第92話 タンスの本

「いやーおいしいっすねーあねーさんのお弁当。マジでジューシーっすこの唐揚げ。エレちゃんよく持ってきてくれたっすー」

「本当に料理上手ですからね。アヤくんも玲ちゃんみたいに褒めてあげないとダメですよ?」

「なんで仲良くなってんの?さっきまで喧嘩してなかった?」

 昼休憩も半ば。何故か俺はエレナ、玲、阿賀野と一緒に飯を食っている。というのも、姉さんが作ってくれた弁当が明らかに一人分ではなかったのである。

 筑前煮や卵焼き、唐揚げといった和食から、ハンバーグやエビフライなどの洋食まで多種多様な具材が所狭しと並べられていた。多分容量的には運動会に持っていって家族みんなで食べるくらいの量がある。

「美味え…うめえようミヤノスケぇ…」

「なんで泣いてんだよキモいよ」

「うっ…ぐすっ…だって俺、あんな美人の手料理…食えるなんて…幸せすぎて死んじまうよ…しかも二人の美少女と一緒に飯だぜ…ありえねぇ…」

「そーっすか」

「そうですか」

「なんか反応薄くない?ねぇミヤノスケ、二人のこと褒めて」

「なんでだよ」

「いいから。なんか気に食わない波長を感じるんだよなぁ」

「…?二人とも、可愛いぞ」

 言われるがまま、ぶっきらぼうに二人を褒めてみた。二人に『可愛い』とか飽きるほど言った気がするのだが、勢いに負けて褒めちゃう俺。

 するとなんか玲が嬉しそうな顔してこっちを見てきた。うわ、可愛い。

 露骨に声のトーンが上がった玲は嬉しそうに捲し立てた。多分犬なら尻尾が千切れてる。

「いやー、そっすかねー!自分ではー、そうは思わないんすけどー?あーさんに言われたらなんつーか?満更でもないって感じするっすよねー!いや別に照れてるとかじゃないんすよー?でもやっぱりあーさんがあたしのこと褒めてくれると嬉しいっていうかー?テンション上がるっつーかー?」

 エレナも同様。露骨にテンションが上がっていた。白髪をはためかせて振り向く姿はまさに美人の一言。シャンプーやリンスのCM、こいつ起用すべきだと思う。

「アヤくん褒めすぎですよ。本当にアヤくんは私のことが好きですね!私もアヤくんのことが大好きです!今日も一緒に寝ましょうね!なんならお風呂にも一緒に入りますか?私は全然オッケーです!」

「ほら、な?」

 で、なぜか得意げな阿賀野。

「な?じゃねえんだよ勝手に納得して死ぬなよ阿賀野」

「いいんだ…俺はもう…ミヤノスケがモテるのは今に始まったことじゃねえしな…」

 全然状況が飲み込めなかったがそれはいいとして。なんでこいつ死にかけてるんだ?いつか見た往年の洋画の親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくシーンと酷似した友人の死際を見て…俺は飯を食うのを再開した。

「いや、食うんだ。飯食べちゃうんだ」

「腹減るしな」

 今しがた死んだ友人からツッコミが入った。

 友人の死も大切だが、それより俺の身体の方が大切だ。こいつの後を追う気はさらさら無い。

「それより玲ちゃん!さっきの話の続きしませんか?いくつか持ってきてるんです!」

「おー!準備いいっすなー、あたし気になるんでちょっと見せてもらってもいいっすかー?」

 俺が阿賀野と茶番を繰り広げていると、徐に女子二人が何かを取り出して楽しそうに談笑し始めた。見たところ本らしい。

 どうやら漫画本のようで、大きくて薄めのその本をいくつか一緒に覗き込むようにして見ている。

 どう見ても先ほどまで凄まじい喧嘩をしていた二人には思えない。仲の良い姉妹言われた方が百倍説得力がある。途中から喧嘩というよりは俺に対する辱めになっていたような気がしていたので、実際に一番ダメージを負っているのは玲でもエレナでもなく間違いなく俺だろう。

