第77話 贈り物に欠かせないモノ
昼下がりのアウトレットモール。海外から初出店のブランドが軒を連ねるこの地域最大の施設。仲良く手を繋いだ家族や互いに身を寄せ合って歩くカップル、趣味の時間を謳歌しに来たお一人様にタピオカを手にみんなで写真を撮る女子高生。すれ違う人達すべてが楽しそうなのに対し、俺達の表情はそこまで明るくなかった。
夏休み終了が目前に迫った週末。俺は今日も澪に頼みこまれて一緒に出掛けていた。
「ほんっとすみません、自分がびしっと言えない性格で…」
「まぁこれは俺も否定するタイミングを失ったってのもあるし…」
互いに微妙な面持ちで、ハート型に交差したストローからジュースを吸い込んでいた。端的に説明するなら、休憩がてら入った店がリア充専用という意味不明な空間で、ちょうどキリ番のお客様とかなんとかでドリンクがサービスになった。
とはいえ俺たちは言うまでもないが付き合っていない。今日俺が彼女と会ったのは
確かに澪は魅力的だし、何故かわからないがある意味エレナより気兼ねが無い関係にまで俺たちの関係は深まっている。言い換えれば家族だ。長年共に暮らしてきた家族に匹敵するくらい仲良しとなった俺たち。もちろん互いの事を完全に意識していないわけじゃない。
けれどやはり仲の良い従妹みたいなイメージが強く、こうして恋人扱いされると照れよりも先に謝罪が出てしまう。
「つーか最近どう?恵とお話できてる?」
「それが全く…言われた通り自分も目を見て会話しようと思ってるんですけど、どうにも言葉が出てこなくて…申し訳ないと思って焦ると更につっかえちゃってやっぱりほとんど逃げるようにその場を離れちゃいます」
「まぁ急には無理か…でも本当にお姉ちゃんのことが好きだってのは分かるからこのままコツコツ頑張っていけばきっと話せるようになるよ」
「あはは…ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。では行きましょうか」
空になったドリンクを机に残して店を出る。先ほどよりもさらに人が増えたようで二人そろってげんなりするが、もう致し方ない。
飲食店のゾーンを抜けて俺たちが足を進めたのはアクセサリーや小物を売っている、どちらかと言えば女性向けのお店。もちろんプレゼント目的で商品を見ている男性もいるので俺がいてもおかしくは無いのだが、やはり居心地は良くない。まぁエレナに連れこまれた下着の店と比べれば清々しさすらあるというものだが。
興味深そうに商品を物色する澪。その表情は真剣なもので、それだけで彼女の恵に対する想いの大きさが伝わってくる。ほんの一部でも伝えることができたら二人の関係はまた変わるに違いないのに、惜しい限りである。そんな彼女を後押しするのが俺の役目なのだが。
「お兄さんお兄さん、何がいいと思いますか…?自分、全然見当つかなくて」
「なんか『これいいな』ってなったのはない?」
「あぁ、それでしたら!こちらなんていかがでしょうか」
そういって澪が出してきたのは可愛らしい髪飾り。淡い色合いの貝殻をモチーフにしたもので、儚げな印象がある恵にはよく似合うだろう。流石澪、妹という立場で姉の恵を観察してきたその眼は本物らしい。
「いいセンスだな。俺もそれはよく似合うと思う」
「…むむ?ダメでしたでしょうか?」
「…あーいや。別にそんなことはないけど、冬とか扱いづらそうだと思ってな」
「確かにおっしゃる通り…まぁそういうことでしたらいったん置いておきましょうかね…でも困ったな。自分こういうの真剣に選んだことなくて、店員さんに聞いてオススメ買っちゃうんですよね」
「だからこうも毎回服がばっちり決まってるわけか。今日も可愛い」
「…お兄さん、褒めるのに持っていく流れが読めませんね。自分、照れますよ?」
軽口をたたく澪はぷいっと顔を背けてしまったが、耳まで真っ赤になってしまっている。分かりやすいところは分かりやすいな、こいつ。
「と、とにかく本題に戻りますよ!もう、お兄さんがジゴロだから時間かかっちゃいます!勘弁してください!」
「俺のせいかよ」
「はい、お兄さんのせいです!お兄さんはどういうのがいいと思いますか?人の感情弄んどいて何も思いつかないとか無しですからね!」
「俺がいつ誰の感情を弄んだよ」
文句を垂れつつも先ほどから目にとめていたループタイを指さす。
「これとかどうだ。…まぁ多少髪飾りと比べりゃ値は張るが」
「あ、お値段とかは気にしなくていいですよ。お小遣い使う時間とか今までほとんどなかったので。ほら、私部活に生徒会に勉強っていろいろやってましたからほとんど休みが無くて…」
「大変なんだな、お前も」
「好きでやってることですから。ってかわいいですねこのループタイ。確かにお姉ちゃんに似合いそうです」
三日月をモチーフとしていて落ち着きのあるデザイン。恵にはピッタリの商品だろう。個人的にはこれかな、と思った。これならいつでもつけられるし、季節も気にしなくていい。
だが澪は微妙な顔つきをしていた。結構な自信を持って選んだし、澪本人も褒めてくれたからセンス的に間違っているということではないんだろう。それでも納得しきれない表情をしているのは恐らく――。
「…でも髪飾りも惜しいんです。自分、これ本気で姉にプレゼントしてあげたくて」
――自分が選んだプレゼントの方が、姉に似合うと自負しているから。
…なんだよ、わざわざ心配して来るまでもなかったってことかね。そんな風に真剣に言われたら俺の意見なんかすぐに消し飛んでしまう。贈り物ってのは基本的に自分が必死に考え抜いて渡すものだ。別に選ぶ過程で誰かに頼るのは間違いじゃない。
けれど誰かの意見と自分の真剣な意見が揃わなかった時は自分の感性を信じるべきだ。例えそれがどんなに他者の意見よりも劣っていたとしても、自分の為に相手が真剣に選んでくれたという事実だけで十二分に嬉しいのだから。
「じゃあそれにしなよ。絶対そっちの方がいい」
「え、でもでも、自分はお兄さんの意見も…」
「俺の意見を訊くのもいいけどさ。やっぱりそこは自分がいいと思ったものの方が絶対にいいよ。そっちの方が恵も嬉しいはずだからさ。さっきは季節がどうのこうのって言ったけどさ、時期が合わなくなったらまたあげればいいだけだしな」
「そうです、か…うん、そうですよね!やっぱお兄さんいい人です!買ってきます!」
「ちょっ、俺も行くから待って…!」
先ほどまでむむむと唸っていたしかめっ面が一転。晴れ渡るような笑みを浮かべて弾むような足取りでレジへと向かっていく。慌てて俺もその後を追うようにして走り出す。
こうして澪が笑ってくれるだけで俺は今日ここに来てよかったという気分になれる。あとはこのプレゼントをきっかけに二人の心の距離が縮まればいうことなしだ。そして俺はその目標があっさりと達成される、そんな予感がしていて。
思わず口元に笑みがこぼれる。大好きなエレナと一緒の時とも、気の抜ける近衛や明川と馬鹿な話をしているときとも、暁那や恵、灯たちのような信じられる仲間と過ごすひと時ともまた違った新しい幸福。そのぬるま湯の中に俺はどっぷりとつかりきっていた。
だからこそ気が付かなかった。
人々が談笑しながら生み出す雑踏の中で――
――何かに絶望したかのような表情をして立ち尽くしている恵に。
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