第112話 嬉しい

 真相。お爺さんは、殺人鬼だった。山奥に迷い込んだ人間を、こっそりドラム缶でぐつぐつと煮て、美味しく食べしまう。カニバリストの殺人鬼だった。

 話は変わるけど…いや、そんなに変わらないかもしれない。計画的な殺人や強盗とか、そういった重大な事件はそれなりに緊張感があるものらしい。綿密に計画を練って、練って、練り上げた上に、それでも不安を伴いながら実行に及ぶらしい。成功するにしろ失敗するにしろ、その過程には不安が伴う。

 だからついつい、準備しすぎてしまう。証拠が残らないように、消息を辿られないように、自分たちに疑いの目が向かないように。

 けれどその磨きすぎた潔白さが、命取りとなる。

 今回のように。出ていくつもりはなくても、そうせざるを得なくなる。

 驚いたような表情でこちらをみるあーさんとマル。んー、やっぱりお似合いだと思うんすけどね。

 二人とも変に浮ついてないから健全な関係が築けそう。

 裏で互いを貪っていたとしても、まぁそれはそれでアリだろう。夜な夜な自分を慰める材料にはなる。NTRもイケちゃうれーちゃんなのであった。

「どうっすかー?おいしーっすよね?いやー、マルに褒めてもらえるなんて人生で初めての経験だったんでウキウキっすよ。これは流石天才といったところっすかねー」

 自分で言っておきながら、『天才』という言葉に胸が痛んだ。

 天才。天賦の才。生まれつき、他よりも秀でた能力を持つ存在。

 ヴィンチ村のレオナルド君が万能の天才とか呼ばれているが、この令和の時代における万能の天才はあたしで決まりだと思う。いや、なんの自惚れでもなく。

 というか自惚れであってほしかったというか。そういう気持ち。

 学校の先生はよく言ってる。勉強で結果が出るのは三カ月先だって。それを皆真剣に聴いてる。だから、普通はそうなんだと思う。

 あたしなら、辞書をめくったその瞬間に成果が出る。そういうものなのだ。

「いやー困るっすねー。初めて作ってみたんすけど、やっぱ余裕でつまんなかったっすー!」

 つまらなかった。本当に。いろんな名店を辿って味を研究しようとしたけど、最初の一回で超えてしまった。多分この世界で一番美味しいパンケーキは、あたしのだ。

 ふんわり加減も、滑らかな舌触りも、この甘い香りも。

「な、なんなのよアンタ…気持ち悪いわね」

「…っ」

 …やけにその言葉が響いた。気持ち悪い。きっとマルはいきなり現れたことに驚いてそう言っただけなのだろう。でもその言葉はあたしという存在自体を否定するような、そんな意味にとれなくもない。自分の才能を唾棄しているあたしの心の奥底まで見透かすような、そんな深い言葉。

「こら結衣ちゃん、そんなこと言ったら失礼だろ。実際美味かったし」

「そ、そーっすか?いやー、うれしーっす」

「…?本当だぞ?今度教えてくれよ…って、あ、企業秘密か。悪い悪い。お店のウリを簡単に手放すようなことしないもんな、普通」

「あぁいやいや、教えるっすよー。あーさんのためならスリーサイズから眼球の大きさまで教えるっす」

「眼球の直径を把握する趣味はないんだが」

 なんて言いながら苦笑するあーさん。あぁ、いつ見てもかっこいい。アタシの英雄でヒーロー。王子様とはちょっと違うけど、そこに居てくれるだけで安心して生きていられる素敵な人。

 やっぱりそんな人に褒められると嬉しい。美味しいなんて言ってもらえて、興味も持ってもらえて。嬉しくないわけがない。

 今にも踊りだしてしまいそうなほどうれしい。はち切れんばかりの喜びが胸の中にある。

 そして何よりもそれが憎たらしい。何を喜んでいるのか。才能を褒められただけなのだ。決して自分が評価されたわけではない。美味しいお菓子が作れるという事象だけを褒められてもうれしくなるべきではないのだ、本来。

「でも本当にうまかったぞ。また食わせてくれよ」

 けれど。

 この一言の前に、そんな言い訳は不要なのかもしれない。

 美味しいと言ってくれるだけでいい、なんて。ありふれた表現がこうも色を帯びてくるだなんて、やはり錯覚だろうか。

 でも今は錯覚でもかまわない。

 自分が嬉しいと形容するこの感情を、今はただ信じていたい。

 たとえ自分が計画的にこの状況を仕組んだ犯人だとしても。

 自分が好きになった相手をどうしても諦めきれない弱さを持ったどうしようもない人間だとしても。

 やっぱり、嬉しいものは、嬉しいっすから。

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幼馴染×転校生という可能性 いある @iaku0000

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