第33話 君と共に

 シャワーから勢いよくお湯が放出される。ちょっと痛いくらいに。流石に都会の自分の家ほどシャワーに対して融通は効かないらしい。山奥の旅館とかでシャワー使うと痛い。あんな感じ。間違えてシャワー押しちゃうと目に当たったりしていてえんだこれが。

 目の前に座る少女のくすんだ金髪に指を通してみる。

「うお…指通りわりぃなコレ。髪はしっかりしないとだめだぞ」

「…我、昔から虐げられておったから、湯浴み、したことない。できるのは、ほかの鬼、寝た後、川で水浴びくらい。冬、とてもつらかった。だから――」

「あぁーそういや叔母さんがご飯用意してくれるってよ。今日は泊まってけってよ。食いしん坊既に二人抱えてんだから一人くらいお前みたいなちびっこが増えたぐらいで気にしなくていいからな」

 余計な事を思い出させてしまったみたいなので即刻話題変え。この子はきっと俺の想像を絶するような苦労と悲しみを背負って生きてきたんだと思う。少なくとも俺の目に届く範囲にいるときは苦しいことは忘れさせてあげるのが保護者になる覚悟を決めた俺がすべきケアだろう。

 家族…という関係になる相手だから少なくとも幸せにはしてやらないとな。最初は変な感情がわかないか不安で仕方がなかったけど、こうしてると妹みたいだな、なんて思う。

 妹がいない俺だから実際の妹がどういうものかはわからないけど。

「お、ごはん、久しぶり。おばさんごはん、おいしー?」

「あぁ、美味しいぞ。お前はどんな食べ物が好きなんだ?さっき一緒にいたお姉ちゃんたちも料理上手だぞ。俺もなかなか上手だけどな」

「自分で…いう?ふつう」

「うるせぇやい。んで、何が好きなんだよ。時間あったらおにーちゃんが作ってやるよ」

「…かつおぶし」

「かつおぶし」

「…けずってない、やつ」

「けずってないやつ」

「…うまいっ」

「そうか、うまいか。よかったな(?)」

「よかった!」

 どうやら鰹節が大好きらしい。今度姉さんに相談して手に入れてもらうか。流石にけずってないやつというご注文にはお答えできないです。当店では不可能です。申し訳ございません。

 そんな軽口をたたきながら彼女の髪にシャワーを浴びせる。さっきまでごわごわしていた髪の毛も濡らすことによってボリューム感が消えた。

 シャンプーを三プッシュ程手に取り手に馴染ませてから髪に手を伸ばす。

 やはりというか予想通りに指通りが悪い。これは二、三回洗ってあげる必要がありそうだ。

「ちゃんと目をつぶってるんだぞー?シャンプーが目に入ると痛いからな」

「我、言われたことくらい、守れる。えらいから」

「おー、お前が偉くておにーちゃん嬉しいぞ」

 ごしごし

「偉かったらお願い聞いてくれる?」

 ざばーっ

「お願いの無いようにもよるけどなるべく聞いてあげるようにするぞ」

 ごしごし

「じゃあ――」



















 服はもう着れる状態じゃなかったから始末しといたよ、とはいうものの。

 代わりに置いておく服として俺が小さい頃に来ていたTシャツと短パンを選択したのはどうかと思いますよ。叔母さん。

 エレナの服もあるはずなのになぁ。むしろエレナが俺の服盗んでいったからエレナの服の方が多かったはずなのにな。おかしいよな。

「これ、すっごいおにいちゃのにおい」

「そりゃ十年前くらいに俺が着てたからな。まだにおいするのかそれ。変な臭いとかしないか?」

「いい、におい。まんぞく」

 そうですかい。満足していただけたならおにーちゃんとしては満足ですけど。叔母さんが俺のを用意したのは俺を好いてくれてるこの子を少しでも落ち着かせるためかもしれない。ああいう風で色々考えてくれている人なのだなぁ、と少し感心。

「アヤくーん!ご飯できたよ。その子連れてきて」

「悪い、俺が連れてくるって決めたのに手伝わせて」

「いいのいいの…いいの!ほら、あんまり辛気臭い話はよくないですよ!」

 こういうところでも優しく気遣ってくれるあたりいい子だと思う。こんなにいい子が俺の事を好きでいてくれてるのは一人の中学生として誇らしい。

 …けれどどことなく無理をしているような印象が感じられる。

 きっとこれは気のせいなんかじゃない。あいつは割と誤魔化すのが下手くそだ。口調一つとってみてもそうだし、何より目が。俺を透かして自分の悩みと向き合っている時の目だ。苦しくてもそれを表に出さないようにする。それがどこまでも痛々しく、見ている側を苦しめる。今はそれほどでもないが、このまま蓄積させていたらどこかでエレナは壊れる。そういう子なのだ。

 声に出したいけれど人一倍のやさしさを持ち合わせているだけに相手の事を苦しめまいとしてその笑顔の裏に隠すのだ。

「ほいほーい。ありがとな。あ、そうだエレナ」

「はいなんでしょうアヤくん!なになに?添い寝のお誘い?」

「はい」

「はい?」

「はい」

「ホントですか…?迷惑じゃないですか?」

「今までずっと一緒のベッドで寝てただろ。何を今さら遠慮してるんだよ」

 いや、だって…ともごもご口籠りながら視線を泳がせるエレナ。どうにもこうにも言い訳を付けたがるところもいろいろいっぱいいっぱいなときのエレナの癖だ。

「寝たい?寝たくない?」

「寝たいです!初めてですがよろしくお願いします!」

「何が初めてなんですかねぇ」

 鬼の子を連れたままリビングに戻ると美味しそうな料理が並んでいた。流石にたくさんではないけれど、それでも十分な量だ。俺が二回食事をして少し余るくらい。

 今の時刻は九時くらい。夕食にしては少し遅い時間だ。夜食に近いかもしれない。

 だがそれも仕方なしだ。五時くらいに魚をたくさん食べたせいで今まであまりお腹が空いていなかった。今でこそ少しすいているものの、食いしん坊二人も食い意地を表に出す様子はあまりない。折角だから少し食べておこう、といった印象だ。

「…これ、我、いいのか?」

「うむ。いいのだ」

「なんか仲良くなってますね」

「ずるい、私も仲良くなりたい。宮野クンと」

「そっちかよ。十分仲良しだろ」

「なんかお姉ちゃん空気じゃないかなぁ…?お姉ちゃん寂しいなぁ…?」

 目を輝かせる鬼。承諾する叔母さん。仲良し度に驚くエレナ。謎の嫉妬をする佐原。僕。不平を嘆く姉。

 和気あいあいとした空間に当たり前のようにこの子がいる。

 誰もよそよそしくしていない、普通の存在として受け入れてくれているこの人達に囲まれて食事ができているという事実が俺にとっては嬉しい。



 家族とはこういうものであるべき、なのだろう。

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