第83話 DVD選定と奇妙な姉妹

 夜のレンタルビデオ店に入るのは久しぶりのような気がする。家でやることが多くて忙しいというのが主な原因で、隙間を縫って録画をちまちま消化する感じなので基本的にまとめて時間をとって映像を見るという経験はあまりない。映画を見に行くことも無くはないが、それでも一年に数本だ。だから少し自分としても気分が高揚していたりもする。

 陳列棚にはところ狭しとたくさんのDVDが並んでいた。最近放送されたばかりの深夜アニメや有名テレビ番組、怪談系やブロマンスまで古今東西多岐にわたるその種類の多さに息を呑んでいた。近所でも大きい店に連れてきてもらった俺だったが、各自一本好きなものを選びなさいと言われて逆にその選別の困難さに歯噛みしている。

「うーん…つっても映画とかはほとんど見たことないし、かといってアニメの冒頭だけ見るのも…」

 まぁつまるところ決めかねているわけで。

 いや、確かにいくつか気になるものもある。近所では上映されていなくて見逃してしまったアニメ映画なんかがその最もたる例だが、そのアニメについて知らない佐原姉妹と見ても楽しめるかどうかは…正直微妙だろう。何せサメのクソ映画オタクと窒息AV太郎の二人だ。まともな感性をしているはずはなく、ただただ俺が楽しいだけになってしまう。というのも加味して次に選択肢に上げたのは有名な作家が手掛けるコメディ映画だ。テンポも良く、笑いのセンスも冴えているし、俳優たちも生き生きと演じていると評判の映画で国内外を問わず人気が高い…のだが。時間が如何せん長い。一日しかない滞在時間で一人一本持ち寄るのであれば、キリがいいところで止められる作品の方がいいだろう。


 結局俺が手にしたのは大晦日に芸人がお尻をシバかれる、国民的なバラエティ番組。


「あー!いましたいました!探しましたよお兄さん!もぅ、澪のことが好きじゃなくなったんですか?悲しいですぅ」

「…いや別に。好きだよ、普通に」

「あっ、ふぇっ!?」

「んで、なんだ。なんかいいの見つかったのか?」

「あーはい!これなんですけど、絶対クソですよね!これにしたいです!」

「ちょっといいかな」

「はいなんなりと!」

「クソだと思ったんだよね、この…『エクストリームバーゲンシャーク』っていうゾッとしない題名の映画」

 つかまたサメかよ。

「はい!これは間違いなくクソだと自分確信しておりまして!いやぁ、これしかないな!と」

「なんでそうなるんだ?怖いモノ見たさ的な奴か?」

 そんなものはずれとわかっているくじを喜んで引くようなものだ。少なくとも俺のような常人の思考が及ぶ範囲ではない。

「いやそうじゃなくて。怖いものは普通にみたいじゃないですか」

「うん」

「でもクソって見たくないんですよ」

「は?」

「でもでも、その上で見るとすっきりしてボロクソにディスるのも気持ちいいという一粒で二度おいしいタイプの映画なわけです」

「いわゆる栄養素と味はいいゲテモノみたいなもんか」

「あぁ、そういう感じです。やっぱりたとえ話上手ですね!いやぁお兄さん!好きだなぁ!」

「好きが安売りされてるぞ」

「いいえこれは定期便なのでおかまいなく!」

「毎分くらいのペースで届くんだが」

 やたらおだててくる澪に何度か他のは?って聞くとこれがいいの一点張り。どうにも惚れこんでしまったらしい。ともあれ三人で見るので俺と恵からすればとばっちりもいいとこだが。

「…っとと、女子にはよろしくないエリアだな」

 澪と話しながらあてもなくうろうろするうちに十八禁コーナーの暖簾の目の前まで来てしまっていて、慌てて踵を返す。澪も少し恥ずかしそうに目を背けながら俺にすり寄ってくる。お風呂上がりだからか、めちゃくちゃいい匂いするなこいつ。すっきりとした甘い匂いがする。

 同じ事を思ったのか、澪も俺の手をすんすんと嗅いでご満悦。ほんとコイツ、犬みたいだな。

「お兄さんせっけんのいい匂いがしますね。一生嗅いでたいです」

「へいへい、そりゃどーも」

「私もいい匂いしますか…?なーんて、えへへ」

「いい匂いするよ…いや、匂い褒めると気持ち悪い気がしたから黙ってたけどお風呂あがってから特にいい匂いしてる」

「も、もう…お兄さん、褒めるときは褒めますよ警報出してくださいね。びっくりしちゃいますから」

「ははっ、なんだよそれ。変なこと言うよな澪って」

「ふふん、お兄さんだっておかしなこと言ってますよーだ!」

「はいはい」

 そういって柔らかく澪の頭を撫でてやるとどうやらご満悦。可愛らしい年相応の笑みを浮かべて喉までならしちゃってるよ。今度は猫かな?

 そんなやり取りをしながら歩き始めた瞬間だった。

「…宮野クン、すこし相談がある」

「なんで急に背後に現れるんだよびっくりするな」

「それはこっちのセリフ。なんで仲良くなってるの?ずるい」

「俺恵ともかなり仲良しだと思ってるんだけど」

「照れる」

「はいはい、んで、どうしたんだよ。なんか迷ってるのでも?」

「話が早くて助かる。ちょっと見てほしい。こっちの女性捜査官首絞め拷問記録と大日本窒息帝国、どっちがいいと思う?」

「どっちも俺たちにとっては有害なものであるということは理解できた」

 ていうかなんだよ窒息帝国。指導者も民も窒息してんの?冗談抜きで内容が想定できないだけに混乱してきた。

 だが恵は有害という言葉にカチンときたらしく

「有害なことは無い。窒息は偉大。宮野クンにもぜひアタシの首を絞めてほしい、痣が残るくらい強く」

「いよいよもって何ふり構わなくなってきたよな、お前」

「でもきっとやってくれないから女性捜査官に犠牲になってもらう」

「そうすると?」

「自分を捜査官、首絞めてくる拷問官を宮野クンに置き換えながら視る。すると興奮する」


 ガチガチの変態だった。

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