第80話 聖女、夜会に参加する

 開催された夜会は類を見ないほどの豪華さだった。

 装飾品の数々は最上級のもので、並べられている料理もキラキラ光っているように見える。

 参列者の数は計り知れず、ティアナが登場すると割れんばかりの拍手で迎えられた。


 聞くとこれが通常ではないらしい。

 聖女来訪の際には最大、最善、最高のもてなしをするように先人たちから言い付けられているとか。


 特に目を引くのは圧倒的な女性の数。

 各名家の代表も、国の主要人も、国王も全て女性が担っているナビラ王国の夜会は他の国とは違い、華やかな雰囲気だった。


「お会いできて光栄です、聖女ティアナ様」


 こうして挨拶に来てくれるナビラ王国の貴族女性たちと簡単な会話をかわすのにも疲れた頃、一見すると男性にも見える麗人がやってきた。

 服装もドレスではなく、タキシード風だから余計に麗人という言葉がしっくりくる。


「お初にお目にかかります、と言いたいところですが、実は一度お会いしているのです。覚えておいでですか? 聖女様とドラウト陛下の婚礼の儀に出席させていただき、披露宴でご挨拶させていただきました。ナビラ王国宰相、ラナ・カーランベルグです」


(うそ!? この人がナタリアのお母様!?)


 心の声を漏らさないように涼しげな動きで手を差し出す。


「もちろん覚えています。本日は素敵な夜会をご用意していただき、感謝申し上げます」

「お気に召されたのなら何よりです」


 見た目が中世的なら声も低い。男性と間違われても文句は言えないだろう。だからこそ強く印象に残っている。

 披露宴での挨拶の際にはナタリアのナの文字も出てこなかったからまさか母親だとは思わなかった。


 それに親子とは思えないほどナタリアと違ってしっかりしている。

 ナタリアが屋敷に来た当初、ロングスカートの裾を踏んですっ転んでいたドジっ子の親がこんなにもスマートな人とは想像していなかった。


「ご参列の方は女性が多いようですね」


 失礼なことを頭の片隅に追いやり、質問を投げかけてみる。

 多いと言うよりもこの場には一人を除いて女性しかいないのだが、ラナは胸を張って答えた。


「ここは中立国家、ナビラ王国。女が中心となってまつりごとを行う国ですからね。例の一族に付け入る隙を与えなかった唯一の理由ですよ、聖女様」


 なるほど、と心の中だけで手を打つ。

 グリムベルデ家の女たちは男性から見れば魅力的に映る。魅惑的な体を押しつけられれば、ころっと落とされるのはある意味仕方のないことだ。


 しかし、女性視点であれば話は別。

 ティアナがシュナマリカに嫌悪感を抱いたように彼女たちの容姿や言動は女性からは好まれない。

 女性が最前線で活躍する国家だからこそナビラ王国だけはグリムベルデ一族の侵入を防げたということだった。


「とは言っても男性よりも力で劣るのは事実。だからこそ、我らは幼い頃より魔法具の扱いを学び、技を磨くのです」


 ティアナの背後で顔を伏せているナタリアを一瞥いちべつしたラナが初めてクールな表情を崩した。


「娘がお世話になっています。ナタリアの働きぶりはいかがでしょうか」


 それは宰相ではなく、母親の顔だった。

 無言でも通じ合っているような絆を見せつけられたようで嬉しくもあり、少し羨ましく思ってしまった。

 幼くして両親の元を離れたティアナにとって欲しがっても手に入らないものをナタリアは持っている。


「良くしてくれています。身の回りのお世話から護衛、魔法具の指南まで多岐に渡り、頼りにしています」

「それは何よりです」


 屈託のない笑顔は眩しくて直視できないほどだった。


「少々、失礼いたします。ナタリア、お父上とは会ったの?」

「会っていないのです。何度も王宮を訪れて来られましたが、私が面会を拒否してるので門兵さんが追い返してくれるのです」

「そう」


 短い親子の会話を終えたラナはティアナへと向き直り、頭を下げた。


「ナタリアは私とラッドロー侯爵の子で間違いありません。当初はナビラ王国で一生を過ごさせるつもりでしたが、あの人が強引にレインハート王国に連れて行ってしまって。よりにもよって聖女様の側仕えに推薦するなんて思ってもみませんでした」

「それではナタリアはラッドロー侯爵が希望して、わたしの元にやってきたということですね」


 ラナの返答次第ではティアナ暗殺を指示したのがナビラ王国側なのか、レインハート王国のラッドロー侯爵側なのかが明らかになる重要な問いかけだ。


「その通りです。私としてはこの子を侯爵家に入れる考えはありませんので頃合いを見てナビラ王国へ戻ってこさせるつもりです」


 楽しいはずの夜会の席とは思えない静かな緊張感に包まれる。


「今すぐにというわけではありませんよね」

「もちろんです。こちらの一方的な都合で聖女様の元から引き離すような真似はいたしません」

「それを聞いて安心しました。すぐにナタリアを手放すのは、わたしとしても不本意です」


 それでしたら! とラナが笑顔を綻ばせる。

 ティアナはすぐに失言を自覚したが時すでに遅しだ。


 ラナはティアナ、ナタリア、そして一番後ろで居心地が悪そうにしているリラーゾを見てから告げた。


「一緒にナビラ王国へ移住すれば良いのですよ!」

「へ!?」

「ここは中立で差別のない誰にでも優しい国。出身地も魔法適性の有無も気にせず、誰でも分け隔てなく接してくれる。身分がはっきりしていれば誰でも移住可能な国ですよ」


 本来であれば動揺するティアナを宥めるのはリラーゾの役目だが、今日の彼はこの異質な空間の雰囲気に飲まれていた。しかも想い人の母親の眼前だ。

 いくら外交慣れしているとしても緊張しないわけがない。


「聖女様とドラウト陛下の婚姻が多くの国民に勇気を与えたのは周知の事実ですが、お世継ぎとなると話は別。お二人の子は魔法適性を有しているのか、それとも――」


 今の話を聞き、ラナの親切心の奥に潜む悪意を敏感に感じ取ったのは獣神アグニルだった。


『聞く耳を持つな』


 この場で独り言はつぶやけない。

 ティアナは悟られないように頷き、気持ちを切り替えるために小さく深呼吸した。


「レインハート王国にも名を馳せるカーランベルグ宰相にお話があります。この後、お時間をいただけないでしょうか」

「レインハート王の側近、リラーゾ・メルファイ。メルファイ家の嫡男にも名を知られているとは畏れ多い。今この場で聞きましょう」


 強引に二人の間に割って入ったリラーゾだったが、ラナが嫌な顔を見せることはなかった。

 ティアナとしてもこのままラナにペースに握られたままではいられないというのが本音だった。


「ナタリア嬢を妻に貰いたいのです。本人には既にこの気持ちを伝えています。必ず、幸せにします」

「それはめでたい。構いませんよ。ただし、条件が一つ」


 不気味な笑みに背筋が凍りそうになる。


「新居は我が国に建てること。そして、カーランベルグ家の跡取りとして宰相の座を継ぐナタリアを生涯に渡って支えること。これが条件です」


 ティアナが口をあんぐり開けているようにリラーゾも絶句している。

 ナタリアだけは母親のこういった言動に慣れているのか目を伏せていた。


「全員揃って是非、我が国に!」


 顔が整っているからこそ一層不気味に見えるラナの不適な笑みにティアナもリラーゾも返す言葉を見つけられなかった。

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