第9話 男子禁制の妥当性

「俺は今まで、今ここで腹を斬れたらどんなに幸せか…なんて考えたことは無かったよ。早く殺してくれ」

「なんでそうなるのアヤくんっ。そんなことよりこの三つだと何がいいと思う?私は若草色のこっちの方が――」

 正直侮っていた。多少なら、まぁ多少なら大丈夫だろうなと高をくくっていた。それが全ての間違いの始まりだった。まるで薬物乱用者の様な有り様だが、それほどまでに今の状況はきつい。とっても。

 幼馴染と買い物に行く。ここは何も問題ない。あえて指摘するならそれはデートという物ではないのだろうかと言う話だが、結果的にそうなっている以上そこに関しては否定はしない。

 次。途中で姉が適当に服を見繕ってくる、と言って足早に近くの洋服屋に走っていってしまう。これもまぁ姉さんなりに俺たちに気を使った結果なのだろう。

 車の中での会話を聞かれてしまっている以上、そこに関して文句をつけるべきは勘違いされそうな話をしてしまった自分に他ならないのでそこに関しても不問とする。


 次。幼馴染とランジェリーショップに入る。おかしいのはここだ。何をどう間違えたら学校終わりに中学生がランジェリーショップにいるのか。

 明らかに姉さんとかのほうが適任ではないだろうか。

 …まぁ確かに、服を選ぶセンスも女性の服にかけては姉さんの方が何十倍も上手だろう。そこは認めるし、反論する余地も無いことは十二分に理解している。

 だがその上で反論したい。ちょっと待てと。だからといって俺まで連れ込まなくてはいいではないか。個人的にいって来ればいいのではないか、と。

『アヤくんの好みに合わせないと…』なんて言われたとしても誤魔化されないのだ。その辺なら何故か姉さんが熟知している。本当に疑問だが熟知されている。もっと言えば性癖やR指定の書物、ゲーム、グッズの在処まで完璧に。

 甚だ不本意だが、姉さんに聞けばその手の内容は完璧だろう。むしろ俺の好みを俺よりも知り尽くしているので姉さんから勧められることすらある。

『アヤくん本人の口から聞かないと信じない!』とは許されない所業だと何故理解しないのか。

「何か不満があるなら言ってくれないと分からないよアヤくん」

「出せ」

「いいじゃん減るもんじゃないし!」

「減ってる減ってるSAN値がゴリゴリ音たてて減ってる」

「むぅ…はいはいどうせ私には魅力なんてないですよー!」

「むしろ更に魅力増されたら流石に堪え切れる自信ないので本当にやめてくれ」

「じゃあどっちがいいと思うかだけ教えて!それで終わるから!」

 俺の言葉に何やらピクリと反応したエレナは仕方がないなぁ、と顔で表現しながら目の前に二種類のランジェリーを突きだしてきた。

 一つは若草色を基調とし、フリルやレースをあしらった可愛らしいデザイン。ただエレナがこれを装着する姿を思い浮かべれば間違いなくアウトだろう。

 女子中学生が背伸びして大人風のものをつけているというのが何よりのポイントである。個人的にそういったシチュエーションは妄想と理性の崩壊を加速させるものだと思っている。ならばまず選択肢はNOだ。

「んー緑のはだめだな、その、なんというかイメージが違う」

「…ふぅん?」

 目は口程に物を言うとは正にこの事か。声のトーンといい目つきといい明らかに俺の発言を訝しんでいるのは火を見るよりも明らか。

 しかしここは心を鬼にして最愛の幼馴染に嘘をつきとおすのである。

 イメージが違うというのは余りにも適当過ぎる理由だっただろうか。

 それとも長年同じ時を過ごした仲だからこその感性の冴えだろうか。

 ともあれ自白することはまずありえない。そうすればこいつは迷わずレジに持っていくだろう。俺個人として間違いなく阻止しなければならない問題だ。

「じゃあ、こっちは?こっちならもう少しデザイン控えめだよ?」

 そういって差し出してきたのは薄い桃色をベースに、割とシンプルなデザインをしていた。少なくとも可愛さという面では先ほどのものよりも劣る。

 年相応の少女らしさもあって問題点がない訳ではないが、先ほどのものよりも幾分か目に優しい。気持ち的にもなんとか理性が働くかもしれない。

「…そっちのほうがいいと思う。なんっていうかシンプルだけどエレナには似合うと思うぞ。これ以上は何を言ってもセクハラになりそうなので黙っておきますね」

「こういうのが好みだっけ、確か調べによるとアヤくんは下着のデザインはもっとこだわり持っていたような…ま、いいや。じゃあ二つとも買ってくるね」



「何で意見を仰いだ。もっと言えばなんで連れてきた上一時間近く拘束した。言ってみろ」

「ちょっとからかいたかっただけ」

 この言いぐさである。流石に男という物をなめすぎではないだろうか。

 俺が怒らないとでも思っているのならばそれは大きな間違いだ。きっとそうに違いない。

 針の筵みたいなもんだ、この場所は。少なくとも俺たちのような男子にとっては背徳感と場違いな感じとでとても苦しいのだ。そのうえで結局どっちも買うだと?許さないぞ俺は。そういうことならばささやかだが抵抗をさせてもらおう。

「そうかそうか、つまり君はそういうやつだったんだな?いいだろう。今日の夕飯はエレナが嫌いなキノコを大量にくれてやる」

「…えっち」




 あれ?







「まだバカにするつもりなのか?言っておくが食べるまで寝かせんからな」

「…きゃっ」








 あっっっれ?

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