第47話 ミラジーン、押し殺す
結局、ティアナとザラザール王子の会談は実現しなかった。
なんでも製鉄作業が忙しいとか。
その代わりにレインハート王国との繋がりを持とうと目論む、ザラザール以外の王子や王女に
邪険に扱うような真似はしなかったが、ティアナが話したいのはザラザールだけだ。
あの謝罪式の日にミラジーンに「嫁になれ!」と言っておきながら、その後は音沙汰なくドラウトもどうしたものかと途方に暮れていた。
「ミラジーンのことは本国に戻ってから考えよう。ジンボ王から転移魔法の使用許可を得たから僕とティアナとミラジーンは先に帰国する」
国王が何日も国を空けるわけにはいかない。
今回はクラフテッド王国が謝罪したいということで足を運んだだけで目的が達したのであれば長居は無用だ。
本当なら謝罪式の翌日はドラウトと一緒に活火山の視察をする予定だったが、ザラザールのせいで全ての予定が狂った。
「あの、レオーナちゃんをお願いします」
友達の飛龍を信頼のおける騎士に任せ、ティアナはドラウトの転移魔法でクラフテッド王国を後にした。
転移魔法は非常に便利だがドラウトの身体を考慮すると頻回に使って欲しくないというのがティアナの本音だ。
ドラウトもティアナの願いを聞き入れ、以前ほどは多用しなくなったが急用時や緊急時には無意識のうちに使ってしまっているのが現状だった。
何はともあれ、久々の私室は落ち着く。
この数ヶ月でティアナの部屋の装飾品は大きく変化した。
シエナ王国ではケラ大聖堂の物置部屋で過ごしていたから家具なんて使ったことがなかったが、レインハート王国の王宮に移り住んでからは身分にあったものを、と商人が押しかけ高級な家具をおすすめしてくるのだ。
どれもが一級品でデザイン性にも機能性にも富んでいる。しかし、ティアナはゴテゴテした装飾を苦手だと言ってシンプルなものだけを揃えるようになった。
おかげでキュウサ領にあるお屋敷で過ごした部屋と変わらない内装になってしまった。
ドラウトとしてはもっと贅沢をして欲しいと言うが、ティアナにとっては十分裕福な生活を送ることができていた。
「こうして髪を解とかすのもあと数回なのですね」
当たり前になった湯浴みの後、いつものようにミラジーンに髪の手入れをお願いしているとそんなことを言われた。
「……ミラジーンは納得しているの?」
「わたくしは貴族であり、女です。こうなった場合は覚悟を決めるだけです」
それに……と鏡の中で柔らかく微笑むミラジーンがこのまま消えてしまいそうで胸が苦しくなった。
「本来であればこの場にわたくしは居ません。ティアナ様のおかげで永らえた命です。これを
「ミラジーンには好きな人はいないの?」
「いますよ。ティアナ様です」
「もう! そうじゃなくて」
ミラジーンの手が止まり、そっと肩を撫でてくれた。
「この体も魂も全てティアナ様のものです。ティアナ様のためなら、わたくしは何だってできます」
「そんな……ダメだよ。もっと自分を大切にしなきゃ」
「もったいないお言葉です」
ティアナの瞳から零れ落ちる涙を拭う動きにも無駄がない。
決して傷つけないように優しく指を滑らせてくれる。
「ミラジーンにとっての幸せってなに?」
「ティアナ様に尽くすことです。おやすみなさい、ティアナ様。また、明日の朝起こしに参ります」
「……眠れないかも」
「子守歌でも?」
「迷惑じゃないなら」
「もちろんです」
普段は王妃、聖女として気丈に振る舞っていたとしても中身は世間知らずの少女だ。
誰よりも時間を長く共有しているからこそ、ミラジーンとの間に余計な気遣いも遠慮も意地もいらない。
ミラジーンはティアナが寝付くまでずっと手を握ってくれていた。
◇◆◇◆◇◆
※ミラジーン視点
命の恩人で、主人で、聖女で、王妃である少女は純粋で感受性の豊かな子だ。
初めて会った時は何も知らないただの可哀想で
しかし、儀式当日に雨を降らし、生贄は不要だと言ってくれたあの背中の頼もしさは脳裏に焼き付いて一生忘れることはできない。
レインハート王国の問題を見極め、解決に導き、国民の支持を得ていく姿は眩しくて、ドラウトとの心の距離を詰めて寵愛を賜っていく姿には畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
自分を追放した国とその原因を作った者達へ制裁を加える際も、最後まで目を背けずに行く末を見届ける胆力は脱帽ものだ。
その上、シエナ王国を見捨てるのではなく、豊かになるようにと精霊に祈りを捧げたという。
極めつけはドラウトの呪いだ。短命の定めを背負ったレインハート王家の呪いを緩和するなんて規格外にもほどがある。
当時ベッドも見たことがないと言っていた小娘がレインハート国王の命を救い、国民は装飾禁止とされていた
そんな尊い方をお守りできなかった。
これはミラジーンにとって許しがたい出来事だった。
自ら命を絶とうかと思い詰めるほどの大事件だ。
ティアナたっての願いでまだ従者を続けられているが、敬愛する主人を守れないなら騎士なんて名乗るものではない。
ミラジーンは騎士団からの除名にも、称号の剥奪にも文句は言わなかった。
あの日、二度と剣は握らないと誓ったのだ。
ただティアナの側で、ティアナのためになることができれば、それだけで幸せだった。
「ミラジーン」
ティアナが寝入った後、退室したミラジーンを待っていたのはドラウトだった。
「クラフテッド王国に探りを入れ、有益な情報を持ち帰ります。偽物の
ドラウトの表情は読めない。
自分は駒だ。
ティアナのためならこの身体がどうなろうとも
「万が一、ザラザール王太子と気が合うのならレインハート王国のことは忘れて、クラフテッド王国で暮らせ。これまで他者が想像できないくらいの苦労をかけた。お前には幸せになって欲しい」
「……え?」
「それが僕の想いだ」
言葉が出てこなかった。
「……ティアナ様は?」
「ティアナもお前の幸せを願っている。リラーゾに何を言われたか知らないが、自分の心に従え。お前を他国に出すことは我が国にとって大きな損失なのは事実だ。だが、一人の女性として他国の王太子の妻になるというメリットも考えて欲しい」
考えてもみなかった。
確かにドラウトの言う通り、次期クラフテッド国王にもっとも近い男の妻になるかもしれないのだ。
つまり、ティアナと同じ王妃の立場となる。
「僕は何も命じない。ザラザール王太子が嫌になればいつでも戻って来ればいい。僕が責任を負うし、お前の席は空けておく。以上だ」
踵を返したドラウトが背中を向けたまま語りかける。
「あの日、きみを供物にしたことを謝罪する」
「いえ。わたくし以上の適任はいませんでしたから」
ドラウトはそれ以上は何も言わずに行ってしまった。
強がっているミラジーンが廊下の窓から月を見上げ、声を殺し、様々な感情の入り混じった涙を流していることに誰も気づけなかった。
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