第21話 雨女、力を制御し始める

 辺り一面に広がる砂漠地帯。天候は曇、ときどき小雨。


 当然のように足を取られた馬車は動かず、徒歩での移動もままならない。

 ただ唯一の移動手段である砂竜は砂漠をものともせずに砂を巻き上げながら進んでくれる。


 ティアナは一人では騎乗できないからドラウトに抱き抱えられる形で颯爽と砂漠地帯を駆け抜けていた。

 ぶらぶらと揺れるティアナの足首にはアンクレットに擬態した竜神リーヴィラもいる。


 気性の優しい砂竜に乗ってキュウサ領の隣にあるザート領を目指し、ひた走る。

 ドラウトは転移魔法を使うつもりだったが、一度だけでいいから砂竜に乗りたい! というティアナの希望を叶えてあげた。


 今回の目的地であるザート領の砂漠地帯は、レインハート王国の中でも随一の超乾燥地帯であり、乾果実かんかじつの生産量第一位だ。

 むしろ、ここでしか作れないと言ってもいい。


 乾果実かんかじつは他の果物とは比べ物にならない程の糖度を持ち、栄養も満点。毎日、食べれば簡単に5kgは太れる魅惑かつ暴力的な果物だ。

 長期保存も可能で、当初は戦に向かう兵士たちに持たせたという手記も残っている。


 などと知識の整理をしながらティアナはお腹をつまんだ。


 ケラ大聖堂にいた頃は1日1食の日もあったのだから、国外追放後の生活は激変したことになる。

 加えて、高カロリーな乾果実かんかじつも毎日の朝食に出てくるとなれば、体重も増えるというものだ。


 現在、ティアナの体は程よく肉づいた。

 ドラウトの屋敷に来たときのガリガリの痩せっぽちではなく、出るところは出て、引っ込むべきところはくびれている。要するに女性らしい身体つきになった。


 しかし、それでも太ったことに変わりはない、と本人は不満顔だった。


「どうした?」

「わたし、太りましたよね。ね、重いですよね?」


 顔を覗かせて、砂竜に問う。


 砂竜は「ボクに聞かれても……」と言いたげに、グエェ? と鳴いた。


「健康的で良いと思うが。むしろ、もう少し太っても――」


 はっとしてドラウトが口をつぐ

 ティアナにジトっとした目を向けられていることに気づいたからだ。


「レディに対して太れ、は失礼です」

「では、ふくよかに」

「同じですよっ」


 ぷいっとそっぽを向くティアナが転落しないように気を遣いながら、しばし唸ったドラウトは他に見せない穏やかな笑みで顔を覗き込んだ。


「どんなきみでも構わない。僕はティアナ嬢という一人の女性を好ましく思っているのだから」


 ティアナの感情がブルーになれば、風に流された雲が太陽を覆い隠して雨を降らせる。反対にピンク色に染まれば、空の雲は身を潜めて晴天をもたらす。

 お察しの通り、現在の天候はかんかん照りである。


 お世話係のミラジーンは安定のうっとり顔。

 護衛のリラーゾも「熱くて敵わん」とでも言いたげに額の汗を拭った。


 馬上ならぬ、竜上で繰り広げられるイチャイチャタイムを終え、ザート領の居住区へと到着した一行を待っていた領主のバクサ子爵はうやうやしく一礼し、改めてティアナに謝罪した上で歓迎した。


