第81話 一難去ってまた一難

「あぁよせ、寄るな寄るな!せめてタオルくらいつけろ馬鹿!?」

「温泉とかでタオル使うのは基本的にNG。ルールはちゃんと守りましょう」

「い、いやぁ、自分はタオル使ってもいいと思うんですケド…だめ?」

「だめ。宮野クンが困るでしょ」

「今絶賛困ってるんですけど?」

「絶賛だなんて…照れる」

「お前を絶賛してるわけじゃねえよ!!」

 風呂が、広い。我が家も両親が風呂大好きなこともあってかなり大きく作ってあるが、それと肩を並べる程度には広い。湯船は三人くらいなら余裕で入れる大きさ。一人だと持て余すサイズだ。設備も整っていて、大画面のテレビやジェットバスまで完備されている。そんじょそこらの旅館なんかよりも快適だ。

 一人なら心行くまでリラックスできただろう。本気でそう思う。

 一人なら。

 湯気はほとんど出ていない。背中を向けて割と真面目に隠している澪はともかく、遠慮なしに近づいてくる恵はもう全身が丸見えなわけで。普段隠している秘部が惜しげもなく眼前に晒されているというのは一人の少年として、否が応でも色欲を煽られてしまう。お湯も無色透明。水面の揺らぎによってぼやけてはいるものの、視界を遮っているとは決して言えるものではなく。

「エレナさんとは入ってるのに…?」

「何で知ってんだよ!?」

「え、お兄さん、マジですか。ちょっと引きます」

「うん、そうだよね。普通、そうだよね。まかり間違っても触発されて一緒に入ろうとか言いださないよね」

「そしてそれ以上に興奮しますし嫉妬します」

「なんでだよ!?意味分かんねえよそういうキャラだったか澪」

「キャラはいつだって変わるものです。諸行無常なりや」

「やかましいわ…って、うわ、なんでお前も近づいてくるんだよ!?広いだろ、散れ!」

「それじゃ一緒に入っている意味がない」

「最初から意味なんて求めなくていいでしょ別に!」

 先ほどまで遠くでちらりとこちらを見ていた澪も意を決したようにこちらへざぶざぶと近寄ってくる。恥ずかしそうに頬を赤らめてはいるが、行動内容としては姉と大差ないので普通に脅威が二倍になっただけだ。

「へぇ、宮野クン、よく見せて」

「よく見ないでよそんなとこ!?」

「だって、実物は見たことない。こんなの、宮野クンにしか頼めない」

「頼まないでくれるかな!?普通に股間凝視されると怖いよ!」

「…つんつん」

「ぎゃあああああああっ!?澪っ、お前、何してんだよ!?」

「す、すみません。でもつい、ですね」

 顔を真っ赤にしてはいるけれど、その瞳はギラギラと冴えていて。当たり前のように異性の性器に手を伸ばしてくる胆力はすさまじいものがあるが、もっと他のところでその度胸を生かしてほしい。というか普通に性犯罪では?

 ともあれこちらとしても断り切れなかった手前それを強く糾弾することもできず。歳の近い可愛い女の子だとはいえ、友達の妹である。邪な感情を抱いてしまった俺側にも当然責任はある。圧倒的不可抗力が働いたとしても。

「澪、その辺にしておきなさい」

「はーい、お姉ちゃん」

「…?お前が俺を助けるとかどういう風の吹き回しだ?」

「続きはお母さんたちが寝てから」

「あ、全然助ける気ないわコイツ」

「だってメインディッシュは最後の方が楽しい。何か変?」

「いや意見には賛成だよ。ただ俺がメインディッシュってのはどういうことかな」

「そのままの意味。大丈夫、痛くはしない。むしろ痛くして」

「あぁ、やっぱお前マゾなんだ」

「…?宮野クンはそういうのが好きだって思って」

「違いますよお姉ちゃん、お兄さんは姉妹ものが好きなんです」

「今度は容赦せずに頭捻じ切ってやろうか」

 蟀谷に青筋を浮かべながら対応していくうちに、いつのまにかそういう邪な雰囲気が嘘のように霧散してしまっていることに気が付く。話の内容は相変わらず俺の仮想性癖であったが。

 気が付けば俺もどことなく楽しくなってきてしまって、自分でも気が付かないうちに笑っていた。

 ベッタリとくっついてくるのは相変わらずだが、普通に友人としてのふれあいのような特色が今では強い。

 そのまま俺たちは互いに友達として大いに語り合った。それでもやっぱり話の大部分は、俺の性癖にまつわる話だった。不本意ながら。




 半年前くらいに買った500円の企業コラボTシャツに袖を通して、風呂上がりの俺は扇風機の前で一心不乱に風を浴びていた。

 ここは脱衣所。風呂から上がって、服を着る場所だ。そう、服を着る場所。

「早く服着ろよ!」

「自分、身体に水分がある状態で服着るの嫌なんですよね、蒸れるので」

「アタシも。脇とか特に蒸れて落ち着かないから、しばらく自然乾燥」

 とまぁこんな感じで。風呂から出たというのに、俺の前で肌を晒し続ける佐原姉妹の姿があった。…流石に二人とも多少は恥ずかしいようだが。

 それでも明らかに恥ずかしいのは俺の方で、今にも申し訳なさというか有り体に言ってやべえことしてる感がひどい。自分だけ服着てるとか悪い人みたいじゃんこれ。

「そういえば今何時だ?ずいぶんと長いこと風呂入ってた気がするけど…」

「それならそこに時計がある。でもそんなに時間は経ってないはずだから気にしなくても…」

 その時だった。

「恵、澪…あと今日遊びに来てる男の子もおいでー、ごはんできてるよ」

「あー?どこいったんだあいつら」

 大人の男女の声。一つは柔らかめな女性の声だった。娘たちの名前と俺を呼んでいる、恐らく母親。もう一つはやさぐれた男性の声。どこか苛立ちを感じさせる声音で同じく俺たちの事を話している。

 脱衣所にある時計が指しているのは八時前。話によればご両親はとっくに帰って来ていてもおかしくない時間帯で。


「んー?お風呂場にいるの?」


「「「…っ」」」


 固唾をのむ音が重なる。

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