第54話 聖女、言い渡す
ティアナの活躍のおかげでペロル・パタパリカ火山の噴火による被害は拡大しなかった。町の一部に穴が開き、ザラザールの工房が焼けたくらいだ。
むしろ火山灰が降った領地の領主は例年よりも良質なワインが作れると喜んだとか。
何はともあれ、怪我人が出なかったことは幸いだった。
「ティアナ様!」
獣神アグニルの厚意で火口付近まで送ってもらったティアナは待ってくれていたミラジーンに抱き締められた。
「うわっ。苦しいよ」
「目の前で火山に飛び込んだ主人を見て、取り乱すなと言う方が酷です!」
「そっか。そうだよね、ごめんね」
本気で心配してくれていたのだろう。ミラジーンは腰を抜かしてしまった。
「本当に何でもないから、そんなに泣かないで!」
へたり込み、両手で涙を拭う姿にかつての凛々しさはない。
不安と恐怖に押し潰されそうになっている乙女の姿にティアナは堪らず、ミラジーンの頭を撫でていた。
「大丈夫だよ。わたしはどこにも行かないよ」
「本当ですか?」
「もちろん」
「では一つだけわがままを聞いてください」
「なに?」
「ティアナ様がわたくしの幸せを願ってくださるのなら、わたくしを本国に連れて帰ってください。ここに一人きりは嫌です」
疑うまでもなくミラジーンの本心だ。
そう直感したティアナはしっかりと頷き、ドラウトから預かっている最後の簡易転移魔法を発動させた。
◇◆◇◆◇◆
ジンボ王より王宮に招かれたティアナを待っていたのはこの場に居るはずのない人物だった。
「ティアナ!」
「ドラウト様⁉︎」
待ち構えていたドラウトの抱擁する力がいつもよりも強い。
ナタリアから報告を受け、転移魔法で駆けつけたドラウトは何度もティアナの体を見回し、傷がないことを確認して安堵した。
他国の王宮で、人目を
火山の噴火による天災を最小限に抑え、クラフテッド王国の王太子と王女の傷を治した聖女の帰還だ。
そんな危険なことをやってのけたのが、最愛の妻となればドラウトの心中が穏やかではないことは簡単に想像がつく。
自身も妻を愛しているからこそ、ジンボはドラウトの行動を
「お話はまた後で。まずはミラジーンを」
「分かった。必要なら助け舟を出すからティアナが最善だと思う落とし所を提示してくれ」
「ありがとうございます」
熱い抱擁を終えたティアナがジンボ王へと向き直る。
彼の両脇にはザラザールとギギナフィスが控え、壁際にはクラフテッド王国の重臣たちが勢揃いしていた。
「ティアナ妃殿下! この度は――」
「お待ちください」
謝罪を始めようとするジンボを制止して、まずはこちらの話をお聞きください、と厳かに語り始める。
「聖女ティアナ・レインハートとして貴国の守神、アグニル様と話しました。これからも小規模な噴火は続きますが、それは必要不可欠で被害は出ないように最善を尽くすと仰ってくださいました。しかし、念のために山の
一息に決定事項を告げたティアナは一同を見回す。
「また、必要以上の武器製造は禁止とさせていただきたいのです。新たな争いの種を撒かないことが最善かと存じます。是非、ご検討を願います。今後、グリンロッド王国にも向かいますので、あちらにも話を通すつもりです。これからもペロル・パタパリカ火山と共存し、豊かな国への発展を願っています。わたしからは以上です」
始終、有無を言わさない態度を貫き、聞き取りやすい凛とした声で告げていたティアナの雰囲気が一変した。
「次はレインハート王妃としてお話させてください」
そう前置きをしてからザラザールとギギナフィスへと視線を向ける。
「わたしの侍女であるミラジーン・カバリアムは返していただきます。そもそも婚約式すら執り行われていない一方的な話です。ザラザール殿下もミラジーンに興味を示されていないということなので、そちらに嫁がせる理由がありません」
「オヤジ、俺から話させてくれ。自分のケツは自分で拭く」
ジンボよりも先にティアナの前に立ったザラザールが膝を折った。
まさかの行動にクラフテッド王国側から驚愕の声が上がる。
「この度は私の浅はかな行動によりミラジーン嬢および、レインハート王妃殿下に多大なご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳ありませんでした」
ザラザールはティアナの前に平伏し、自分の非を認めた。
ティアナもまた膝を折り、ザラザールと視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ギギとの件はわたしの口からは公言しないとお約束します。お二人で話し合ってどうするのか決めてください」
「……痛み入ります」
たった数秒の内緒話を終えたティアナが立ち上がり、ジンボ王へ。
「陛下、この話は棄却ということでよろしいですね?」
「わしからの異論はありません」
本音を言うと少しばかり拍子抜けだった。
なぜならティアナは、ミラジーンが人質に取られていると思っていたからだ。
クラフテッド王国民が喉から手が出るほど欲しがっている
しかし、ジンボも他の王族も悔しがる様子や惜しむ様子はない。
自分の仮定が外れていたことでティアナは少なからず疑問を抱いたが、ジンボの隣で立ち尽くすギギナフィスと、他の王子、王女たちを
その時――
大きな音を立てて扉が開き、一人の男が転けそうになりながら入室した。
「何事だ! 騒々しい!」
「申し訳ありません! 今すぐにお耳に入れたいことがございまして!」
ジンボがさっさと話せ、と目で促す。
「
怒り心頭だったジンボはその報を聞き、愕然と脱力したのだった。
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