第81話 ナビラ王国、果たす
※ナビラ王国視点
ティアナたちが夜会の席でラナ・カーランベルグ宰相と談笑していた頃、ナビラ王国の女王――リズラステ・ナビラは暗がりの部屋に籠もり、机に肘をついて開くことのない
「ついに当代の聖女が我が国を来訪する日がきた」
シエナ王国にしか生まれない聖女が国を追われたという一報を聞いた時、各国の対応はそれぞれ違った。
いの一番に聖女誘拐を企てたグリンロッド王国。
あくまでも出迎えの姿勢だったレインハート王国。
聖女よりも武器製造に熱を入れていたクラフテッド王国。
そして、手に入らないなら殺してしまおうと画策したナビラ王国。
「ドラウト・レインハートが聖女を一人で国外に出す日が来るか。それも、あのお嬢さんの清らかな心に触れた結果か」
ドラウトが誰にも
だからこそ、シエナ王国のヘンメル元王太子(現国王)が血眼になって探しても見つけ出せず、仮に見つけたとしても奪還は不可能な状況だった。
しかし、今は違う。
あんなにも隠したがっていた妻を他国との外交に出すようになり、自らもついていくようになった。まるで大袈裟な新婚旅行だ。
ドラウトの狙いは分からないが、リズラステにとっては好都合だった。
しかもクラフテッド、グリンロッドと順番に巡っているとなれば、次は自国だと簡単に予測できる。
「こちらの目的は達したのだから早々にお引き取り願いたいものだ。あまり長居されて勘ぐられても困る」
あの見た目で勘が鋭いらしいから、とリズラステ。
手元にはティアナが飲み干したことで空になった小瓶が置かれている。
リズラステは指先で小瓶の場所を特定してから両手で持ち上げた。
「聖女ティアナ、これで真の聖女になれたな。ナタリアが失敗してくれたおかげだ。何か褒美を取らせなければ」
リズラステが何よりも恐れていたことは
歴代の聖女はただ一人を除いて未婚かつ子を授かったことがない。
当代の聖女であるティアナもほかの聖女たちと同様にそうであって欲しかったが、成婚してしまったのなら仕方ない。
しかも相手はあのドラウト・レインハートだ。
大々的に婚礼の儀、パレード、披露宴を行い、自他国ともに聖女との結婚をこれでもかと知らしめた。
――実に愚かな奴。
これまで聖女の血族が現れてこなかった理由を考えたことがないボンクラめ。
かつてのリズラステはドラウトの禁忌を犯す行為に
「心眼で見る限り、まだ受胎はしていないようだが危ないところだった」
しかし、今日、一族伝統の儀式を全うできたことでやっと肩の荷が降り、リズラステの強張った表情が和らいだ。
ふと、壁にかけられた絵画へと視線を向ける。
実際には室内は真っ暗闇で絵なんて見えるはずがない。
それどころかリズラステは生まれながらに両目の光を失っているから部屋が明るかったとしても見えるはずがない。
だが、脳内にはしっかりと絵のイメージが浮かび上がっていた。
そこには一人の純真無垢な少女を囲む、四人の男女が描かれている。
その一人にそっと手を伸ばす。
リズラステは椅子に座っているのだから絵画に手が届くはずがない。
だけども、リズラステのイメージの中では、おっとりとした淑女が手を握り返してくれていた。
「エルシラ・ナビラ様。あなた様の願い通り、儀式を遂行しました。与えられた心眼を使う時が来ましたよ。
母親に褒められたい子供のように
返答はないけれど、満足だった。
百年前にできなかった儀式をリズラステは行えた。
失敗していれば、歴代二人目となる無能女王として処刑されていたところだ。
光を宿すことのできない両目から涙を流れ出す。
ティアナが生まれ、真の聖女だと宣言して今日に至るまでリズラステはずっと怯えていた。
ティアナ暗殺計画も全ては保身のためだ。
ナビラ王国の女王として一番重要な役目を果たしたのだから、もうティアナに用はない。むしろ長居させたくない。
だが、地神エルシラ様に会っていけと言った手前、追い返すわけにはいかない。
リズラステは苦虫を噛み潰したように唇を歪めながらも静かに息をはいた。
さっさとレインハート王国に戻って好きなだけ愛しの夫と愛を囁き合えばいい。
ただ、お前たちがどれだけ愛を育もうとも結果は訪れないというだけの話だ。
「これが貴殿の運命だ。時間をかけていいから受け入れなさい、ティアナ・レインハート」
ティアナを追い返したいリズラステとは裏腹に、ラナは国益を案じてティアナを引き留めよう、あるいは移住させようと目論んでいる。
夜会の席でそんな話になっていることなどつゆ知らず、リズラステは海の方角へ体を向けて祈りを捧げた。
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