第33話 雨女、現実を突き付ける

 昨年の誕生日以来、戻っていなかった母国は酷い有様だった。

 リラーゾの風魔法によって、宙に空いているティアナは眼下を見下ろして嘆きの声をもらした。


 かつて経験したことのない豪雨によって川は氾濫し、地形が変わっていたのだ。


 あまりの衝撃にティアナの心が揺れ、呼応するように小雨が降り始めた。


 空から太陽が奪われたことで国民は塞ぎ込み、昼夜を問わない暑さが人々を苛立たせた。

 外での仕事はままならず、家の中に居ても暑さでじっとしていられない。

 飲み水は底をつき、食べるものも限られているのに国は助けてくれない。


 今は亡き国王とヘンメル王太子は少しでも状況を打開できるようにと手配してくれていたが、ギルフォードは上級貴族への忖度そんたくを続けた。

 レインハート王国の一部の職人にしか加工できないとされる乾宝石かんほうせきを所持しているギルフォードの支持者にだけ蓄えを配り、マシュリの力で冷却した王宮へと招いていたのだ。


 ギルフォードは追放したティアナの結婚披露宴で各国の来賓の目の前で花婿と花嫁に食ってかかった問題児だ。

 いくら第二王妃の後ろ盾があったとしても国内外から非難されたのは言うまでもない。


 そんな男が言い伝え通りに聖女マシュリと婚姻関係を結んだことでシエナ国王の座に就いた。当然、国営など上手くいくはずがない。


 王宮へと押し寄せる国民の中には、元々はギルフォードを支持していなかった貴族たちの姿もある。彼らの手には泥団子と化した偽物の乾宝石かんほうせきが握られていた。


「なんで、あいつらまで俺を責めるんだ! 宝石も水も援助してやったのに!」

「それがいけなかったのではありませんか?」


 諭すような声色のティアナにギルフォードが激昂する。


「ティアナ‼︎ お前が悪いんだ! お前が俺を……国を捨てたから!」

「我が国の王妃を呼び捨てとは。あそこまでコケにされても、まだ自分の立場が分かっていないのか」


 どろっとした重圧感のある声にギルフォードの足がすくみ上がる。


 ティアナの肩を抱き、王宮のバルコニーに降り立ったドラウトに射竦められたギルフォードは奥歯を鳴らした。


「王妃がなによ! 私だって、シエナの王妃になったのよ! そうでしょ、ギルフォード様!」


 これまで王宮内に隠れていたマシュリまで出てきた。しかし、ティアナは動じることなく涼しげに質問した。


「あの偽物はマシュリ様が作ったものですか?」

「はぁ!? あれはクラフテッド国が作ったのよ。あんたたちが宝石への加工を拒否するからでしょ⁉︎」

「マシュリ様、乾鉱石かんこうせきの加工はそう簡単にできるものではありません。職人さんが何日も工房にこもって魂を込めて打つのです。この目で見せていただきました」

「あんたの糸目で見たものを信じろって言うの⁉︎ 自分だけが特別だからって自惚れてるんじゃないわよ!」


 そう言ってマシュリは服の襟元から指を突っ込み、ネックレスをたぐり寄せた。

 彼女の持つネックレストップにはオレンジ色の宝石が鈍く輝いている。


「…………マシュリ様」


 ティアナの同情するような瞳が気に入らないのか、マシュリは髪を振り乱しながら乾宝石かんほうせきを突き出した。


「私だって待ってるのよ! ギルフォード様から貰ったオレンジジュエルよ! お前だけが特別だと思うな‼︎ 私はリングだって贈られたのよ! 大粒の乾宝石かんほうせきがついたリングを!」


 見せつけられたのはティアナがミラジーンとドラウトに提案した、立爪リングだった。

 まだレインハート王国では試作品すらも完成していないのに、と驚くティアナだったが、そんなことよりも目の前のマシュリの変貌の方が驚きだった。


 金切り声で騒ぐマシュリにかつての荘厳さはない。

 もう自分の知っているマシュリではなくなってしまったことを悲しむティアナは、少しでも彼女を傷つけないようにと気遣いながらも、しっかりと告げた。


「マシュリ様、よくご覧ください。なぜ、貴族の皆さんが王宮に押し寄せているのか。その手には何があるのか」


 ティアナは促すように、眼下で手を突き上げ、ギルフォードとマシュリの名を叫ぶ淑女たちを見下ろす。

 しかし、マシュリはティアナの言葉など聞かずに髪を振り乱し続けた。


「その二つの宝石は偽物です」

「嘘だ!」

「証拠はマシュリ様の手の中にあります」


 信じられない、というように勢いよく手を確認して驚愕したマシュリが後ずさる。

 そして、ギルフォードに詰め寄った。


「う、嘘……ですよね、殿下? 私にだけは本物をって、殿下……私を、騙したの……⁉︎」


 マシュリの手には乾宝石かんほうせきだったものが握られている。今はただの泥団子へと姿を変えてしまい、マシュリの手を汚した。


 これまで王宮と神殿に引きこもり、偽物の乾宝石かんほうせきが雨に触れない生活を送っていたから知らなかった。


 偽物は雨に濡れると崩れてしまうという事実を――


「ふん。騙される方が悪いんだ。人のせいにするな」


 ギルフォードは悪びれる風もなく、簡単にあしらってしまう。


「そ、そんな……殿下のために力を使ったのに」


 膝から崩れ落ちるマシュリはあまりにも惨めで、見るに堪えない。

 しかし、少しでも同情したのが間違いだった。ティアナの首元で光るピンクゴールドのネックレスに気づいたマシュリは鬼の形相で掴みかかった。


「寄越せ! お前のオレンジジュエルを渡しなさいよ!」

「きゃあ⁉︎」


 ギラギラのネイルを施されたマシュリの手がティアナの胸元に伸びる。

 次の瞬間、マシュリの手はドラウトに叩かれ、バチンッ‼︎ と痛々しい音を鳴らした。


「僕のティアナに触れようとするな、羽虫め」


 ティアナに断りを入れたドラウトがネックレスを手繰り寄せ、先端で煌めく本物のオレンジジュエルを取り出した。


「この世界に現存する唯一の至高なる宝玉だ」


 ドラウトは恐怖感を煽る冷徹な眼差しを向けて言い放った。


「貴様のような醜い心の持ち主には到底似合わない」


 あまりにも直接的な言葉にマシュリは声が出せず、代わりに奥歯を噛み締めた。


 いつまでもドラウトの背に隠れているわけにもいかない。ティアナは憎悪を孕むマシュリの目を見つめ返し、伝えるべき言葉を選んだ。


 しかし、ティアナが口を開くよりも早く、マシュリは手のひらから出した水球を投げつけた。

 次は動じない。大丈夫です、とドラウトに目配せして前に出る。


 一直線に進んだ水球が顔にぶつかり、破裂したことで内包されていた水がティアナを濡らした。

 その水量は少ない。一年前とは雲泥の差だった。


「私が真の聖女なのよ! こんなことできないでしょ⁉︎」

「はい。わたしには出来ません。魔法適正がありませんので」

「~~~~ッ‼︎」


 激昂するマシュリがさっきよりも大きな水球を発生させる。

 ティアナは怯まず、最も残酷な事実を伝えた。



「――マシュリ様はただの魔法使いです」





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