第109話 大丈夫っすよ、マル頑張れ!

 そこにいたのは少女。今日一緒に行動していた結衣ちゃんではなく、それどころか数日会っていないはずの玲。

 すれ違うだけで彼女のものとわかる甘い砂糖菓子のような匂い。

 人混みでも目を惹く桃色の髪。

 サメのように綺麗に生え揃った鋭利な歯。

 彼女は当たり前のように俺の独り言に相槌を打った。

 さも、そこにいるのが当然だと言わんばかりに。

 初めからそこに居ましたよ、なんて言いたげな表情をして。

「随分仲良しですね、意外っす」

「玲…」

「だってマルとあーさんと言えば犬猿の仲、水と油、そんな表現がしっくりくる感じっすよね。少なくともあーさんから話しかけることは少なかったと思うんすけどー…いやはや、まさか映画デートとは…抜かりないっすねー」

「な、なぁ玲…」

「いやーほんとにすごいっす。しかもここ、格好のデートスポットじゃないっすか。雑誌でも結構頻繁に取り上げられてるんすよー?カップルシートとかもあるんでぜひぜひご活用くださいって感じっすー」

 彼女は俺と視線を合わせずいつもの調子で話し続ける。矢継ぎ早に繰り出されるマシンガントークの切れ味はいつもと変わらない。

 なんならいつもよりテンポがいいくらいだ。

 相手を自分の会話のペースに引き込んで離さない。そんな独裁的なセンスが光っている。

「あ、もし昼食に迷ったら駅裏の路地進んだ先にあるパンケーキがおすすめっす。ああ見えてマルは甘いもの大好きっすからね。絶対喜ぶと思うっすよー」

「そう、なのか?」

「まぁ本人は隠してるっすからねー…あたしからすればお見通しもいいとこって感じっすけど。あとあの子、最近新しいペンを探してるみたいっすよ。文房具が趣味みたいで、万年筆とかよく気にしてるっす」

 玲は座席を選んでいる結衣ちゃんを見ながら目を細めて笑った。

 その表情は初めて見るものだった。今日一緒に行動していた結衣ちゃんではなく、それどころか数日会っていないはずの玲。

 すれ違うだけで彼女のものとわかる甘い砂糖菓子のような匂い。

 人混みでも目を惹く桃色の髪。

 サメのように綺麗に生え揃った鋭利な歯。

 彼女は当たり前のように俺の独り言に相槌を打った。

 さも、そこにいるのが当然だと言わんばかりに。

 初めからそこに居ましたよ、なんて言いたげな表情をして。

「随分仲良しですね、意外っす」

「玲…」

「だってマルとあーさんと言えば犬猿の仲、水と油、そんな表現がしっくりくる感じっすよね。少なくともあーさんから話しかけることは少なかったと思うんすけどー…いやはや、まさか映画デートとは…抜かりないっすねー」

「な、なぁ玲…」

「いやーほんとにすごいっす。しかもここ、格好のデートスポットじゃないっすか。雑誌でも結構頻繁に取り上げられてるんすよー?カップルシートとかもあるんでぜひぜひご活用くださいって感じっすー」

 彼女は俺と視線を合わせずいつもの調子で話し続ける。矢継ぎ早に繰り出されるマシンガントークの切れ味はいつもと変わらない。

 なんならいつもよりテンポがいいくらいだ。

 相手を自分の会話のペースに引き込んで離さない。そんな独裁的なセンスが光っている。

「あ、もし昼食に迷ったら駅裏の路地進んだ先にあるパンケーキがおすすめっす。ああ見えてマルは甘いもの大好きっすからね。絶対喜ぶと思うっすよー」

「そう、なのか?」

「まぁ本人は隠してるっすからねー…あたしからすればお見通しもいいとこって感じっすけど。あとあの子、最近新しいペンを探してるみたいっすよ。文房具が趣味みたいで、万年筆とかよく気にしてるっす」

 玲は座席を選んでいる結衣ちゃんを見ながら目を細めて笑った。

 その表情は初めて見るものだったから、上手に形容できるものではなかったけど、きっと優しいものだったと思う。

 大切な人を見守るような、そんな慈愛の籠った目つき。

 意外だった。彼女は俺と結衣ちゃんのことを犬猿の仲と表現していたが、俺に言わせれば玲と結衣ちゃんの関係の方が険悪だろう。互いが仲良くすることなんて想像もできないし、互いの事を本当に好んでいないんだろうなと感じていた。

 けれど玲は今、優しく微笑んでいる。

 だからこそ、俺は不気味さを感じているんだと思う。

「…そろそろマルの準備終わったらしっすよー。んじゃあたしはラプラスの魔女見てくるんでお先失礼するっす」

 そう言うと室内だというのにフードを目深に被る玲。

 こうなると桃色の髪も、ギザギザの歯も隠れてしまって視界に入らない。

 加えて黙りこくってしまったのでいつもの間延びした特徴的な声音も聞こえないし、人が多くなってきたので彼女の甘い香りも紛れてしまう。

 依然として俺の隣にはいるのに、あたかもそこから消え失せてしまったような、そんな印象を感じる。彼女の存在はこんなに希薄だっただろうか。被った薄い布一つで誤魔化せるような儚さを持ち合わせていただろうか。

 彼女は一歩、さらに人込みへ踏み出す。

「ま、待ったかしら、

 入れ違いに結衣ちゃんが戻ってくる。

 どこか落ち着かない表情で、こちらへ視線を向けた。

 俺は問題ない、と首を振った。

「大丈夫大丈夫、気にしないでよ









 どこかで明瞭に、歯噛みする音が聞こえた。

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