第47話 転校生(デジャヴ)

 学校に着くと、俺とエレナはそのまま教室へ。暁那の方は一度職員室に顔を出すようだ。先生への挨拶に伺うということらしい。普通は自分のクラスの確認や担任の先生への挨拶くらいのものだが、手ぶらでは何だからとアメリカから手土産を持ってきたらしい。俺の想像よりもしっかり真面目らしい。日本じゃ誰もそんなことも止めてないのになぁ、なんて思ったりもするが、口に出すのは無粋という物だろう。嫌がる人間もいないはずだ。

「じゃあ俺達はこれから上に向かうから、また後でな」

「はい。了解です。…それと先ほどの事は記憶の中から抹消していただけるとありがたかったり…」

「わかったわかった、善処するよ。でもさっきみたいに砕けた口調でもいいんだからな」

 それだけ言って昇降口を上がり、職員室へ向かう廊下で暁那と別れる。普段と違った一面が見れたのが少しうれしかった。このままうまくいけば距離を詰められるかもしれない。彼が友人になってくれれば、俺の人間関係はもっと充実する。彼との関係も大切にしなければならない。

「良い方でしたね、アヤくん。これなら私も安心です。元軍人の父から父を倒せるまで護身術を叩き込まれたので万が一にも襲われることは無いと思いますが…アヤくん以外に襲われるのを考えるだけでゾッとしてましたのです」

「…え?あのゴリゴリマッチョメン倒せるのお前」

「それがわが父を指しているのであれば可能です」

 嘘だろ。オイ。エレナの父と言えば筋骨隆々と形容するのにふさわしい肉体と刃のような眼光を併せ持つ職業軍人だ。身長は優に190㎝を超え、破壊神の生まれ変わりなんじゃないかと想像してしまうくらいにはごつい。一度射撃訓練をした映像を見せてもらったがありゃだめだ。戦神だ。圧が尋常じゃない。

 俺なんかが立ち向かったところで制圧されて殺されるまでに数秒もかからないに違いない。洗練された戦闘技術に対して俺の猿真似みたいな格闘術じゃクマに木の棒で殴りかかるようなもんだ。俺の闘い方は油断してる相手や不意打ちじゃ滅法強いけど、身構えてる相手にはうまく通らない。

 …だからこそ怖い。なんでこんな貧弱そうなやつがあんな男を制圧できるんだ?

 これからは言動や行動に気を付けよう。本気で怒らせたら俺はたぶん死ぬ。

「おーす」

 傍らを歩くか弱そうに見える少女に内心戦慄しながら階段を上り、教室のドアを開ける。なんだかいろんな事があってずいぶんこのドアを見るのも久しぶりな気がする。

「ぐっっもーにん!いい朝だなぁ!」

「そうか?まぁ悪くは無いと思うが」

「なんだよノリ悪いんじゃんか宮野!悪いものでも食ったか?」

「お前と出会ったことが今日最悪の出来事だな」

「俺はお前に会えてはっぴーだぜ!」

「…そういわれて悪い気はしないけど…元気だなほんと。つーか明川、課題やったのかよ。数学、そろそろ本気でヤバいぞ。受験生っての忘れてないか?」

 そう。我々は受験生なのだ。受験は団体戦ともいう。一人一人が作り出す雰囲気とは意外と馬鹿にできない。塾に行けば強制的に個人戦にできるから別に割とその辺はどうでもいいが。

 そもそも雰囲気以前にこの男、内申点は大丈夫なんだろうな。一つでも1があると蹴落とされるリスクはぐんと上がる。最悪でも2は確保しておかなければならないところなのだが。

「なんと!わたくし!かだいを!」

「お?」

「やって!」

「お???」

「おりません!!!!!!!!!!!」

「知ってた」

「やっぱり?」




 ピタリ賞じゃねえんだよ真面目にやれ。







「じゃなくて!聞いたか!転校生が近いうちに来るっていう噂をよぅ!」

 あぁ、通りで。やたらテンションが高かったのはそれが原因か。この様子を見ていると男とは言い出せないよなぁ。テンション上がってるやつが落ち込む瞬間ってのは最高に気分が悪い。というわけで適当に話を繕っておくことにしよう。可哀想だからね!

「そういやなんか聞いた気がするな。エレナの事じゃないのか?」

「それが違うんだとよ。男か女か分からないけど美形らしいぞ!これはワンチャンあるな?」

「いやねえよ。何を期待しているんだよお前は。なんだ?結ばれたいのか?ならいい方法がある」

 おいそこ、俺の前の前でガチの顔つきになるな。そんなに結ばれたいのか。何度も言うが明川はイケメンだ。うるさいしテンションについていけない奴が多いということを除けばめちゃくちゃいいやつだし、ノリも良い。相談なんかには本気で乗ってくれるし口は誰よりも固い。スポーツ万能だしバカなりに人のことを気遣ってやれる。

 そんな明川に対する最適解は。

「必要以上にしゃべるな。お前が相手のことを知りたい気持ちはよくわかる。けどそれは初対面のやつにとってはかなり緊張するんだ。だから徐々に距離を詰めてったらいいんじゃねえか?」

「おし!わかった!」

 なんだか頭の悪い犬を躾けてるみたいで楽しい。

 チラホラとクラスメイトが登校してくるこの教室にも新しい姿が増えるとなるとより一層賑やかになる。このクラスは明るく仲良く元気よくで言うことなしのクラスだが、収拾がなかなかつかないという致命的な欠点がある。

 ここでびしっと決めてくれる奴が一人来るとまた違う、と信じたい。なんにせよ転校生の登場まではコイツが落ち着いてくれそうで俺はすこぶる機嫌がいい。






 そんなこんなでいつものHRが始まり、黒崎先生の話が始まる。

「お前ら元気だったか?元気なやつにも元気じゃない奴にも朗報だ。多分このクラスの誰よりもまともで常識的なやつがこの度我がクラスに転入となった。異例の事態で正直私が一番慌ててるんだが、決まったもんはどうしようもねえ。ツーかまともなやつがきてちょっぴり感動している。お前らもこいつを見習って常識人になってほしい。切に願う。切に。…それじゃあ入って自己紹介。あとは任せた。まだ時間あるから軽くなら質問いいぞ」

 そうしてゆっくりと教室のドアが開く。厳かに、丁寧に開かれるドアにクラス全員が一様に息を呑む。今回は黒崎先生が性別について言及しなかったため、男女ともに集中している。転校生に希望を抱くのは皆同じなのだ。

 入ってきたのは中性的な顔立ちの美少年。すらりとした四肢とぱっちりとした瞳。きらきらと周囲に光が踊るような錯覚さえ覚える優雅な表情で歩を進める少年はチョークを手に取り、流麗な線を描いて文字を形作る。

 その一挙手一投足が美しく、洗練された印象を抱かせ、見る者を魅了する。

「よろしくお願いします。オレの名前は暁那、宮野暁那です」

 響きわたったアルトボイス。澄んだ声音は水辺で囁く小鳥を彷彿とさせた。

 そして


「「「宮野くん?どういうことなの?」」」

「落ち着け」

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