第46話 聖女、謁見する

 翌日、ティアナはドラウトを抜きにしてジンボ王との謁見えっけんを願い出た。


 今日のティアナはドラウトの妻、つまりレインハート王国の王妃という立場ではなく、聖女としてこの場にいる。


「お忙しい中、お時間をつくっていただき、ありがとうございます」

「何を言いますか。こちらからお呼び立てして何のお構いもできず申し訳ない」

「王宮の皆様にも、案内役にと選出していただいたご令嬢にも大変良くしてもらっています。感謝を申し上げます」


 恐縮するジンボの対面に座るティアナは極力、緊張感を与えないように微笑む。

 王族同士ならもっと仰々しい対談になるが、二人とも元は平民だからこっちの方が話しやすいだろう、とお互いに気を遣った結果だ。


「活火山をそっとしておいて欲しいというのはどういう意味でしょうか」


 先手を打ったのはティアナ。


 貴族や王族特有の遠回しで腹の底を探るような聞き方はしない。

 無礼だが、こっちの方が話が早いことをレインハート王国に来て学んだ。


「昨日は申し訳ない。あのバカ息子……正確にはわしの子ではないが、ザラザールはクラフテッドで一、二を争う鍛治師なのです。彼奴あやつの打つ剣や農具はどれもが一級品。その鍛治に必要な火力は活火山――ペロル・パタパリカのマグマによって捻出されているのです」


(余計なことをされて鉄を打てなくなると困るということね。言葉足らずな人ってどこの国にもいるんだ)


 当初のドラウトを思い出してほくそ笑む。


「な、なにか?」

「いいえ。少し昔のことを思い出してしまって。ところで、ザラザール王太子殿下の剣は売れるのですか?」

「……………………」


 重々しい空気が漂う。

 かつてのティアナなら根を上げていたが、王族となり、日々国政に関わる会議に出席すれば慣れるというものだ。


 そんな涼しげな娘の姿にジンボ王は恐怖した。

 質問の一つ一つが鋭く、嘘はすぐに見抜くぞ、と脅されているかのようだ。目の前にちょこんと座っている少女が賢者のように思えた。


「あれの作品は売れます。今やクラフテッド王国の財を支えているのは彼奴あやつの造る農具や刃物です。ナビラ王国もシエナ王国も、レインハート王国でも我が国の刃物で獣を狩り、魚をさばき、土を耕していますよ」


 それは知りませんでした、とティアナ。

 危険な刃物を持つことはドラウトから禁じられており、農作業などもっての外だ。だから知りようがなかった。


 ふと、手元のティースプーンに手を伸ばす。


「これもですか?」

「えぇ。今、出回っているスプーンから蝋燭ろうそく立てから王宮の門まで全て彼奴あやつが造り直したのです。量産してからはデザインに関わるだけですがね」


 レインハート王国で使っている食器はもっと軽い。

 最初こそ重みを感じたが、慣れるとこちらの方が使いやすいことを実感していたところだ。


 感心していたティアナだが、再びジンボ王を見つめて不敵に微笑んだ。


「それで剣は?」


 ぞっとした。

 まるで、「わたしの求める答えが返ってくるまで居座り続けますよ」と目が訴えかけてくるようだ。


 ジンボは意図的に話題をすり替えたとしても聖女には通じないと悟ってしまった。


(あの剣は何に使うんだろ。今は停戦中のはずだから不要なはずだけど)


