第67話  怖い話って定番ですよね?

 化け物、妖怪、お化け、怪物。様々な呼び名がこの日本という極東の地にも存在している。その正体は気のせいだったり勘違いだったりするのだが、個人的にはいてもおかしくないと思っている。この世界には科学なんてものでは到底推し量れない存在がいくつも存在する。仮に今耳元にそういう化生の類が居たとしても俺には到底察知できない。それが幸福なのか不幸なのかは分からないが。何故いきなりこういう話をし始めているかというと、今現在、俗に言う百物語というものをやっているからだ。百物語とは簡単に言えば怖い話をするごとにろうそくの火を一つずつ消していって百個怖い話をすると何かが起こる…的なものだ。俺も詳しいことは知らない。ただ今現在みんなが割とノリノリなのが予想外だった。怖いものが苦手という人が多いのかと思ったらビビっているのが先生一人という事実。既に話は二週以上しており――先生は案の定スキップという扱いになっているのだが――次がエレナの番だった。エレナは何故か生き生きした表情で話をする。何かこう自慢気にすら見えてくる。というのも百物語をしようと言い出したのはエレナなのだ。なんでも最近怖い話に飢えていたらしい。飢えなどあるのかと疑いたくなる気もするが俺には理解できない魅力というものがあるのかもしれない。

「これはですねある山荘で起こった出来事なのです。そこは毎年冬になると猛吹雪に見舞われ、かなりの数の遭難者が出ていたそうです。その山荘にはそういった遭難者が辿り着くことがあったのです。そうした遭難者を山荘の管理人である老夫婦は温かい料理と優しさで迎え入れました。多いときには何十人もやってくるときもありました。それでもその老夫婦は嫌な顔一つせずに一生懸命おもてなしをしました。何故だかわかりますか?アヤくん」急に話題を振られて戸惑ってしまう。

 老夫婦は世話好きだった?そんな単純な話だろうか。お金持ちだった?だったらわざわざ働く必要もない。そもそも雪山の山荘で遭難者などを助けて経営が立ちいかなくなったりはしないのだろうか。

「わからないな。どうして老夫婦たちはそんな風に助けることができてたんだ?」

 エレナは少し口角を吊り上げ、悪戯を企む子供のような表情でこちらを見て言った。

「それはですね、遭難者を殺してその服やお金を奪っていたからです。遭難者は当たり前ですが遭難しています。故に別に見つからなかったとしても不思議じゃないんです。見つかる事の無かった遭難者なんてそれこそこの世界に星の数ほどいます。そういう人達と同じ分類になるんです。そこで殺された人たちは。最悪外に逃がしたとしても外は猛吹雪。生きて帰ることは無いんですよ。つまりは誰もそれを立証できない。完璧な犯罪計画と言う話です。ただまぁ彼らとてこの世に生を受けた瞬間から悪人というわけでは決してないんです。」

「人殺しになった原因があるってことか?」

 エレナは嬉しそうに指をさしてにたりと笑った。ビシィッと音が聞こえてきそうなくらい綺麗に決まっている。なんだかイラッとしたが別にいちいちキレているわけにもいかないので視線で続きを促す。

「彼らはもともと農家でした。野菜の売れ行きは好調で、大きなログハウスを建ててひっそりと夫婦と息子一人で暮らしていたのです。息子さんはいい子で、山菜の頃に二人からもらったお守りを肌身離さず持ち続けているそうです。ですがある時息子を一人で家において買い物に出かけたのです。その日の帰り道、彼らは雪山の吹雪の中で遭難してしまったのです。一寸先も見えぬほど視界はホワイトアウトし、夫婦は途方にくれました。けれども途方に暮れても日は徐々に沈んでいき、足元から感覚がどんどんなくなっていきます。そんなときでした。彼らの息子が目の前に現れたのです。急いでこちらの方に!と叫ぶ息子についていくと見慣れたログハウスのシルエットが夕やみに浮かび上がったのです。夫婦は喜びました。息子が自分たちを助けてくれた、と。最大級の感謝を彼に述べようと夫婦がドアを開けると、その中には人影はありませんでした。電気はつけっぱなし、鍋も火にかけっぱなしで先ほどまでは人が確かにいたような形跡がありましたが、結局誰もいなかったのです。そうしてその翌日、彼らの息子が発見されることは在りませんでしたが、もう既に白骨化している頃合いでしょう。それから彼らは精神を病みました。当然でしょう。私もアヤくんとの子供がそんな風になったら狂います。」

「まだ子供いないでしょ」

「作る予定がある、ということ?許されない」

 あまりに動揺して俺がツッコミを入れると右だ怒鳴りから敵意をむき出しにした佐原の声が聞こえてきた。ちょっと袖ぎゅって掴んでいるのは全然関係ない第三者の目線からするとポイントが高い。ただ俺が好きなだけと言われればそれまでなのだが。夜の帳が下りた家の中にエレナの言葉が響く。その言葉に皆が集中している。

