第55話 夏が始まります
「ふふふーん♪アヤくぅん♪」
「どうしたんだ?そこでは狭いだろう?こっちへ来るといい!」
「あ、あの…どうしてそんなにベッタリしてるんですかネ…?」
左サイドからは暁那。右サイドからはエレナ。普段通りの配置だが、積極性が桁違いだ。まずは左。あんなによそよそしかった筈の少女…失敬、今は少年だった。その少年が見えない尻尾をぶんぶんと振り回して俺の腕をがっしりとホールド。今までならなんとも思わなかったんだが、女の子だということが分かった状態でこの状況になると俺の冷静さという面でも如実に差が出る。俺の左肩に頬を押し当て、犬が甘えるように俺に頬ずりしそうな勢いですらある。きっと今他に人がいなかったら顔とかめっちゃなめられてそう。今までは意識していなかったから気が付かなかったが、控えめにしろちゃんと柔らかいことを主張してくる暁那の胸は朝から男子中学生を誘惑してくる。学校の制服は男子の夏服。そしてこいつはその…上の下着をつけていないのか、弾力がよりリアルなんですが…?まって事件が起きるから。というか他の男にバレたらまずいんじゃないのコレ。中性的だと思っていた顔立ちも、女の子だと分かると途端に意識してしまう。別に好きというのとは別だが――暁那の事が嫌いなわけでも決してない――生物的な本能として身構えてしまうのだ。睫毛長っ。これほんとに男子からも女子からも狙われるんじゃないですか?
「なんですかぁ、浮気ですかぁ?昨晩は――」
「わーわー!ハイなんでしょうエレナさま!!」
「べっつにぃ?何でもないですよぉだ」
そういいながら反対がわの腕を双丘で押しつぶしてくる。昨日この胸…いや、思い出すのは止そう。正直に言って体力が今潰えかけている。好き放題蹂躙された俺は明け方眠りにつくことができたものの、その時間も僅かなものだ。正直終業式は寝る未来しか見えない。というか寝ないほうが無理なんですが。
若干嫉妬しているようで、ちょっと額で腕をぐりぐりやってくる。地味に痛いのでやめてくださいエレナ様。痛いです。
「あらぁ、アヤモテモテじゃぁん。もう落としたの?暁那くんも嫌だって思ったら辞めてって言いなさいよぉ?」
「あ、お構いなく」
「こっちが構うしそもそも落としてない」
「落ちてます」
「いや落ちてない」
そんな風に小競り合いするのも楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。というか最近毎日が楽しすぎて怖いのだ。何気なくこうして冗談を言い合えるのも今この一瞬が最期かもしれない。人間ってのはある程度本気で心から楽しいとか幸せだったりとか思うとリミッターが働くもんだと思ってる。これ以上幸せになって本当に良いのかと。何か罰が当たって幸せが恒久的に失われてしまうのではないだろうかと。そんな風に考えてしまうのはもはや人の常と言って差し支えないだろう。俺の日頃の生活の中には、灯やエレナをはじめとする沢山の大切な人達でできている。それはもちろん近衛や明川もそうだ。いつしかこの人達の一人でも欠ければ俺は深く絶望するだろう。今の今まで忘れていたが、大切なものを手にするということはそれを失う覚悟を同時に持たねばならぬということなのだ。
「ちょっ、理人…?」
「アヤくん、はげしっ」
左右から動揺の声が上がるのを気にも留めず、両隣の手のひらを強く握る。決して離さないように、例え失ったとしてもその感覚を少しでも覚えていられるように。
「おはよ。宮野クン。今日も一段と素敵」
「お、おう。どうしたんだ急に」
車から降り、三人で歩いている最中に背後から肩を叩かれ、振り返れば物憂げな瞳と柔らかな微笑が素敵な少女が居た。名を佐原恵。俺の同級生だ。新聞部に所属しており、最近は何かと積極的な様子すら見せているのがまた恐ろしいのだが、なんだか出かけた後から元気になっているような気がするので個人的には連れ出してよかったなぁ、なんて思ったりもする。彼女のすっと伸びた猫のような瞳は一見して関わりにくそうな印象を与えるかもしれないが、彼女のことを知っている身としては何やら機嫌よさげなことが見て取れる。
「特に何もない。ただ、アタシは諦めない。そう決めただけ。誰に何を言われたって、アタシは諦めない。勝ちの目は待つんじゃなくて作って奪いに行くものだから」
積極的ですね。そういうのは好きですが苦手です。だってドキドキしちゃうからね男の子として。心が惹かれない訳じゃないから油断もできないのがこの状況だ。
大体何があったんだコイツに。下手したらこいつもこいつで積極性の塊みたいなとこあるから勢いつけられると危ういんですが。
「ほら、アヤくんも恵ちゃんも暁那くんも行きましょう!教室に上がってから夏休みの予定でも考えましょうよ!」
「おぉ…オレ、そういうのしたことないからすげぇ楽しみなんです…!なにしますか何処に行きますか!」
「いい提案。これはもう海に山に川に森にプールにゲームの遊び三昧が見える。見える」
背中からエレナが俺たちの背中を押す。隣を見れば輝かんばかりの笑顔があって、みんな楽しそうに笑い合っている。なんだかこうした笑顔を見ていると…気にし過ぎている俺の方が間違いなのかもしれないな。
楽しいときには楽しさに身を任せるのも重要なんだろう。勉強もしろよ…なんて言おうとも思ったが流石にこの状況で水を差すのもナンセンス。
とりあえず予定を立てるところから始めよう。遊びってのは予定から思い出を語るまでが一セット。
俺たちの青春はまだまだ続く。
別に打ち切りではない。
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