「こちらの窪みが大昔にオアシスと呼ばれたものがあった場所でございます」


 案内された広大な窪みはとても水が湧いていたとは思えず、砂を被っている。


 今でも昔の名残で、この窪みを中心に家々が建ち並び、集落となっていた。ティアナは家から顔を出す子供たちに手を振りながら挨拶した。


 かつてのザート領民はここを拠点に活動していたことが想像できる。

 ティアナはそっとオアシスだった場所の砂を手に取りながら、バクサを見上げた。


「ここに水が湧かないのであれば、これまではどのようにして生活水を入手していたのですか?」

「はい。ティアナ様がお越しになる際に利用した砂竜ではなく、飛竜で王都から必要最低限の水を送り届けていただいていました」


 つまり、空輸していると。


 何の説明も受けていなかったティアナがドラウトを見ると、彼はばつが悪そうに側頭部をかいていた。


「すまない。久々にティアナ嬢と話ができたものだから、ザート領についての話を失念していた」

「そんなつもりで見たのではありません! 質問しなかったわたしがいけないのですから、ドラウト様は気にしないでください!」

「いや、僕がいけない。ティアナ嬢が気に病む必要はない」


 一層、日差しが強くなり、いよいよ身の危険を感じたリラーゾはドラウトの肩を小突き、「さっさと取りかかりましょう」と苦言を呈した。


 その声を聞き、ティアナが背筋を正す。


「バクサ卿、乾果実かんかじつを生産している所へ案内をお願いできますか」


 キリッとした聖女の顔つきとなったティアナに、バクサが狼狽えながら案内する。


 そこは居住区から離れた砂漠以外には何もない場所で、無造作に植えられたであろう乾果実かんかじつが頭を出している。


「ちょうど、収獲の時期です。召し上がりますか?」


 栽培責任者が持参した切り分けられた乾果実かんかじつを一口食べたティアナは、これまでに味わったことのない濃厚な甘さと果汁に驚き、くりくりの目を更に見開いた。


「こんなに⁉︎」

「はい。獲れたての果実はこのような甘さなのです。そして、こちらが……」


 気まずそうにしながら、手に持つ乾果実かんかじつを見下ろす栽培責任者。

 ティアナは察したように果実を摘まみ、苦笑した。


「わたしが雨を降らせた時に収獲したものですね」


 相手の返答を待たずに果実を口に入れて、自分の思った通りだったと頷く。

 格段に甘みと旨みの落ちた乾果実かんかじつはとても商品になるとは思えなかった。


 ティアナが眉をひそめる様子を見て、ドラウトももう一つの乾果実かんかじつをかじる。なるほど、と小さく唸ってティアナを見つめた。


「聖女の能力を部分的に使えるかな?」

「居住区には水を引いてオアシスを、栽培地域にはこれまで通りの日照りをもたらしてみます」


 ティアナの力を制御するキーとなるのは竜神リーヴィラだ。

 自分の役割を理解しているように、ティアナの足から離れたリーヴィラはオアシスだった場所から地中に潜り、穴を掘りながら標高の高い場所にある山を目指した。


「他に何かご要望はありますか?」

「とんでもありません」


 にっこりと微笑んだティアナは、リーヴィラが戻るまでの間に子供たちと遊び、領民たちからの声に耳を傾け、少しでもこのザート領が過ごしやすくなるためのヒントを探した。


 しばらくしてティアナの元に戻ったリーヴィラの体についた砂を洗い流してあげた。


「ぺっ、ぺっ、上流に小さな池がある。雨水が溜まれば、自噴するだろうさ。マーキングは施したからそこにだけ雨を降らせればいい」

「リーヴィラ様、もう一つお願いがあって」

「なんだ~?」

「果実栽培域をリーヴィラ様の脱皮した皮で覆って欲しいのです」


 今は小さいだけで竜神リーヴィラの体長はもっと大きい。そんな神の皮であれば、一部の地域など簡単に覆い隠せるだろう。そう見込んでの提案だ。


 ティアナは現代でいうところの農業ビニールハウスを皮で作ろうとしていた。


「面白い。やってみるか~」


 ティアナたち一行の目の前には、大口を開けた蛇の皮がある。そこがビニールハウスの入り口で、中には乾果実かんかじつが育てられている砂漠地帯がすっぽりと入っていた。


「こ、これは⁉︎」

「なんと画期的な!」


 ドラウトも領主であるバクサも目を見張り、驚きの声を上げている。


 一見するとおぞましい巨大な蛇が待ち構えているが、その皮のおかげで天候は関係ない。更にリーヴィラは変温動物の姿を持つ神だ。

 その時期によって乾果実かんかじつにとって最も適切な気温を保つことなんて朝飯前である。


「あぁ……聖女様。なんとお礼を申し上げればよいか。数々の非礼をお許しください」


 膝を突き、平伏するバクサに対してティアナもまた膝をついて答えた。


「顔を上げてください。あなたが行動を起こさなければ、ザート領の問題はもっと先送りにされていたかもしれません。バクサ卿は民にとって良い領主様なのだと思います。是非、これからも政務に励んで下さい。わたしに要望があれば、また訪ねてきて下さいね」

「はい! 有り難いお言葉、傷み入ります」


 ティアナの手を取り、何度もお礼と謝罪を繰り返した。



◇◆◇◆◇◆



 それから数日後。

 キュウサ領のお屋敷で過ごすティアナの元に一通の手紙と木箱が届いた。差出人はあのバクサ子爵である。


 手紙の内容は、無事にオアシスが自噴し、伝記と同様に生活の拠点となったこと。

 それに伴い、王都からの水の空輸が不要になったこと。

 オアシスが出来たおかげで農夫たちの水分補給が簡単に行えるようになり、作業効率が格段に上がったこと。

 竜神リーヴィラ製のビニールハウスで収獲した乾果実かんかじつの出来が想像以上だったこと。

 そして最後に感謝の言葉が綴られていた。


「お役に立てて良かった」


 ティアナは手紙を丁寧に折りたたんでテーブルの中へ。

 そして、一緒に送られてきた乾果実かんかじつを丸かじりして、「んー!」っと感動の声を漏らした。


 ここは自室だから少しばかりお行儀が悪くても許されるだろう。

 悪戯っ子のように微笑んだティアナは、護衛件専属侍女であるミラジーンと見習いの子たちに手招きした。


「こっちに来て一緒に食べましょ」


 甘い香りに誘われてドラウトが部屋にやってくるのは、もう少しだけ後になってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る