第82話 佐原家の家庭内問題ってもしかして

「へぇ、理人くんって書くんだ。素敵なお名前ね」

「光栄です。あ、お茶お注ぎしましょうか?グラス空になってますよ」

「あら、気が利くわね」

「なんかくせみたいになっちゃってまして。すみません、お節介でしたか?」

「とんでもない、助かるわ」

テーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。和洋中の垣根を超えた夢の競演が各地で果たされており、これ全部一人で作ったの、と思わず確認したくなるほどの量だった。つーかこれ、食いきれんのか。とか思ってたらこれが美味いし飽きないしで結局家族全員ですべて食べきってしまった。こんなに食べて女性陣は大丈夫なのかと思ったら意外と二人ともケロッとしてる。どちらかというとお父さんの方が辛そうだった。お腹をさすりながら椅子に浅く腰掛けたままテレビに視線を向けて、お母さんと談笑する俺に話しかけてくる。

「ボウズ」

ひどく低い声音だった。ヤクザに恫喝されたときというのは皆こうなってしまうのだろうか。実際に自分にはそんな経験微塵もないが、肩を思わず震わせてしまってふとそう思った。大方娘が連れてきた男というのをよく思っていないのだろう。それもそうだ。親というのはたとえ娘がどんなでも大切らしいし。佐原は自分がいらない子扱いされていると言っていたが、それでもきっと俺に良い印象を抱いていないのだろう。歯の根が鳴りそうになるのを堪えてなるべく自然に言葉を返す。

「…?なんでしょうか」

「お前さ。料理、できんの?」

「え、えっと…奥様ほどではありませんが、まぁ人並みには」

するとお父さんは『奥様ほどではありません』のあたりでにへっとだらしなく表情を崩して俺の肩に乱暴な手つきで腕を回してくる。痛っ、あと酒臭いな。

「やぁぁっぱり?お前、見込みあんな。別に腹は減ってねえから作らなくていいんだけどよ」

「あはは…でも本当においしかったですから。うちの姉さんも料理得意だって話をしましたけど、姉とおんなじくらい美味しいの久々に食べました」

「あ…?お前の姉貴って確か」

「はい、テレビとかで見かけたことがあるかもしれませんが…宮野はるかといいます。黒髪で泣き黒子の…」

「あー!やっぱ?顔似てるし宮野って聞いて気になってたんだわ。いやぁ、キレーな女だよな。こう、なんか着飾ってなくていいな、うん!」

「あ、ありがとう、ございます…?伝えておきますね」

えらく上機嫌になったお父さんは豪快な笑みを浮かべながら何度もバシバシ俺を叩く。別に怒ってるとかじゃないんだろうけど力加減がめちゃくちゃだ。くそいてえ。もしかして親に暴力振るわれてるとか恵が言ってたのこれのことじゃねえだろうな…?

そんなことを考える俺に向かって『でもまぁ!』と一つ大きく声をあげたかと思うと再びすげえ勢いで掌というか腕ごとぶつけてくる。痣になるんじゃないの、これ。

「俺の嫁が一番キレーだけどな!ははっ、分かってんじゃねえかよボウズ!」

「…嘘でしょ、お父さんの機嫌悪いモードって攻略できたの?」

「おかしいですよあれ。なんで一瞬であんな機嫌よくなるんですか」

「おい恵、澪、このボウズをお前らのどっちかの部屋で泊めてやれ」

「……あぁいや、俺はその辺の床とかで」

「あん?客人を床に転がしとくわけにはいかんだろ」

あ、急に常識的なこと言った。ともあれ女の子の部屋に泊まるとか俺からすれば難易度がえげつないほど高いわけで。だってそうでしょう?エレナと一緒に寝るのだって未だにめちゃくちゃ緊張するってのに、自分に好意を抱いてくれている女の子の部屋とか、自分が人間でいられるか若干不安になってくる案件だ。

とはいえ丁重にお断りするにしてもこんな当たり前で常識的な意見をぶつけられると思ってなかったので反論の準備がない。

「あ、じゃあ自分の部屋で寝ますか?自分はお姉ちゃんと寝ますので」

「…そうじゃん、その手が――」

別に女の子の部屋に泊まるからと言って女の子と一緒に寝る必要はない。何を勝手に一緒に寝るとか思いこんでいたんだ俺、めちゃくちゃキモいじゃん。

「何を言ってるの、澪。アタシが宮野クンと一緒に寝る」

「何を言ってるのか分からないのはむしろ恵の方じゃないかな。な?」

「うるさい」

「うるさい?!この常識的な発言をしてしかない状況でうるさいとすべての発言をシャットダウンされてしまうのおかしくない??」

「な、なんですかお姉ちゃん!そんなこと言うなら澪がお兄さんと一緒に添い寝しますぅ!ばーかばーか!」

「なんで澪も常識人から狂人サイドに寝返るんだよ、俺達は常識人だろ!」

「はい!澪もそう思います!だからこそ常識人は常識人陣営で一緒練るべきだと思います!」

「まともそうで全然筋通ってねえよ!」

「む、むむ、でしたら特別にプロジェクターで『ITを見ながら寝落ちする会』を二人きりで開催してあげても構いませんよ!特別です!」

「いらんわなんでそう意味わかんない方向にばっかり思い切りがいいんだよ!」

「船!船を折ってあげます!防水ですよ!」

「なんでそうコアなボケするん?異次元の気遣いマジで理解できない」

「だって面白いですよ?」

「夢に出るわ!」

「じゃあアタシと一緒に真空布団袋窒息見ながら寝落ちしよ?」

「まだペニーワイズの方が可愛げがあるよなそれ!」

「あー、よく分かんねえけど映画見るならシアタールーム使えよボウズ。部屋で見るより絶対いいぞ」

なんだろう。姉妹の間でぎくしゃくしてるとか親と上手く言ってないとかいろいろこいつらから話聞いてたけど、大体二人に責任があるんじゃないか?これ。

「あ、その話してたんですけど…二人から勧めてもらう映像が尽く状況にそぐわなくて…」

「こいつらの趣味はまぁ理解できんわな。サメのクソ映画オタクに窒息AV太郎だし」

「お、オタクとは何ですかお父さん!?マニアと呼んでくださいマニアと!」

「怒るとこそこなんだ澪」

「当然です!面白いサメ映画見て何が面白いんですか!」

「ごめんお兄さんちょっと情報に混乱してる」

「お父さん、ひどい。アタシのことをそんな免許証のサンプルみたいな名前で呼ばないで」

「窒息AVまでは許してんのかよ!ほんとに意味分かんねえなお前ら!」

「おもしれえなお前。よしいいぞ、車出してやる。近所の店でDVD借りて来いよ」

「ちょっと貴方、お酒飲んでるってことは出すの私じゃない。いいけど」

「いいんですか」


そうして佐原家のお母さんの運転でDVDを借りに行く。

当然、無事には終わらない。



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