第79話 聖女、飲まされる
「お初にお目にかかります、リズラステ陛下。レインハート王国の王妃、ティアナ・レインハートと申します。この度はわたし達のために、このような場を設けていただき、感謝申し上げます」
「大層な挨拶大義である。ナビラ王国を代表して、このリズラステ・ナビラがそなた達の入国を歓迎しよう」
場所はナビラ王国、王宮内の
両目を閉じた白髪の女性は立派な玉座に鎮座したままでティアナに歩み寄ることはなかった。
不自由な身
「グリンロッド王国がレインハート王国の従属になったとか」
「はい。グリンロッド王国と冷戦状態にあるクラフテッド王国とは同盟関係を築き、争いの根絶に向かって歩み出したところです」
「それは結構。我がナビラ王国としては静観の姿勢を崩すつもりはない
淡々を話すリズラステに、ティアナは悩みに悩んだ上で例の一族の名前を出すことにした。
「両国の争いはグリムベルデ家が裏で手を回していたと報告を受けました」
「あぁ……巧みに各国に入り込み、男をたらし込む手腕は見事としか言えぬ。あの一族を根絶やしにしたのはグリンロッド王だと聞いているが、間違いないか?」
正しくはドラウトの言霊魔法による同士討ちだが、ティアナの口から真実を告げることは絶対にあってはならない。
ティアナは固く閉ざし、微笑みを
「ナビラ王国だけはグリムベルデ家が入り込んでいなかったようですね。国家の堅守に敬意を表します」
「我が国には毎年多くの民が移住してくる。それぞれの身分を徹底的に明らかにすることが自分の身を守ることに繋がるのだよ、妃殿下」
「肝に銘じます」
「話を戻そう。レインハート王国にもグリムベルデの魔の手が迫っていたと?」
「はい。他でもないナタリアの父、ラッドロー侯爵の夫人がそうでした。残念ながらラッドロー侯爵家の御子息はお亡くなりになり、家督を継ぐことができない状況です」
「それは、それは……さぞ混乱されていることであろう」
「ナタリアは粗相をしておらぬか?」
「はい。良くしてくれています。わたしにはもったいないくらいです」
「結構。今宵はささやかではあるが、ティアナ妃殿下一行を歓迎して夜会を執り行う。参加していただけるとありがたい」
「喜んで参加させていただきます」
話がひと段落したところでパンッとリズラステが手を鳴らすと、一人の女性が金属製のトレイの上に小瓶を乗せて運んで来た。
「今更ではあるが、ティアナ妃殿下はシエナ王国の聖女殿で相違ないか?」
「えぇ。当代の聖女の役目も担っております」
「では、こちらを」
リズラステに一礼した女性がティアナの元にやってきて、トレイを掲げたまま片膝をついた。
小瓶を受け取れ、と言われていることを察したティアナだが、シュナマリカ・グリムベルデの一件以来、下手に献上物に手を伸ばすことを控えている彼女は微動だにせずリズラステを見上げた。
「……………………」
「聖女殿が我がナビラ王国を訪れる理由が"それ"である。"それ"を飲むことが聖女の役目であり、責務。何よりも優先されるべき儀式。さぁ、一思いに」
心臓の音がけたたましく、耳を打つ。
今すぐにでもドラウトを呼び寄せ、相談したい。
ミラジーンもリラーゾも、ティアナより後ろに控えているから振り向いて指示を仰ぐような真似はできない。
ティアナは手の震えを隠すこともできず小瓶を摘み、コルクを空けた。
リズラステからは
早く飲め、という無言の圧力に耐えられず、ティアナは一思いに小瓶の中身を飲み干した。
無味無臭のドロッとした液体が喉を通過する。
体に変化はなく、必要以上に警戒した自分が情けなく思えた。
「結構。地神エルシラ様もお喜びのことでしょう」
「エルシラ様? ナビラ王国の守神でしょうか?」
「いかにも。大地の怒りを沈め、いついかなる時も本国をお守りしてくださる絶対神。他の三神が霞むほど偉大な存在であるぞ」
龍神リーヴィラや獣神アグニル、もちろん鳥神ザクスからもその名前を聞いたことはなかった。
意図的に口外しないようにしていた? と
「こちらの国に天災はありませんか? わたしが収められるのなら尽力いたします」
ティアナの申し入れを聞いたリズラステはくつくつと笑い出し、失礼、と短く謝罪した。
「その必要はない。我らにはエルシラ様の加護がある
クラフテッド王国、グリンロッド王国に続き、ここでも聖女不要と言われてしまったティアナは肩をすくめたが、すぐにポジティブ思考に切り替えて質問した。
「ナビラ王国における天災とはなんでしょうか?」
「かつて王国を襲ったのは母なる大地の逆鱗――
「それはなんでしょう?」
「静かなる大地が揺れたのだよ」
「この地が……?」
ケラ大聖堂ではそんな過去を聞いたことがない。
実際に各国を巡ったティアナも地面が揺れることなんて経験したことも聞いたこともなかった。
「それが今は収まっているということなんですね」
「いかにも。全てはエルシラ様の恩愛。我らはエルシラ様の上で成り立っている」
話は終わりだ、とでも言うようにリズラステが立ち上がると控えていた侍女が両手を取り、ゆっくりとした動きで階段を降りた。
「では、ティアナ妃殿下、今宵は存分に楽しまれよ」
「お心遣い感謝いたします」
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