第90話 あたしのあーさんVS私のアヤくん

「しまったな…」

 現在、宮野理人は絶望に打ちひしがれていた。というのは他でもない。弁当を忘れたのである。それも姉が朝作ってくれた弁当をだ。

 端的に言って申し訳ない。その一言に尽きる。何度探ってもリュックサックの中には筆記用具と問題集、参考書くらいしか入っていない。今から取りに帰るのも一つの手ではある。というかそれが最善策だろう。

 だがそれではさすがに授業の開始時間に間に合わない。チャリで十五分はかかる俺の家までの道のり。いつもより急いだとしても、二十分程度はどうしてもかかってしまう。行きはともかく帰りはかなりしんどいことになる。最悪吐くかもしれん。昼休憩は四十五分。本来であれば多すぎるくらいの時間だが、飯を食べて往復すると考えればなかなか厳しい時間だ。

 何度も荷物を確認していたせいで昼休みが始まってからもう五分は経っている。ますます余裕がない。

 焦る俺に心配そうな顔つきで寄ってきたのは玲と、俺の隣の席に座っていた阿賀野あがの

「浮かない顔してるな。俺と結婚するかミヤノスケ」

「まず阿賀野は死ね」

「あ、ごめんなさい宮野君」

「急にまともな言葉使いになるなよ、死ね」

「どうしろと?」

「冗談だ」

「「あっはっは」」

「…で、どうしたんすかあーさん。見たところなんかお探しっぽいっすけど」

 ふざけて肩を組み合う俺たちに、半眼で先を促す玲。やはり可愛らしいというべきか、愛嬌のある顔立ちだ。そしてその可愛らしい玲はそのまま俺の後ろから抱きついてくる。他の女子はわりと恥ずかしいというか、変に意識してしまうところがあるのだが…玲はなんというか、従姉妹みたいなノリに近いところがある。いや、向こうからは崇拝されてるから多分フレンドリーさは一方的なものなんだろうけどさ。

 ちなみに阿賀野はノリに反して細い線をしている。細かったらノリが悪いみたいな言い方になってしまったが別にそういうわけではない。なんというか、見た目は結構おとなしそうなのだ。小顔で白い肌をしている。肌がめちゃくちゃ綺麗だということで、女子からは肌のトラブル相談所的扱いをされている。男子生徒には荷が重い役職かと思ったのだが、意外とそうでもないらしい。髪は長めだが、綺麗に梳かれていて不快感はまるでない。むしろそういうビスクドール売ってそうだ。

「いや弁当忘れたんだよ。姉さんに作ってもらったんだけどな」

「あーさんのアネキ見てみたいっすねー」

「そうだな、きっと美人なんだろうな」

「そうだが」

「うお、シスコンかさては」

 早々に話題が弁当から逸れた。

「画像見るか?」

「お、いいんすか?見るっすー」

 昼休憩の間は携帯電話の使用が許されている。調べ物をするのにも活用できるというのも理由として一つあるが、『休憩するときは好きなだけ遊びなさい』という塾長の意向が大いに反映されているからだ。

 塾長は寝ても覚めても勉強漬けの毎日を送っており、かえって生産性を損なってしまった過去があるとかなんとか。

 というわけでマルチ募集は今日も賑わっている。

 俺にも一応募集が来ていたがそれは無視して…画像フォルダの中から姉とのツーショットを探して画面上に表示する。これは先日気まぐれにアプリを使って遊んだ時のものだ。画面には猫耳をはやした俺と姉さんが写っている。

 それを見た二人はお手本のような感嘆の声をあげた。

「うおー、美人っすねー。あーさんのアネキなんであねーさんっすね」

「なんだそのネーミングセンス」

「俺もちょっとびっくりだわ…ミヤノスケの姉にしておくには勿体無い。ぜひ俺の嫁に」

「調子乗んな」

「うわぁシスコン怖い」

「アヤくーん、お弁当持ってきましたよ!」

「うっさい誰がシスコンだよ。つーか姉さんはずっと一人で家のことやってくれてんの。そりゃ大事にもする」

「家事もできるんすかー?いよいよ完璧じゃないっすかー!大抵こういう美女には欠点があるものなんすけどねー」

 大正解だよよく分かってるじゃねえか…とは言わないよ。だってどこで姉さんが聞いてるかわからないから。

「やっぱりあーさんは家事ができる子が好みっすかー?」

「アヤくーん、お弁当持ってきましたよー、どこですかー?」

「いや別にこだわりはないな。できないなら俺が作るし……ってちょっと待て」

「どうしたっすかー?」

「どうしたんだよミヤノスケ」

「どうしたんですかアヤくん」

「………エレナ?」

「はい!あなたのエレナです!」

 背筋が凍りついた。存在が確認できた瞬間、若干気温が下がっているような気がしてくる。声音こそ明るいものの、その裏側には鋭利な刃物のような切れ味があった。背中越しに聞こえるエレナの声。だが俺は振り向くことができない。

 そう。

 今現在、

 この状況は控えめにいうと割とまずい。自惚れじゃないが、エレナは結構俺のことが好きだ。ガチで好きだ。だから基本的に俺の周りに対して警戒の網を敷いている。実際初めて恵に会った時も割と敵対意識を持っていた。

 何がヤバいかというとこの状況。

 

 そしてもっと何がヤバいかというとこの状況。

 

 そしてこの予想、多分外れない。

 俺の背中から離れた玲。そのまま振り返るようにしてエレナと対面する。

 両者、目が据わっていた。

 玲から底冷えのするようなオーラが迸る。

 それに対抗するようにエレナも纏っていたそのオーラを更に漲らせる。

 室内の温度は体感十度下がっている。飯を食っている周りの人間たちは噂話をする余裕すらない。張りつめた弦のような緊張感に持っていた箸を落としてしまった子すらいる。

 どちらからともなく口が動いた。言葉に乗せられているのは冗談みたいに明確な敵対意識。それだけだった。


「ねぇアヤくん。このパーカーの女の子は誰ですか?随分仲良しですね」


「ねぇあーさん。この真っ白い女誰っすかー?部外者っすよねー?」

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