第55話 聖女、宝玉を贈る

紅蓮玉ぐれんぎょくがザラザール殿下の工房から出ました‼︎」


 その一報を聞き、ジンボ王を筆頭にザラザールやギギナフィス以外の王子、王女も全員がこぞって焼け落ちた工房へと向かった。


「こちらです」


 後処理に奔走していた兵たちが示すのは、ミラジーンが空けた大穴の中に沈んだマグマだ。

 今ではティアナの降らせた雨と混ざり合い、完全に硬化している。


「……あれ、こんな色だったっけ?」


 ティアナが最後に見たマグマは赤色の混じったグレー寄りの黒色だった。

 しかし、今は艶々つやつやの朱色になっている。


「地面にへばりついていて採取には難儀しましたが、鑑定士によると建国記にある紅蓮玉ぐれんぎょくに特徴が酷似しているとのことです」


 静かにティアナの隣に移動してきたドラウトに耳打ちされた。


「ティアナが作ったのか?」

「作ったというか、作れてしまったというか……。わたしも困惑しています」

「どう説明すれば彼らを納得させられる?」

「リーヴィラ様のお話を正直に話すしかないかと。きっとシエナ王国と同じで正しい歴史や伝承が伝わっていないのだと思います」


 突然、出来た紅蓮玉ぐれんぎょく躊躇ためらうことなく素手で掴んだのはギギナフィスだった。


「これ本物だ。絶対にそう。ティアナ?」

「はい。わたしが作りました。皆さん、よく聞いて下さい。信じられないかもしれませんが、今からお伝えすることはレインハート王国の守神、龍神リーヴィラ様のお言葉です」


 レインハート王国民は龍神リーヴィラの声を聞くティアナの登場によって神への信仰心を高めていった。今では十分な魔力を持つ者にはその姿も見えるようになっている。


 しかし、クラフテッド王国民はそもそも神の存在をあまり信じておらず、獣神アグニルも引っ込み思案で自ら前に出て行こうとはしない。


 彼らの理解を得るのは骨が折れるぞ、と覚悟していたが、案外すんなりとティアナの話は受け入れられた。


 特にジンボ王は興奮して今にも飛びかかってきそうな勢いだ。


「――というわけで、ペロル・パタパリカ火山のマグマと聖女わたしの雨で合成されるのが紅蓮玉ぐれんぎょくというクラフテッド王国の宝なのです」

「では、ティアナ殿下がこの宝玉を作っていただいたのですか⁉︎」

「え、えぇ。ただ、宝玉と呼ぶには程遠いですが……」


 ギギナフィスが持っている紅蓮玉ぐれんぎょくの鉱石と呼ぶべき塊を見つめながら告げる。


「十分でございます。十分過ぎます。ティアナ妃殿下、心より感謝申し上げます」


 涙を流し、顔をくしゃくしゃにしながら感謝を伝えるジンボ王の姿に困っているとドラウトが助け船を出してくれた。


「ここではなんだ。王宮へ場所を移そう」



◇◆◇◆◇◆



「取り乱して申し訳ない」


 何度も鼻をかんだジンボ王が席に着く。


 場所はクラフテッド王国王都にある王宮の一室。

 この場にはティアナ、ドラウト、ジンボ、ギギナフィスの四人だけだ。


「そもそも、わしが国王になったのは、当時わしが最も紅蓮玉ぐれんぎょくに近づいたからなのです」


 恥ずかしそうに、こめかみを掻きながら語り始めたジンボ王。


「しかし、失敗に終わってしまって。怒りに任せてガラス玉を押しつぶした時に偶然出来たのがメガネです」


 ジンボ王の発明品であるメガネとは、ドラウトがティアナのために買った物でもある。

 偶然の産物とはいえ、先天的に視力が弱い者やその子供の親、老化で視力が弱った年配者からの票を多く獲得したことで現在の地位に就いたのだ。


「次第に公務が忙しくなり、紅蓮玉ぐれんぎょくのことは頭の片隅に追いやられました。そんな時、ギギに出会ったのです。小石を集めて磨き上げていたこの子に紅蓮玉ぐれんぎょくの存在を伝え、わしの後を継ぐように頼みました」

「そんなこともあった」

「しかし、それを許さなかったのが実兄のザラザールです。彼奴あやつは妹を王族にすることを拒み、どうしてもと言うのなら自分が王になると言い出しました。そして、ギギを王宮の庭園に捕え、国益だけを追求するようになったのです」

