第62話 先生は猫である

「おーおかえり。…?のぼせたか?顔が赤いぞ宮野」

「あ?」

「いやなんでもないです…皆今日はここに泊まってくよね?つってももう暗くなってるし運転手さんがお酒飲んでらっしゃるから無理だろうけど」

 普通に息子と預かっている娘が風呂に入っている間に保護者組が酒を開けていた。

 流石に出来上がってはいないが、空になった缶がいくつかあるあたり今更どうにかなるような話でも無かろう。そもそも俺だって今日は泊まるつもりで来ているし別に問題は無いのだが。

 みんな和やかな雰囲気だ。酒もそうだが、みんないい意味で遠慮がない。下手に気を使い合ってよそよそしくなることもこういう環境じゃ珍しくないのだが、エレナもみんなの中に混じっている様子だ。一番の心配要素だった佐原もニコニコしてる。

 楽しそうでよかった。

「ご飯とかはこの家を管理してくれてる方にお願いしていろいろ買ってきてもらってるからもう少し――」

 丁度それと同時にチャイムが鳴った。お腹というものは気紛れというか不思議なもので、食べ物がすぐ近くに近づいていると考えると急激にお腹が空いてくる。

 胃がきゅっと縮まる感触がして、今更ながら空腹の状態であったことに気が付いた。そんなことを考える余裕もなくどうしようもなく楽しかったのだと分かったので俺としては嬉しい気持ちではある。

「すまん宮野、近衛、手伝ってくんないか。流石に女性一人にここまで持ってこさせるわけにはいかんだろ」

「誰ですかな、お主は。明川氏ならそんな気の利いたことは言いださないはず…」

「確かにそうだ。明川ならそんな事を気にも留めていないはず。何かがあったに違いない。貴様は誰だ」

「ひでぇな二人とも…こんだけ美人ぞろいに囲まれてりゃ気を利かそうって気にもなるでしょうよ」

「「それもそうだな」」

 男子とはもはや単純な生き物なのである。色香を漂わせる女性の前に等しく無力なのであった。別に死んではいない。

「どーも…この件のお金は後日勝手に口座から引き出しとくんでお構いなく。それとゴミの分別はしといてください。食器とかも洗ってくれると助かりますんで…」

 ドアを開けた先に居たのは黒髪を夜風になびかせる美人だった。別に街を歩けば誰もが振り返る美人や噂になるような人物という感じはしない。むしろそれは何処にでもいるような女性。だからこそ庶民的というか気軽というか。変に身構えなくて済む。そんな女性だった。

 というか黒崎先生だった。

「「「「…は?」」」」

 そりゃ硬直もしちゃう。だってお互いここにお互いがいるなんて思いもしないわけだから。互いに口をあわあわと動かし始めた。そりゃてんぱりますよ。

「なっなななんでおみゃえらがここっ、に」

 …可愛いなオイ。普段の先生と言えば完璧に姉御だ。別に無駄に怒り散らすわけじゃないが、間違ったことすれば厳しく指導する。もちろんその後に自分から声をかけたりするなど、必要以上に生徒との距離を作らない先生ではあるため生徒人気は高いが、それでも生徒から舐められるタイプじゃない。

 それがどうだ。わたわたとしながら涙目で混乱しているではないか。これはギャップ萌えと言う奴では…?と思いながら隣の友人二人を見ると。

(明川氏、宮野氏、あれやばいですって。いやほんとに、マジでやばい。むり。尊い)

(誰だお前、そんな喋り方じゃねえだろお前)

(そんなことはどうでもいいでしょ(?))

 近衛がキャラをぶれさせるぐらいのダメージを受けているのも正直頷ける。可愛らしくて気を抜けば年下の様に思えてしまう。

 そして俺たちにこそこそと目の前で話されてもうどうしようもなくなったのだろうか、黒崎先生はもはや猫であった。


「…ふ、ふしゃー!」

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