第63話 聖女、立ち回る
「わたしを
外気に負けないほど凍てつく瞳が王子たちを見回し、最後にグリンロッド国王を捉えた。
「……レインハート王妃よ、随分と歯に衣着せぬ物言いではないか」
「失礼ですが、わたしはレインハート王国の王妃としてではなく、シエナ王国のケラ大聖堂所属の聖女としてこの場に立っています」
あくまでも冷静に淡々と語るように努める。
(ドラウト様ならもっとお上手に事を進められるんだろうな。やっぱり到着を待っていた方が良かったかな……)
内心ドキドキのティアナは、泳ぎそうになる目を隠すために
(あんなに食べなければよかったよぉぉ)
長い沈黙に胃がキリキリする。
しかし、お腹を押さえるわけにもいかず、両手を体の前に揃えて背筋を伸ばしたままだ。
「…………うむ。正直に答えよう。その件に関して、我らグリンロッド王家は関わっていない」
ティアナの心臓が縮み上がろうとしていたとしても、グリンロッド王たちには
「どういう意味でしょう。グリンロッド王国による企みではないと?」
「我が国はいささか複雑でね。例の件のことはわしの耳にも入っている。可能性として挙げられるのは、ザクス様の託宣を受けた末子――フェニーチェか、グリムベルデ家だ」
「つまり、あくまでも神の依代であるフェニーチェ殿下の行いで、フェニーチェ・グリンロッド殿下がやったわけではない、ということでよろしいですね?」
「その解釈で構わない。わしはグリムベルデ家が指示したと疑わないがね」
「何か証拠が?」
「いいや。なかなかに周到な女狐どもでね。わしはシエナの聖女を狙った全ての犯行は奴らが一枚噛んでいると睨んでいる」
グリンロッド王が不敵に笑った。
「取り締まりなどはなさらないのですか?」
「そこが難しいのだ、ティアナ嬢。自分の目と耳で確かめてみるといい」
ぴくりとティアナの眉がわずかに動いた。
ティアナ嬢――今現在、この呼び方を出来るのはドラウト以外には思い当たらない。
それでも無礼を承知で聖女を小娘呼ばわりしたということは、これ以上の会話はしないという意思が隠されていると察した。
ぱんっと手を打つ。
乾いた音に驚いた王子たちとは裏腹にグリンロッド王だけは満足げだった。
「難しい話は終わりにしましょう」
ふにゃんとティアナの表情が緩み、冷徹な鉄仮面から陽を受けて揺れる向日葵のような笑顔になった。
「聖女として滞在をお許しいただけたことですし、何かお困りごとはありませんか? 手前味噌ではございますが、わたしはレインハート王国、シエナ王国、クラフテッド王国と3つの国の天災を鎮めてきました。そして、わたしを呼び寄せたのは貴国の守神、ザクス様です。何か意味があるのでしょう」
「困りごと……」
グリンロッド王はクラフテッドの国王であるジンボ王と同じようにまずは悩んだ。
即答で『豪雪』というワードが出てこないということは、降雪が当たり前で、これまで生活できているから問題に上がってこないということだ。
「ご覧の通り、我が国は豪雪地帯でね。他国への移住を希望する者を引き止めるような真似はしないと決めているのだが、物好きが多いようで人口は増える一方なのだよ」
「まぁ、それは良いことです。陛下の
「……こちらでも?」
「はい。先にクラフテッド王国へ向かった際にも聖女は不要だと言われてしまって。いかに自惚れていたか、自分と向き合う良い機会となりました」
「聖女様は勉強熱心なようで」
「それほどではございません。知らないこと、知りたいことばかりです。そうですね、クラフテッド王国が武器製造に熱を入れる理由とか……」
先程とは打って変わって無邪気にグリンロッド王を見つめる。
「…………女とは狡猾な生き物だな」
ぼそっと呟かれた言葉はティアナには届かない。ただ十中八九、悪口を言われているのだろうと想像していた。
ここまでの対話では、以前のティアナにはできない立ち回り方をしている。
数々の修羅場を潜り抜けたルクシエラ公に習った通り実行してみたが、これで合っているだろうかと内心は不安だった。
「それも自分の目と耳で確かめてみるといい」
クラフテッドのジンボ王よりも口は固く、難しい言い回しをするグリンロッドの国王。
生粋の王族を苦手とするティアナだが、ここまで善戦できたのなら上出来だろう、と自分自身を褒めて謁見の間を退室した。
「すごいです、ティアナ様!」
後宮まで続く廊下を歩く間はずっと黙っていたフェニーチェは、興奮してぴょんぴょん飛び跳ねながらティアナを絶賛した。
「あんなにも長時間、父上と会話した女性は初めてです!」
「そうなの? 確かに気難しい人みたいね。ねぇ、それよりもお願いがあるんだけど」
ずっと手で風を仰いでいたティアナはたまらず外へ出たいと願い出た。
王宮も後宮も暑くて体の火照りが冷めないのだ。
後宮の廊下に備え付けられた小さな扉から体を出して凍える風を全身に受ける。
「さむっ! でも、頭を冷ますのにはちょうどいいかも」
少しばかり熱くなってしまったことを後悔しながらも、国王の許可を得た上で王国内での情報収集が可能になったことを喜ぶティアナは両手に息を吹きかけた。
フェニーチェたちには先に戻るように言ってあるから、ティアナの側には二人の侍女しかいない。
ティアナが選出したのではなく、自主的に付いてきた二人だ。
「空気が綺麗ね」
砂漠地帯のあるレインハート王国は咳き込んでしまうほどに乾燥している地域もあるが、グリンロッド王国は寒冷地とあって空気が清らかで澄んでいる。
しかし、肺いっぱいに息を吸い込むと別の意味で咳き込んでしまうことが残念だった。
「お初にお目にかかります。シエナ王国の聖女様」
背後の侍女が顔を見合わせている時から嫌な予感はしていたが、ティアナの直感は正しかった。
華麗にカーテシーしたのは、かつてティアナをレインハート王国に追放すべく画策した偽物の聖女、処刑直前には傾国の魔女と呼ばれた――マシュリ・ヒートロッドにそっくりの少女だった。
「………………」
「いかがなさいましたか?」
「っ、え、あ……い、いえ」
あまりの衝撃に絶句してしまったティアナは外気の寒さとは別の理由で、冷や汗を流し、手足を冷たくした。
「グリンロッド王家と双璧を成す王族、グリムベルデ王家のシュナマリカ・グリムベルデと申します」
限りなく黒に近いディープブルーの髪揺れる。
その笑みはマシュリを彷彿させるもので、ティアナの過去を呼び起こすには十分な威力を持っていた。
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