第52話 宝石よりも美しいもの
服を着てほしいという要望に応えてはくれなかったのでとりあえず毛布にくるまってもらった。流石にその状況じゃこっちが落ち着かないので。目の前の少女は今にもかみつきそうな表情ですがね、こわい。
ともあれこのまま話をしてくれるようで一安心。
「どういうことだよ、説明してくれ」
「見ての通りだ…もうこの姿をみられたからにはよそよそしい敬語なんてしたって無駄だからこのままいくが、いろいろあって男装して暮らしてる」
いろいろあって…か。そのあたりをぼかして語るあたり俺がまだ踏み込むべき領域じゃないってことだろう。いつか相手から聞かされるのを待つしかない。近衛の受け売りじゃないが、先走った攻略は好感度のダウンにつながる。攻略だとか好感度だとか、打算的な人づきあいは嫌いだがこの状況ではそれが最適だ。もし自分が相手の立場なら掘り下げられたくないかもしれないからな。藪蛇にならないように落ち着いて行動すべきだ。
「…そうか」
「なんだ…っ?もっとほかにねぇのかよ、騙してたのかとかふざけんなとか、調子に乗るなとか馬鹿にしてるのか…とか!」
男の姿を脱ぎ捨てたのに口調がやたら荒っぽくなってるのは何でしょうかね。口調と見た目は反比例的なそういう感じでしょうか。別に俺としちゃ構わないんですが近衛の前でそれやるなよ興奮されるぞ。
「?罵られたいの?」
「…は?」
「俺にはそうとしか聞こえないけどな。別にどうでも良くね?」
「おまっ、正気で――「俺は
「………」
感動というか困惑というか衝撃というか。そういったもろもろの感情が凝縮された表情を彼…否、彼女はしていた。今までの常識が音を立てて瓦解していく景色が彼女の背後に見える。
向こうが何も言わないなら俺は喋らせてもらうぞ。『目の届く範囲の人間さえ助けられればいい。届く奴は絶対助ける』が座右の銘の偽善者のありがたいお言葉だ。
「なんだ…?もしかして俺が裏切るとでも?」
「…正直に言わせてもらう、他の奴らよりは幾分かマシだが疑ってる点がない訳じゃねぇ。息を吐くように偽善だ。美辞麗句をいくら並べられたって信用できないしその分だけ心を閉ざす。めんどくさいかもしれないがワタシの精神はそうやってできている。…幼少期に信用できる人間がどこにもいないと悲観していた女の戯言と思って受け流してくれても構わん。偽善者風情が、知ったような口を叩くな――「だから知らねえよ。お前の過去なんざ――「それでよく言えたもんだな…!『どうでもいい』などと…!」
憤っている。目の前の少女は今、俺に対して激情にも近い怒りを湛えた瞳を向けている。自らの過去を軽んじる発言に、うんざりするほど聞いた偽善に憤慨している。
だがあえて俺は言おう。
「いや…ほんとにどうでもいいでしょ。お前は今一人じゃねえんだよ。俺の母さんだっているし俺だってお前のことを支えてやる。もう家族みたいなものだろ」
「この期に及んでまだ言うかテメェ…家族なんて信じられねぇよ。親は自分のみの可愛さにワタシを売った!どこの男とも知れないやつの手の感触が未だに脳にこびりついて離れない!そんな風に穢された女でもお前は家族として愛せるってのか!?」
「ああ、もちろんだとも。そもそもブチギレるでしょ、家族なら。よくも手出しやがったなってね」
「嘘だ」
「嘘じゃない。じゃあ考えてみろよ。俺がこの状況で嘘をついて何のメリットがある?」
俺の問いに肩をわなわなと震わせながらも逡巡を始める。そして徐々にその震えは鳴りを潜め…だがそれでも状況に納得がいかないらしい。
「そ、そりゃお前、ワタシの体を…いや、ワタシに魅力なんて無かったな。お前の周りには魅力的な女が多いしわざわざ狙う必要もない。ワタシなら他の女を取る。つーかさっきもチャンスだったし手を出してないあたりその可能性は低い。…じゃあ金…にしたってこの家は十分すぎるほどに裕福、臓器なんか狙ってもリスクが高まるだけ…え、なんで助けようとしてるの?マジで」
「言ったろ。お前は俺の家族みたいな者だって。信じられないかもしれないが俺はバカだから助けたくなっちまうんだよ。お前みたいなやつがいると。そりゃもちろんできることなんて限られてる。正直頼りにならないかもしれない。足を引っ張ることだってあるだろうさ」
俺の言葉に困惑を極めているといった少女。怒りはもうどこかへ行ってしまったのか、彼女の頭上には無数の疑問符が浮かんでみえる。そうだろ、そうなんだろうさ。話してみて分かった。こいつは愛される事を知らない。教えてもらえなかったんだろう。だったら俺が教えよう。まだ間に合う。俺だけじゃない、母さんだってエレナだって、灯だっているし恵だっている。それぞれが違うやり方でアプローチすれば絶対にコイツは心を開いてくれるしきっと分かり合える。笑うなら希望論だと言って笑えばいいさ。絶対にこいつは俺が幸せに導いてやる。家族としてそれは譲れない。
「…けどこれだけは約束する。どんなことがあっても、俺はお前のことを愛してる。挫けそうなときも悔しいときも。もちろんうれしいときにもね。誓ってもいい」
家族としてこぼれるほどの親愛を彼女に注ごう。今までもらえなかった分を上乗せする勢いで。だれにも負けない。自分が世界で一番愛されてるって思えるくらい幸せにしてやる。
「じゃ、じゃあ、ワタシに誓え!」
「ああ、誓うとも。偽善だとなんだと言われようがこれは俺の
「ほんとだな!言質はとったぞ…。もしワタシが裏切られたと感じることがあったら――」
俺は今まで彼女の作り物の笑顔しか見たことが無かったのかもしれない。素敵ではあるけれど、美しくはあるけれど結局は
だけど今目にした彼女の笑顔を忘れることは不可能だと思う。
自然に内側からつぼみが花開くような…そんな可憐な笑顔を忘れることは。
「―――殺す!…なんてな!」
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