第3話 姉が家庭的だという利便性
「お、おじゃましましゅ!」
「落ち着けよ。エレナの家という認識でいいぞ別に。というか住んでる期間だとほとんど変わんないだろ」
俺が物心ついたころには一緒にいたのだ。双子という感覚すらある。数年家から離れていたというだけでいないもの扱いするのは流石にひどすぎるとおもうのだ。
確かにいない人の分まで作ったりはしないけれども、一応部屋(といっても小学校の頃なので俺と部屋は同じだが)もしっかりと掃除している。
いつ帰って来ても迎えられるようにしておくのが家族という物なのだと父さんがいつも言っていたので、我が家ではそのような習慣がある。
その辺のことを分からない訳は無いと思うのだが…数年の間会わなかった男と同じ屋根の下で暮らすのは女性として抵抗があるのかもしれない。
「あ、その、部屋は勿論俺と別なのを用意するからそのへんの心配はしなくていいぞ?流石に抵抗あると思って一応準備は…」
「…?アヤくんは何を言っているんですか?私はただ、こう、アヤくんのにおいがするなぁ…っておもってただけですよ?」
「そうか…?じゃあエレナの部屋に案内するから…」
少し肩透かしを食らった俺だが、本来の目的は忘れない。同じ屋根の下どころか同じ部屋で同年代の女子と暮らすなど、精神が休まる要素が微塵もないのだ。
確かに少し魅力的ではあるが、何かあっては困る。
「どうしたんですかアヤくん?お家に来てから何か変ですよ?
それに私のお部屋はアヤくんと一緒に決まっています。昔からずっとそうだったし、これからもいつまでも一緒です。お墓も一緒です」
「中々にヘヴィですね今日のエレナさんは」
冷や汗を背中に垂れ流しながら薄ら笑いを浮かべて対応する俺。
この言葉をほかの連中に聞かれでもしたら首が飛ぶ。それどころか細切れにされる自信すらある。男どもの嫉妬というのは思ってるより怖い。
少なくとも勢いでやらかしてしまうほどには。やらかしたら結局東京湾に沈むことになるのだから自分も無事では済まないのだから踏みとどまるかもしれないが。
ともあれ、こんな可愛らしい子にこのようなことを言われて意識しない程唐変木ではない。
「おかえりーふたりとも。ごはんできてるよぉ…!そういやエレナちんはお久だねぇ。おひさおひさー!」
ふと階段の上から若干間延びした声が投げかけられ、二人して上を見上げるとそこには俺が小学校の頃、お小遣いをためて姉さんに買って渡したプレゼントのエプロンを装着した姉が居た。まだつけてたのか。
もう何年も前にプレゼントしたものだから普通なら使えなくなっていると思うのだが…それだけ大事に扱ってくれているなら、小学生のころの俺の苦労も報われるという物だろう。
姉さんはそのままゆったりとした足取りで階段を下りてきて、俺たちの前までやってきた。艶やかな黒髪と若干垂れ目気味の目元、そして男性としてはどうしても目を引かれる泣き黒子が印象的な女性である。あとアホ毛。
一応社会人ではあるが、レシピや料理の手順の動画をネットで配信し、その広告収入で生活をしているという、いかにも現代的な仕事を生業としている。
広告費だけで生活できるのはほんのわずかだけだと言われているが、多分姉さんはそのわずかの中に入っている。
何しろニュースで取り上げられることも少なくない。料理の界隈ではちょっとした有名人である。
「ご無沙汰してますお姉さま。お待たせしてしまって申し訳ありません、帰り道で同級生に囲まれてしまいまして…」
その姉さんに向かって軽く頭を下げるエレナ。こっちもこっちで天使みたいな美貌を持ってる上に、白と黒で丁度対極みたいになっているから、なんだか絵になる光景である。家庭内でそれが実現しちゃって大丈夫なのかね。
「相変わらずかたっくるしいなぁ。昔みたいにお姉ちゃんっ!って呼んでくれていいのにぃ。ま、エレナちんモテるだろうからねぇ。アヤ、自分の女はとられないようにしなきゃだぞ?」
