第80話 なんで他人ん家で茶番繰り広げてるんだよ

 他人の家というのはえてして落ち着かないものである。それが親戚なりなんなりのいわゆる慣れ親しんだ家であればそれもまた違ったのだが、何を血迷ったか俺は今、同級生の女の子の家に泊まりに来ている。

 普段嗅ぎなれない女の子の匂いが充満した家というのはそれだけでなんだか背徳感をそそられるものがある。もちろんエレナ以外にそういう感情を抱かないように心掛けてはいるものの、万が一が起こってしまいかねない。そんな危険なゾーンでもあるわけで。覚悟を決めてお邪魔した俺が今していることと言えば。

 佐原家の二女、佐原みおに対する攻撃であった。

「も、もういいですよねお兄さん、あだだだだだ」

「やっぱ宮野クンはそういうプレイが好きなんだ」

「俺の至極真っ当な怒りを特殊性癖扱いしてんじゃねえ」

 佐原家のリビング。ご両親はまだ帰ってきていないということで比較的好き放題騒いでいる俺。今の俺はありもしない噂を流されるという可哀想な人物なので容疑者に何をしても構わないのである。ビバ、傍若無人。

 もちろん全力ではなく冗談の範疇の力で澪の蟀谷こめかみに握りこぶしを押し当てる。こいつには今現在俺の性癖を捏造し、あまつさえ俺の友達で姉の恵に流したという罪状が掲げられている。全く以て不本意な話であり、俺としては即刻有罪判決を下したいところなのだが、忌々しい弁護人が俺の行く手を塞ぐ。

「いいじゃない、宮野クンが小さなおっぱいに興奮するどうしようもない変態だったとしても。アタシは一向に構わない」

「俺が構うんだよ!俺一言もそんな話してないよね!?」

「でも、構わない」

「いやだから俺が構うっつってんだよ、バカ!話を聞け頼むから!」

「じゃあ宮野クンはちいさいおっぱいは嫌いなんだね、しくしく」

「何で恵が被害者みたいな顔してんの?意味わかんなくね??…いやまぁ、そりゃ…ってなんだそのいやらしいおっさんみたいな笑みは」

「失礼。アタシになら何言っても許されると思ってそう」

「そりゃお前だよ!!俺になら何言っても許されると思ってんだろ!?」

「まぁ…そうだけど、いいよ、そんなことは。気にしないで」

「いや何私が気遣ってあげました、みたいな雰囲気醸し出してるんだよおかしいだろ!明らかに被害被ってるの俺だよな!?」

「で、好きなの?ちいさいおっぱい」

「オイてめぇ何さらっと自分が犯した罪水に流そうとしてんだよ。あとこの質問どう答えても変態扱いしかされないんじゃないの?検察側に不利すぎない?」

「どうやら判決は決まったようですね。自分、判決をくだしたいんですけど」

「黙ってろ被告人!口をはさむな話がややこしくなる!」

「別にアタシはどちらでも構わない」

「構うの!俺が!」

「大丈夫、ちいさくても柔らかい。アタシのを触れば分かるはず、触るといい。特別に許してあげる」

「許されなくていいからそんな大罪!なんで話をそう捻じ曲げる!?」

「だって宮野クンは嫌いなんでしょ?小さいの。触れさせて味を教えてあげなきゃ」

「わ、わかった、好き!小さいのも好きだから!な、落ち着こう!話せばわかる!話せばわかるから!」

 背に腹は代えられない。

「好きなんだ、じゃあ触っていいよ。宮野クンだけ、特別」

 結局死んだ。

「ふざけんな!無理ゲーだろこれ!」

「…お兄さんの前だとお姉ちゃん、えらく積極的ですね」

「照れる」

「照れるのはいいから身体を近づけるな今は何か貞操の危機を感じる」

 まぁ訪れた先でこんなどうでもいいやり取りがずっと続くとは思っていなかったが。甘いラブコメ的展開の方がまだ予想できたよコレ。時刻は午後6時。学校が再開して二学期となり、初めての週末を迎えようとしていた。二人の誘いで俺だけが佐原家に招待され、半ば拉致られるようにして連れ去られた。一応着替えを用意する時間だけはあったものの、後は身一つだ。携帯が辛うじてあるくらい。