「そうして彼らがある日、いつものように旅人を殺していた時でした。どくどくと、自らが振り下ろした鉈の根元から流れ出る血液の道筋がふとあるモノにぶつかりました。それはいつの日か、彼らが息子に渡したお守りでした。ぼろぼろになっていたるところが擦り切れています。紐も切れてしまったでしょうか。ピンク色のランニングシューズの靴紐に変わっていましたが、それは紛れもなくあの時のお守りでした。おばあさんは崩れ落ちたそうです。必死に助けようと思いましたが、彼の出血はもはや致死には十分です。腹部からは血色のいい臓器が見えており、薄い黄色い脂肪が鮮烈すぎるほどの紅と混ざりあっていました。もう助ける手段は残されていなかったそうです。もう少年は息絶えていましたから。

 ただ、彼の持ち物には手紙と思しきものが残っていました。そこには夫婦への感謝と謝罪、そしてひとこと、『ただいま』とだけ記されていたそうです。」

 よくある話だが、それは俺が好きな系統の話でもあった。報われない話だがこれは別にホラーではないんじゃないか?と思ったがなんか雰囲気をぶち壊しそうなので黙っていることにした。大人になるとはこういうことなのかもしれない。俺はそう思った。感動的ではあったが流石にこの雰囲気で感傷に浸れるような奴は流石にいな――。

「…ぐすっ、ううう…おにいちゃ、かわいそう」

 灯は大号泣だった。多感な年ごろだし、そもそも何かに本気で感動できるのは大切なことだ。例えこれがエレナの作り話であっても、感情に正直に慣れるというのはこの現代社会において稀有なことである。

「とても…うっ、ぐす…」

 となりの恵も泣き出してしまった。流石に灯の様になりふり構わず泣いているわけではないが、目に浮かぶ涙を指で拭いながら声を押し殺していた。そして俺の袖の裾を先ほどよりもぎゅっと握って、若干上目遣いで言う。

「怖い…といれ、ついてきて」

「女子に頼め女子に」

「性別なんて飾りのはず。何も気にしなくていい。性別を過度に気にし過ぎるから差別が起こる」

「差別と区別は違うでしょ恵サン」

「大丈夫、その…」

 なんだか急に頬を赤らめて視線を舌にそらした。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。俺の周囲の人間もみんな怪訝そうな顔つきをしている。その視線に耐えられなくなったのかはわからないが、じっとして何かを考えるように小さくうぅ…とうなっていた恵がちょいちょいと俺にだけ手招きした。耳を貸せということだろうか。別に拒む理由はないので耳を貸すと、

「その、小さい方、だから…えっと、おしっ――」

「分かった!分かったからもうそれ以上言うな、お嬢がそう言うこと言うな!」

 今度は俺が顔を赤らめる番だった。よく考えれば耳を貸せと要求された時点でそういう発言が来ると気が付けなければならなかった。顔を真っ赤にして慌てふためく俺に頬を膨らませたエレナが詰め寄る。こちらは胸を押し付けてくるあたり、俺との距離はゼロどころかマイナスに近い。別に下ネタではない。負けじと反対側の恵も腕をホールド。トイレに行きたいのではなかったのか。もうここまで言わせたからには付き合うから早く行って早く終わらせてくれ。マジで。

 そしてそんな様子を見た近衛はやれやれと欧米人がするようなジェスチャーをかましながら嘆息する。

「やぁれやれ、始まりましたな。致し方の無いことですがな。さて明川氏。我と一緒にチェスといきましょう。徹夜で脳をフル回転ですぞ。」

「あぁ、今夜も絶対負かしてやる」

 明川も肩の力が抜けたような様子。なんだかもう空気が弛緩してしまっている。今から先ほどの緊迫した雰囲気を作り出すことは不可能と言っていい。事実上のお開き宣言だった。「明川氏はなんでチェスだけ異様に強いんですかね。将棋なら負けたことないんでござるがチェスだとどうにも勝てないでござる。一度戦ってみるとよいですぞ宮野氏」

「チャンピオンはいつでも挑戦を受け付けるぜ!」

 近衛はかなり頭が切れることで有名だが、その近衛を圧倒するとは非常に凄いんじゃないか?その実力を勉強で発揮できればなお良しなんだが。そうしてそそくさと部屋に各自が戻っていく。先生方は呑みなおすらしい。なんか仲良くなってません?あの人達。うまいつまみのレシピを交換し合うあたり疑いようもない飲んだくれである。まぁ誰にも迷惑かけてないから好きにしてもらっていいけど。お酒は節度を持って飲みましょうね。肝臓とか大切にねホント。

「あの、おしっこ…」

「分かったからもうちょっと我慢しろっ…!」

「あぁいや…別に引き留めるつもりはないです、ささっと連れてってささっと返してください。私のアヤくんなので!」

 流石にこの状況はかなり深刻そうだと思ったのかエレナは了承したらしい。

 ちなみにその後トイレの中まで入ってきてと言われたが流石に拒否。ドアの外で深呼吸をして平静を取り戻していると水が跳ねる音が聞こえてきて思わず耳をふさいだのが今日のハイライト。

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