「そんな昔話は不要だ。本題に進めてもらおうか。我が国の王妃を少しでも早く休ませたい」


 不機嫌なドラウトの一言でジンボは姿勢を正した。


紅蓮玉ぐれんぎょくをあしらったリングを妻に贈りたいのです」


 ぽつりと語ったジンボの目は柔らかく、愛に満ちていて二人きりの時のドラウトの目によく似ていた。


「奥様ですか?」

「はい。何年も前から病床に伏せていて、そう長くはありません」

「失礼ですが、紅蓮玉ぐれんぎょく作成のために謝罪式を理由にわたしを呼び寄せたり、ザラザール殿下がミラジーンを見初めたとみせかけて、わたしを脅す道具にしようとしたり、ということはありませんね?」

「滅相もございません! あのバカは行き過ぎた妹への愛を隠すためにミラジーン嬢を利用するつもりだったと自白しております。こちら側に聖女様を利用するつもりは毛頭ありませんでした」


 最初からジンボ王たちを疑っていたわけではないが、最悪の場合を想定して行動していたことにはティアナ自身が一番驚いていた。


 これまでは聞いた話を鵜呑みにして、目に見えているものは全て真実だと思っていたが、今では多角的な目線で物事を見れるようになっている。

 これも教育に関わってくれた人たちのおかげだと感謝していた。


「分かりました。では、こちらも偶然の産物ですが、紅蓮玉ぐれんぎょくの原石は全てお渡しします。加工できるのであればご自由にしてください」

「よろしいのですか!?」

「えぇ。ただし、正しい歴史の伝承をお約束してください。聖女わたしが書き示す伝記を後世に語り継ぐことをクラフテッド国王の役目と取り決めていただきたいのです」

「もちろんでございます」


 こうして、正しい歴史を残すというティアナの目的を達するために大きな一歩を踏み出した。


 それから数日後。

 ティアナはまだクラフテッド王国に留まり、紅蓮玉ぐれんぎょくの作成と管理について話をまとめ、正式にレインハート王国とクラフテッド王国の同盟を締結させるまでに至った。


 そして、遂にその日がやってきた。


 足早のジンボ王に続き、開け放たれた大きな扉の中へ。

 だだっ広い部屋には閉じた天蓋の付いたキングサイズのベッドが置かれていた。


 ジンボ王がベッドの脇にひざまずき、天蓋を開けた。


「……陛下」


 弱々しくジンボを呼び、か細い手が伸びてくる。

 ジンボは愛する妻の手を取り、自分の頬に押し当てた。


「こんなにも待たせてしまった」


 ジンボは妻の痩せてしまった左手の薬指にリングを進めていく。


「あなた、遂に?」

「いや、これは――」


 振り向いたジンボに、ティアナは「しーっ」と黙っているようにジェスチャーした。


 ティアナの意図を汲み取ったジンボは声を震わせた。


「そうだ! 遂にやったんだ! お前の男を見る目は間違っていなかった! わしは遂に紅蓮玉ぐれんぎょくを手にしたんだ!」

「……おめでとう……ございます、あなた」


 男女の啜り泣く声だけが聞こえる部屋の中でティアナも涙ぐんでいた。


「わしらの義息こどもたちが完成させてくれた。フレームはザラザールが、宝玉はギギナフィスが仕立ててくれたんだぞ」

「まぁ。ありがとう、ザラ、ギギ。こちらへ」


 手を繋いだままの二人が天蓋の中へと消えていく。

 どんな会話をしたのか聞こえなかったが、ベッドから離れたザラザールとギギナフィスの満ち足りた表情を見れば、無駄な言葉は不要だった。


「ティアナ妃殿下。誠に、誠にありがとうございました」


 クラフテッド王妃の部屋を退出したジンボはすぐに平伏した。


「そして、申し訳ありません。わしは聖女様の手柄を横取りしてしまった!」


 何度も床に頭を打ち付けるジンボにティアナは優しく微笑む。


「構いません。人を傷つけない優しい嘘は好きです。ドラウト様もたまにわたしを想って隠し事や嘘をつきますが、咎めたのは一度きりです」

「あぁ……ティアナ様……」


 泣きじゃくるジンボをクラフテッド王国の人たちに任せ、ティアナはギギナフィスへと向き直った。


「わたしの先生はね、未亡人なんだけど、右手の薬指に乾宝石かんほうせきの指輪をしているの。男避けと愛する人を忘れないためにって」

「何? どういうこと?」

「クラフテッド王国の法を聞いたわ。ギギがザラザール殿下から贈られたリングを左手の薬指に身につけられる日を願ってる」

「…………ありがと」


 飛竜――レオーナに飛び乗ったティアナは後ろにミラジーンを乗せて、飛翔の合図を送った。


「帰ろう、レインハート王国に」


 こうして、ティアナ・レインハートの初めての外交は幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る