「何で今の流れで俺に飛んでくるんだよおかしくないか姉さん。あとそもそもエレナは俺のものなんかじゃ…」
「違うんですか…?私は悲しいです…くすん」
「あーあぁ、泣かせちゃったなぁ。お姉ちゃんのご飯一緒に食べて元気になろうねぇ。…アヤ、あとで来なさい。殺す」
「死ぬほど行きたくない」
まぁ付いていくんですけどねご飯食べなきゃいけないので。
掃除の行き届いた玄関から左手に折れるとダークブラウンの扉。取り付けられた銀色の取っ手を握り体重を乗せて押し開ける。
扉という障害物によって隔たれていた空間が一つになった瞬間、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻孔を擽った。
焦げた醤油の匂いが最高である。
「おーアヤ。早く座ってー。準備できてるよぉ」
急に機嫌はもとどおり。どういうことなのかかれこれ十数年生きてきてるけど未だに理解できていない。何がトリガーでどうすれば戻るのか。
事例は数知れないけれど、一向に仕組みが見えてこない。個人的七不思議の一つである。
ともあれ上機嫌な姉に誘われるまま、食卓に着くと、中央に盛られた大皿には冗談みたいにいい焼き色の鶏肉が乗せられていた。
姉さんのいくつあるかわからない秘伝のソースの一つ。醤油ベースのよく肉に絡むものが満遍なくかけられており、立ち上る匂いだけで胃が騒ぎ出す。
「さぁめしあがれー。今日はお姉ちゃん、がんばちゃったからねぇ。
あっ、お肉だけじゃなくて野菜もちゃんと食べるんだよー」
見れば他にも野菜炒めやサラダといった野菜メインの料理がいくつか用意されており、色とりどりの色彩を以て食卓をより一層華やかなものにしている。
「「いただきます!」」
「急がなくても逃げないからねぇ。ゆっくりでいいよぉ」
目の前のエレナは学校のやつらが見たら驚愕するレベルで一気に貪っている。
一心不乱とはまさにこのことだろうか。食べるために生きていると言われたら信じてしまうほどの勢いである。
昔からこうなので多少は慣れているが、人によっては印象を変えてしまうかもなぁ…なんて思いつつ、俺も食事を行う。
「ふふ、どうかなぁアヤ。お姉ちゃんがんばったでしょ?えらい?」
出た。姉さんの褒めてほしいモードだ。
…無論、ここまでの料理を出されれば言われずとも勝手に褒めるのだが。
最近は料理を食べるだけで今日の料理のコンセプトだとかそういうのが何となくではあるけれど、理解できるようになってきた。
なのでそれを言葉としてまとめつつ…適度に褒める。ほめ過ぎても調子に乗られていろいろ厄介だったりするし。
「あぁ…相変わらず美味いよ。日々俺好みの味に変化してる気がする。
今日は若干パンチを抑えて深めの味わいにしてるっぽいけどこれは多分、エレナに対する配慮だと思う。俺の好みを通り抜けながらエレナの好みも的確に貫いてる。
昔だったらもう少し甘めにしてると思うけど、数年たってるからもうすこし味わいを深めにしてみようかなぁ、っていうチャレンジ精神もなんとなくわかるよ」
「ごめんちょっとまってそこまで見通されるとは思ってなかったんだけどえっこわい」
珍しく狼狽する姉さん。いつもの間延びした口調すらどこかへ紛失する慌てぶり。
明川をはじめとする友人が家に遊びに来た時に『お前のお姉さんくっそ美人だよな』を連呼しているが、この慌てる姿を見せればもう少し評価は変わるだろうか。
「…?私も概ね同じ意見ですよ?ただ、私の場合はアヤくんメインで合わせに来たのだと思ってましたが、私に配慮していただいた結果だったのですね。
今度アヤくんの胃袋を掴むために料理教えてください」
「よぉしまかせろぉ。お姉ちゃんはアヤの好みにかけては本人よりも理解してるからね!」
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