第56話 予定を立てるのも楽しいじゃない

 木製のドアを開けて教室に入るや否や飛び込んでくるのは騒々しい程に明るい友人の姿だった。朝からこれはなかなかしんどいのでどうにかしてほしいという気持ちがない訳でもない。これはこれで明川という人間の美点でもあるからあまり文句は言わないのであるが。

「おーす!なんだよお前ら一緒か、元気してたか?エレナちゃん?こいつから気が変わったらいつでも俺のとこに来てくれていいんやからな!」

「朝から何言ってんだ。寝ぼけてんのか」

「あぁもう、気にしないでよいでござるよ。明川氏はいつもこうなのでして」

「明川くんは黙ってスポーツしてればイケメンなのに」

「ひっでぇなぁ。暁那っちもなんか俺を庇ってくれよぅ!な?な?」

「んー…オレにはうまく弁護できる自信が無いですので他を当たっていただけると!」

 背後からそっと出て来てあきれ顔でフォローを始める近衛。相も変わらず学ランを華麗に着こなす姿はさながら舞台俳優。喋り方でだいぶマイナスを喰らっているがまだ辛うじてプラスの領域にいる。頑張ってくれ。

 そして明川はあっさり見捨てられてやがる。暁那なら丸め込めると思ったのかもしれんが意外とノリがいいんだコイツは。堅物の様に見えてその実世渡りが上手い。だから秘書という役職は非常にマッチしてるんだ。悪いが明川、暁那のわたってきた世界はお前のものと一味も二味も違うんだ。俺自身の事じゃないから変に粋がるのもあれだが、何となく誇らしい。

「なぁ宮野ぉ、お前夏休み暇?俺の爺ちゃんの別荘さ、笹木ビーチの近くにあるんだけど…遊びにこないかって誘われてんだよ。あぁもちろんエレナちゃんとか佐原さんとか暁那っちとかもおっけー。というかむしろ来てほしい。このままだと近衛と俺と宮野だけになっちまう。灼熱のビーチに華が無い男三人とか地獄でしかないからな」

「去年は…楽しかったには楽しかったでござるが…まぁ、その、ひと夏の思い出というには些かむさくるしいものでしたからな。あれはあれで楽しいでござるが一週間近く肌色多めの同じ男のメンツとか控えめに言って修羅の域でざる」

 げんなりしだす二人を見て俺は去年の夏を思い出していた。おじいさんの別荘と言ってももうそのお爺さんは亡くなっているそうで、家を管理してくださっているという管理者の方がいるとのことだった。(ちなみに俺は写真で見ただけだったが、結構な美人な方だったような気もする。だが何せ昔の写真だったので今の状況がどうなっているかはわからない)

 家の中は綺麗に整頓されていて、明川が散らかさないかが不安で不安で仕方なるくらい快適な家だった。空調は完璧だし、冷蔵庫を開ければジュースやたくさんの具材が入っている。世界中から収集したと思われる古今東西、様々な書物は俺の心を躍らせたし、生前はオタク趣味だったのか、アニメからミリタリーまで様々なコアなグッズが揃っていて、コレクターに見せたら一体いくらの値が付くんだろうと思うような光景であった。近衛が絶叫した。俺と明川も人並みに男の子をやっているのでライフルだとか車だとかはなかなか擽られるものがあった。確かに楽しいしひと夏の思い出を過ごすには楽しい場所であったが、流石に男三人でずっと過ごすのはだめだ。気分転換に海に出ても灼熱の砂浜に男が三人いてもそれでおしまいだ。結局めっちゃ釣りした。

 というわけで華が無いな。という結論に落ち着いた去年の夏休みではあったが、こんなめったにないチャンスを逃すような彼女らではない。

「え、いいんですか!アヤくん!一緒にひと夏のアバンチュールを!」

「意味わかってんのか」

「いいえ言ってみただけです!どういう意味かも用法が正しいのかも存じ上げません!」

「それ、アタシもいいの?アタシなんかがいって邪魔じゃない?」

「何言ってんの、佐原さんはもっと自信もっていいんだよ。可愛いし素敵!」

 おずおずと場違いじゃないかと不安になった様子で確認を取る恵に対して底抜けに明るい笑顔で歓迎の意思を伝える明川。いつもこうだと女の子も近寄ってくるんだと思うんですけどね。

 その言葉に少し元気をもらったのか、表情を綻ばせた恵は嬉しそうにしてる。

 …家で良く想われてないから、こういう風に褒められることが純粋にうれしいんだろうな。俺も遠慮せずに沢山声をかけてみてもいいかもしれない。

「海…!オレ、海で遊んだことないんすよ!!!」

 うきうきな様子で暁那が近衛に質問している。もう今から興奮を隠せないといった年相応の姿を見るのはあまりないのだが、こういうのに疎いだけで興味がない訳じゃないらしい。積極的に連れ出してやろう。

「まぁそうでござろうなぁ。勉強ばっかりしてきたように見えるでござる。良いものですぞぉ海は。気を抜きさえしなければ最高の遊び場でござる。きっと気にいるに違いないですぞ」

「へぇ!海ではどんな遊びができるんだ!釣りか!」

「そうですなぁ、釣りもいいですが――」

 もはや語るまでもない。大人数で楽しめる浜辺の遊びと言えばもはやこれを差し置いて他にあるまい。誰もが思う最善策としてそれは存在する。質問を投げかけた暁那でさえも答えは分かりきっているといわんばかりに目をきらめかせ、幼さの残るあどけない表情を見せていた。

 砂浜の王道とはそう、即ち――!









「「「「「「ビーチバレー!!!」」」」」」




 まぁここはまだ教室なんですけど。

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