 彼女らがそのやりとりをやめてくれただけでもう俺は嬉しいよ。

 あと、この二人が仲良さそうに談笑している様子も見ていて心地がいい。エレナと知り合って長いのは今更言うまでもないが、玲もなんだかんだ付き合いが長い。そうした二人が知り合って打ち解けてくれるのはなんとも言えない感慨深さがある。

「二人とも仲良くなってくれて嬉しいよ」

「いやーお騒がせしたっすー」

「本当にな」

「あたしエレちゃんのこと誤解してたっすねー…てっきりあーさんに付き纏ってるストーカーか何かだと思っちゃったっすー」


 …こんなストーカーなら俺は拒みません。可愛いし、いい匂いするし、優しいし、いい子だし。常識はちょっとないけど、非常識ではないし。


「そうですね…私も少し早とちりしちゃいました。てっきりアヤくんに付き纏ってるストーカーかと思ったんですよね…全然そんなことないいい子でした!」

「いや全然そんなことないことはないと思うよ?」


 今日だって俺のこと待ち伏せてたし。全然ストーカーの領域からは遠くないと思うんだよね、俺。だが哀しいかな、俺の意見など紙切れに等しい。聞かなかったことにされた。

 でもまぁ、玲もそれなりに可愛いし悪い気はしない。エレナ以外のことを恋愛対象として見るということはまぁ多分無いだろうが、それでも一人の男子として、玲に慕われるというのは嫌なことではない。困りごとではあるが。

「ん?お前ら読んでるのそれ、漫画か?」

「あーそっすよー。でもあーさんはもう読み終わってるやつなんで気にしなくていいっすー。あたしとエレちゃんが勉強のために読んでるんでー」

「はい。アヤくんのタンスから拝借しました!ですので既に読み終わってるものだと思います!」

「…?まぁいいや…何読んでるんだ?女子が好きそうな漫画はあんまり持ってねえよ俺」

 本棚に入っているのは少年漫画系やギャグ漫画系、あとは一部のラブコメ作品だろうか。全て男性向けに作られた作品だ。加えてわざわざエレナが持ち運んでいる可能性も低い。

 となれば少々不可解だった。

 怪訝な表情の俺に向かって、二人が同時に顔を上げた。その顔色は少し赤みがさしているような気がする。どこか熱に浮かされたというか、惚けているような、そんな表情。

「どうした二人とも…体調悪いのか?顔赤いし心なしか呼吸も…」

 特に二人とも運動をしているというわけではないのに何故か肩で呼吸をしていた。呼吸も乱れていて、どこかそわそわとして落ち着きのない様子だ。

 夏休みが終わったとはいえまだまだ暑さは残っている。熱中症などの可能性もあるし油断はできないのだ。

 だが心配する俺に二人は緩慢な動作で首を横に振った。

「大丈夫っす…あ、あーさん…こういうのが好きなんすねー…意外っすー…あたしもこういうのしてみたかったんすよー…」

「アヤくん…私はこういうのも、いいよ?どうしてもっていうなら…」

「は?」

 状況が読み込めない。玲はなぜか目元がとろんとしていて、口の端からは涎がだらしなく溢れそうになっている。エレナは最近出ていなかった敬語抜きの話し方が復活していた。…なんで?

「あの…お前らなんの本読んでるんだよさっきから」

「だから言ってるじゃないですか…アヤくんのから拝借した本です」

「…タンス?本棚じゃなくて」

 首を傾げる俺。

「はい。タンスの上から3段目の奥に入ってた本です。昨日お掃除してる時に見つけました」

 嫌な予感がする俺。

「それってどういう内容——」

 そこまで言って聞くべきじゃなかったと後悔する俺。ちなみにもう遅い。

「——幼馴染と女友達と主人公の…首絞めぷれいっすー…」

 いきなり蘇生する阿賀野。

「ようしミヤノスケは黙れ、若月は詳しく聞かせろ」

 ブチギレる俺。

「阿賀野は死ね」

「なんで?」

「玲は黙れ」

「えっ…なんでっすかー」

「エレナは変なもん持ち歩かないでくれ」

「なんでですかアヤくん…」


 普通『女友達と幼馴染と俺で拘束服従SEX』なんて題名の本、塾で開きません。

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