 一方、ティアナはただの興味本意から聞いているだけなのだが、必要以上に細められた瞳は誤解を生みやすい。

 まんまと幼少期からの癖に騙されたジンボは観念して語り出した。


「……いざとなればナビラに売ります。必要であればシエナやレインハートにも。グリンロッド王国が動くならそれくらいの圧力をかけなければならんのです」


 自分に関わる二つの国も戦火に焼かれる可能性があることを知ってしまえば、聖女ティアナとしても黙っていられない。


「ご教示ありがとうございました。次はザラザール殿下とお話してみますね」

「わしから呼び出そう。奴は滅多に工房から出てこん。乗り込んだ方が早いのです」

「では、お願いします。ときに陛下、そちらの絵画はこの国の守神ですか?」


 玉座の後ろにある壁にかけられた巨大な絵。

 噴火する火山を背景に、立ち上がった獰猛どうもうな獣が牙を剥き出しにして爪を振りかぶっている。

 得体の知れない獣が描かれていた。


「はい。"憤激ふんげき"という名の絵です。今はもう誰が描いたのか分からず、ずっと昔から玉座の後ろに飾られている代物です」

「立派ですね。こちらの神様のお名前は何と仰るのですか?」

「アグニルです。ペロル・パタパリカ火山の火口に宿り、クラフテッド王国を守っているという言い伝えです。ですが、今の王国民は誰も信じていません」

「あら。なんだか寂しいですね」

「シエナ王国には信仰する神はいないそうですが、ティアナ殿下は神を信じていますか?」


 それはもう。普段から龍神が足に巻きついていますから。

 という言葉をなんとか飲み込み、こくりと頷く。


「火山灰などの被害が少ないのであれば、それはアグニル様のおかげかもしれませんね」

「はははっ。それは風の流れによるものです。我が国を守るのは我が国の技術のみですぞ」


 魔法も聖女の力も神のいたずらも実際に体験しなければ、すべて奇跡という言葉で簡単に済ませることができる。


 ジンボ王との話は平行線を辿ると早々に見切りをつけたティアナは再度、感謝を述べて謁見えっけんの間をあとにした。



◇◆◇◆◇◆



 仮住まいの客間に向かう道中には必ずあの庭園が現れる。

 昼間は日が差し込み、青々とした庭園だ。そこにあるレンガ造りの通路の先を視線で追う。


「あっ」


 造花クラフトローズを指先でいじっていた少女と目が合った。

 一昨日の夜に出会った少女だ。


 夜だと分からなかったが、切り揃えられたショートカットの髪は真っ赤で、無表情のまま造花を弾く姿は人形のようだった。


「先日の夜に出会いましたよね」

「あ、綺麗な宝石の人」


 簡単に話しかけたが、王宮にいるということは王族の可能性が高い。

 もしも、ティアナよりも格上の貴人だったならば、国際問題に発展しかねない。


「ご安心ください、ティアナ殿下」


 ティアナの心を読んだかのように背後からの侯爵令嬢の助言にほっと胸を撫で下ろす。


「あ、その指輪」


 一瞬のうちに様々なことを考えていたティアナの思考が途切れた。

 赤髪の少女は子犬のようにしゃがみ込み、ティアナの左手の薬指にある乾宝石かんほうせきをあしらった結婚指輪を凝視していた。


「古来クラフテッド王国の風習……?」

「そう! そうなのです。ご存知なのですね! ここに来て、誰も指摘してくれないからてっきり知られていないのかと不安だったのです」

「いいなー」

「良かったら――」


 そう言って薬指から外した指輪を渡すと、少女は躊躇ためらってからごくりと喉を鳴らし、ティアナを上目遣いに見て、指輪を受け取った。


「……精巧な宝石。クラフテッドにはない加工技術。これが本物の乾宝石かんほうせき


 一昨夜はティアナのネックレスしか見えなかったからか間近で本物を見た少女は息をのみ、目に焼き付けるように食い入るように見つめた。


「ありがとう。貴重な体験だった」

「どういたしまして。我が国の宝石を気に入ってもらえて嬉しいです」


 ティアナがそっと手を伸ばす。


「ティアナ・レインハートです」

「……ティアナ…………聖女ティアナ……?」

「はい。でも、そんなに畏まらないでいただけると嬉しいです」

「分かった」


 侯爵令嬢が焦っていることも気にせず、少女はティアナとがっちり握手を交わした。


「ギギナフィス。この庭園の管理者。ギギでいい」

「では、わたしのこともティアナと呼んでください。ギギさん、また宝石についてお話をしましょうね」


 これがレインハート王妃とクラフテッド王女との出会いなわけだが、ティアナはもっと後になってからギギナフィスの正体を知ることになる。

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