしな様子は無い。

「じゃあ自分の部屋使ってください。自分のベッド、全国優勝記念にめっちゃ大きいの買ってもらったんで寝心地は抜群ですよ、お兄さん」

「おう…でも広い方が二人で寝るにはいいんじゃないか?あぁいや、二人がいいならそれで全然構わないんだけどさ」

「アタシは澪とくっついて寝るの好きだから構わない」

「大丈夫です、まるっとオッケーです!もし喉が渇いたら冷蔵庫あるんで勝手にジュース飲んで大丈夫ですよ!…自分の飲みかけとかでもいいですけど?」

「あぁ、新品を頂こう」

「あー!お兄さんのいじわるー!」

「ははは、こやつめ」

「あ…その、絶対に何のラベルも書いてないだけは飲まないでくださいね。ガチのやつです」

「…お茶って、飲み物だよな?」

「まぁお茶に似てます………色は」

「…?まぁとにかく飲まない方がいいんだな」

「はい。ラベルがついてる奴は構いませんので!…それでは、おやすみなさい、お兄さん。くんかくんかしながら一人で悶えてていいですよ。シーツにそのまま出しちゃっていいんで」

「はしたないこと言わない、澪」

「お前が言うな。んじゃ、おやすみ」

「夜這いしてくれても、構わない」

「朝まで待ち続けてろよ窒息AV太郎」

「不名誉…」

 それだけ言うと二人は楽しそうに恵の部屋に入っていった。そして残されるのは俺一人。嘘みたいに静かな空間が訪れる。結構な防音加工になっているのか、ドア一枚しか隔てていない恵たちの声は聞こえない。まるで生活音のない家というのはどこか不気味な気がして、俺も早く眠りにつくことにする。

『MIO』と書かれた可愛らしいルームプレートが掛けられたドアをそっと押し開けると、より一層澪の甘酸っぱい香りが鼻孔を擽る。なんか悪いことしてる気分だな。

 とりあえず何も考えずに寝ちまおう。意外にも少し散らかっている部屋が逆に生活感があって背徳感を感じるな。

 …にしてもすげえ数の賞状だな。ところ狭しと壁に掛けられた賞状はその種目どころか方向性さえバラバラだ。小学校の皆勤賞から全国大会で出した日本新記録、国際的な美術展での最優秀賞など、枚挙に暇がない。勿論勉学だって疎かにしていないようで、机の上に放り出されている参考書は付箋だらけでよれよれだ。

 これで才女なんて呼んだら可哀想だろ、本当に。

 圧倒的なそれらをしばらく眺めた後、糸が切れたようにベッドに倒れこむ。本当に大きなサイズで、三人くらいなら余裕で寝れてしまいそうな広さだ。



 …一人部屋でこれだけ広いと逆に寂しくなりそうなもんだがなぁ。

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