 一日泊まって行ってほしいという話を聞いてエレナがたいそう拗ねていた。帰ったら死ぬほど構ってあげなければならない。

「今更だけど大丈夫なのかよ、俺が泊まって行って」

「んー、まぁお父さんもお母さんもいいって言ってましたし大丈夫ですよ。流石にえっちなことは両親が寝静まってからでお願いしますねお兄さん!」

「姉妹丼…流石に犯罪」

「俺別にまだ何もしてなくない?というかする前提なの、おかしくない?」

「『まだ』、と。つまりこれからアタシと澪を欲望の赴くままに蹂躙するということ」

「なるほど」

「全く違うんだが?」

「アタシは一向に構わない。むしろウェルカム」

「歓迎されても」

「じ、自分も…その、覚悟はできてるんで」

「澪も要らん覚悟を決めるな」

「大丈夫。両親二人の部屋は一階にある。アタシたちの部屋がある三階の音はほとんど届かない」

「そういえば俺、今日何処で寝ればいいんだ。客間とかは…」

「ない。あったけどシアタールームになった。あとでITとか見るといい」

「何で友達の家まで来て三人でホラー映画見なきゃいけないんだよ。まぁあれ面白いけどさ」

 ITというのはまぁ、最近リメイクされた往年の人気小説を原作としたホラー映画である。内容が内容なだけに女の子と一緒に見るものじゃないんですけどね。汚い言葉とか性的な言葉とかも多いし。作品自体は面白いけど。

「ちゃんと赤い風船も用意しておく」

「なんだよその熱いこだわりはよ」

「スティーヴンキング、大好き」

「自分のお手製で良ければ黄色いカッパも用意してます…もしよければどうぞ」

「なんで全員ジョージなんだよ。そうじゃなくてもっとハートフルなの見ようや」

「えっちなのは…アタシの性癖で良ければ用意できる」

「ハートフルとえっちが符合するお前の脳内が分からない」

「首絞めと布団真空袋、どっちがいい?」

「窒息フェチかよ。首絞めがまともに見えるラインラップだなクソッタレ」

 何が悲しくて自分に惚れている女の子と一緒に窒息AVを見なければいけないのか小一時間ほど問い詰めたい。

「あ、じゃあ自分の持ってる意味わかんないサメ映画リストの中から見繕いましょうか」

「逆に惹かれるな、ソレ。どんなのがあるんだ」

「はい!竜巻の中で主人公がサメになったヒロインとキスするやつとか、浦島太郎よろしく竜宮城みたいなところでサメとダンスパーティとか」

「想像の数倍意味が分からないということだけは嫌というほど理解できました」

「それはよかったです。ただこれ本当に意味わかんなくてつまらないんですよね。こうして批判レビュー聞いてる分には楽しいかもしれませんけど実際見てもクソだなって思うだけですし、せっかく遊びに来てくれたお兄さんに見せるに及ぶものでは到底ありませんです。かといって何も見ないというのも我が家のリピート率を上げるためにはもったいないですし」

「家をリピートっていう日本語が正直まだピンと来てないんだが」

「もうあと見てもらえるのはホームビデオくらいしか」

「それもそれで中々に意味分かんねえな。ただ二人の小さいときは少し興味あるかも」

「あ、やっぱりロリコンなんですね。じゃあ今のうちに勝負しとかないとですね、お姉ちゃん」

「先手を取ることは何よりも大事」

「うん、今ちょっと隙を与えた俺が悪いって気持ちになった。そうだよな、俺が悪い」

「分かってきましたね、お兄さん」

「全く以て不本意ながらな。…そういや親御さんはいつ帰ってくるの?ご挨拶とかしないといけないし聞いておきたいんだけど」

「んーと、二人とも同じ職場だから七時くらいに一緒に帰ってくる。だからあと一時間もすれば帰ってくるはず。それより、一緒にお風呂入るって話はどうなったの」

「どうもこうもそんな話してねえよ」

「…流石に自分もちょっと」

「ほら嫌がってんだろ」

「照れるというか…いや、いいんですけど…流石に緊張しちゃうというか」

「…姉妹揃って貞操観念が死んでるのか?」

「というか宮野クンは無条件で心開いちゃう」

「あ、ほんとそれなんです。なんでしょうね、お兄さんならいいって気持ちになっちゃうんです。変なこと言ってるってのはわかってるんですけど」

「あぁ…そう」

 別に俺としても嫌というわけでは無い。贔屓目を除いても超が付くほど二人とも可愛らしい。歳が近いこともあって意識しないというわけにもどうしてもいかなくて。

「…いや、だめでしょ。付き合ってもない男子にやたらと肌見せるのは」

「いいから、そういうの。早く入ろうよ。お母さんたち帰ってきちゃう」

「ほ、本当に入るんですか!?自分これどうなっちゃうんですか!?」



 どうなっちゃうか聞きたいのは俺の方だけど?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る