第45話 聖女、嫉妬する

 謝罪式を終えたティアナは来訪したドラウトに椅子を勧めた。


「昼間のお話はどう思われますか?」

「クラフテッドの天災の件かな? それともミラジーンの件? まさか、あの小生意気な王子の件か?」


 どんどんドラウトの不機嫌さに拍車がかかる。


 そんなにザラザール王太子殿下のことが嫌いなのね、とティアナは苦笑しながら紅茶の準備を始める。

 普段はミラジーンをはじめとする侍女やメイドがやってくれるが、二人きりの時はドラウトに出す紅茶は自分で淹れると決めているのだ。


「どうぞ。レインハート王国の茶葉とは違って少しクセはありますが、こっちも美味しいですよ」

「どんな場所だろうが、どんな茶葉だろうが、ティアナの淹れる紅茶は絶品だよ。うん、美味しい。ありがとう」

「ドラウト様……」

 

 異国の地であろうとお構いなし。ここにリーヴィラが居たならば、体をピンク色に染めながら小言を言ったに違いない。


 んんっ、と可愛らしく咳払いして話を戻す。


「天災の件は意外でした。まさか、要らないと言われるなんて」


 シエナ王国では役立たずの雨女と呼ばれていたティアナだが、存在を否定されたことはなかった。

 それに、事前にリーヴィラから聞いている話とも異なる。


「僕にとって、なくてはならない存在であるティアナになんて無礼な奴だ。思い出しただけでイライラする」

「まぁまぁ。落ち着いて下さいね」


 愛する人にそっと手を握られれば、ドラウトのざわついた心も自然と落ち着く。

 そこに適温で注いでもらった紅茶をひと啜りすれば、まるで春風の中にいるようだ。


 これがレインハート王国で平民の出自でありながら王妃となったティアナが一目置かれる最もな理由である。

 もちろん、聖女であるというのはアドバンテージだが、身分に関係なく誰にでも優しい人柄と芯の通った言動は国民から支持を得ている。


 そして、叔母であるルクシエラ公爵にも時には反発するドラウトを本当の意味で扱える唯一の女性ヒトとしてレインハート王国にとってなくてはならない存在なのだ。


「ザラザール殿下がお持ちになったあの大剣はなんでしょうね」

「詳しくは分からないが、話から察するに戦で使うのだろうな。あんな取り回しの効かない剣が狩りに向くとは思えない。売れれば、金にもなると言っていたしね」

「……グリンロッド王国との戦ですか?」

「魔法適性の有無は確執を生む。僕だってシエナ王国の差別的な発言に思うところがないわけではないが、あの国とは元より同盟関係で今は僕の支配下だ。まぁ、いつ寝首を掻かれるか分からないけどね」


 冗談交じりにウインクするドラウトを「悪いご冗談ですわ」とたしなめる。


「わたしが出て行くことで戦の勃発を止められると良いのですが……」

「それは無理だ。聖女不在で始まった戦ではないわけだからね。そういえば、なぜ両国は争うようになったのだろうか」

「魔法適性の有無ではないのですか?」

「もしかすると魔法適性の有無よりももっと根強い何かがあるのかもしれない」

「本国に戻った際にリーヴィラ様に聞いてみますね」

「頼む」


 再び、紅茶を啜るとドラウトは瞳を閉じたまま、小さくため息をついた。


「目下の問題はミラジーンか」

「はい。先ほどのあれは、見初められたということでよろしいのですよね?」

「だろうな。さて、どうするか……」

「ミラジーンは嫌がるとお思いで?」

「うん」


 即答されたティアナ思わず笑ってしまった。


「わたしも同じ意見です。しかし、相手は王族ですよ」

「断ることも可能だが、王国の内側を探るなら絶好の機会だ」

「……ミラジーンを密偵にする、と?」


 ティアナの目がいつになく鋭くなり、声が低くなる。ドラウトの隣にいる影響か、それとも鳴りを潜めていた本性か。

 ティアナの追求の瞳をドラウトはしっかりと受け止めた。


「僕としてはミラジーンがティアナのように他国で結婚し、幸せになってくれるのならそれに越したことはない。だけど、リラーゾはこの機会を逃さないだろう」

「……そうですか」

「まずは彼女の意思を確認してからだ。騎士の任を解かれたことを根に持っているだろうし」

「それは、まぁ……。でも、切り替えていますよ。今では立派な侍女として務めを果たしてくれています。それこそ、愚直すぎるほどにです」

「実直な女性だ。生贄の儀式の供物として選出されるほどの魔力量を持ち、剣の腕も立つ。ティアナも信頼を寄せているし、失いたくはない人材なのは事実だ」


 それに、とドラウトが重々しく続ける。


「彼女に命令を下し、爵位を与えたのは僕だ。今更と本人は言うかもしれないけど、人並みの幸せを掴んで欲しい」

「……ドラウト様はミラジーンに甘いですよね」


 その拗ねたような物言いにドラウトが目を見開くと、ティアナは眉間にしわを寄せ、「なんだろこの感覚……」と不思議そうにざわつく胸元をさすっていた。


 滅多に嫉妬しないティアナの珍しい姿にドラウトの胸が高鳴る。


 そして、気づけば抱き締めていた。


「えぇ!?」

「今日も可愛いよ、ティアナ」


 あたふたするティアナの潤った唇に吸い込まれる。


「ドラウト様、あと数日で帰国です。それまでは……」

「我慢できないと言えば、ティアナは怒るかい?」

「……怒りはしませんが、その……困ってしまいます」

「妻を困らせるつもりはないよ」


 もう一度触れるだけのキスをして椅子に腰掛け直したドラウトは、ふと思い出したように問いかけた。


「そういえば、ティアナは怒らないのか?」

「怒る? そうですね。大切な人をないがしろにされたら怒るかもしれませんね」


 人差し指をあごに当てて思案していたのはほんの数秒で、ゆったりとしているのにしたたかな声色と細められた空色の瞳にドラウトは身震いした。

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