第48話 聖女、手紙を受け取る

「ミラジーンからの手紙ですって!?」


 ミラジーンだけをクラフテッド王国に送って一週間。早くも小飛龍便が届いたという一報を聞きつけたティアナがドラウトの元に駆けつけた。


「先に封を開けさせてもらった。ティアナ宛ての手紙は未開封だから安心してくれ」

「はい、ありがとうございます」


 ドラウトから渡された折りたたまれた羊皮紙を胸に抱き、小走りで私室へ。

 静かに扉を閉ざすとティアナは待ちに待ったミラジーンからの手紙を開いた。



◇◆◇◆◇◆



 親愛なるティアナ妃殿下。


 不躾とは存じますが、ティアナ様のお気持ちが少し分かったような気がします。

 見知らぬ他国でひとりぼっちというのは想像以上に精神的に参るのですね。


 ここでは甲冑ではなくドレスを着て、剣ではなくベルを持っての生活です。

 頼れるのは自分の身ひとつ。わたくしには魔法という最終手段がありますが、あの頃のティアナ様の不安は計り知れません。


 あの日、もっとティアナ様にかけられる言葉があったのではないか、もっと安心できる魔法具を差し上げるべきではなかったのかと後悔ばかりです。


 話は変わりますが、誰よりも近くでティアナ様を見てきたと自負しているわたくしです。ティアナ様とドラウト様の関係が当たり前だと思っていたのですが、そうではないようです。

 あの王太子はわたくしに「嫁になれ」と豪語しておきながら滅多に王宮に顔を出すことはなく、甘い言葉をかけることもありません。


 一度だけ髪を褒められました。なぜ、髪なのでしょう。

 他に褒める箇所がなかったから一番最初に目についた髪を褒めたということでしょうか。

 そんなに見てくれが悪かったとは気づきませんでした。そうですよね。この20年、ずっと男に混ざって剣を振ってきたのです。魔力は十分だったとしても魅力はないのでしょうね。えぇ、分かっていました。


 失礼いたしました。

 今更、消せないので見なかったことにしていただけると幸いでございます。


 話を戻します。王太子とは食事を共にすることもなければ、出かけることもありません。

 なぜなら王太子は毎日、睡眠時間を削ってまで工房に入り浸っているからです。


 なんでも、ペロル・パタパリカ火山から出るマグマの量には周期があるようで、しばらくすると供給が止まるようです。


 では、止まったマグマはどこにいくのか?

 

 その答えは聡明なティアナ様なら簡単に考えつくのでしょうが、わたしくは観念して質問しました。


 するそうです。


 ペロル・パタパリカ火山から噴出したマグマは何百年も前に造られた専用の通路を通って、安全に流れるようです。

 ただ、火山灰からは逃げられないので逆に利用して上質なワインを作っているとのことでした。


 クラフテッド王国民にとって火山は危険なものという認識は薄く、そこにあるのが当然でリスクも受け入れるというのが常識になっているようです。


 この情報が聖女様としてのご一考の手助けになればと存じます。


 追伸。

 この求婚には裏があります。

 何があるのか分かりませんが、そんな気がするのです。

 曖昧で混乱を招くことをお伝えするべきではないのですが、わたくしの直感をどうしても信じていただきたいのです。



◇◆◇◆◇◆



「……ミラジーン」


 感動的な内容から、愚痴、貴重な知見、女の勘と情報量の多い手紙を読み終えたティアナは椅子に体を預けてひと息ついた。


「リーヴィラ様、クラフテッド王国の天災はどうするのが正解なのですか?」


 足首に語りかけると、ひんやりとした感覚が太ももを伝って肩まで上ってきた。


「そりゃ、マグマの冷却と消火だ。その気になれば火山湖にしちまえばいいのさ」

「湖になった時代もあるの?」

「あるぜ。あるけどオススメはしねぇよ。ブチギレたアグニルなんて相手にしたくねぇもん」


 今日も飄々ひょうひょうとしているレインハート王国の守神がケラケラ笑いながら教えてくれた。


「そのアグニル様はクラフテッド王国の守神なのでしょう? なぜ噴火するの?」

「シエナ王国と一緒さ。ガス抜きしないと大爆発して国……いや、大陸が吹っ飛ぶからだな。それを阻止してんのがアグニルだ」

「いい神様なのね」


 リーヴィラは何も答えなかった。


「もう一度、クラフテッド王国に向いたいの。次はリーヴィラ様もご一緒していただけますか?」

「残念だけど無理だな。クラフテッドは遠すぎる。隣接するシエナとナビラならいいけどよ。これ以上、離れると王国の気候を調整できねぇ」


 かつて日照り国と呼ばれたレインハート王国の姿はない。

 今では適度に雨が降り、気温も安定している。

 きっかけを作ったのはティアナだが、維持を続けているのはリーヴィラだ。

 だからこそ、ティアナは自由に他国へ行き来できるようになっている。


「あ、そうか。今はリーヴィラ様の管轄だものね」

「そういうこと。怒りっぽい奴だけど、アグニルもいきなり食ったりはしねぇと思うぞ」

「一度話してみる。他に気掛かりもあるし」


 アグニルの問題は聖女の領分だ。


(両方が納得しないまま結婚なんてして欲しくないわ)


 そう強く思うティアナはザラザール王太子とも話して、ミラジーンの不安を払拭してあげる事こそが主人であり、王妃である自分の役目だと意気込んだ。


「坊ちゃんはどうする?」

「ドラウト様にもお話するけれど、お手をわずらわせたくないし。さすがに一人で行くっていうのはマズイですよね?」

「激マズだな。でも、移動手段がないわけじゃないよな」


 ニンマリと笑うリーヴィラを見て気づく。


「わたしはリーヴィラ様の手のひらの上なのでしょうか?」

「さぁ〜な〜。偶然にもレオーナはステルススキル待ちの個体種だからな〜。坊ちゃんと喧嘩でもして王宮に帰りたくない日はどこへだって逃避行できるぜ」

「お互いの意見を言い合うことはあっても、喧嘩なんてしないわ。愛しているもの」

「かーーーーーっ!」


 例によってリーヴィラの体が純白からピンク色へ染まる。


 ティアナとしてはリーヴィラの思い通りに物事が動いている気がして釈然としない。

 だけど、一人でも動けるように裏で手が回されているなら好機だ。


 ティアナは再びクラフテッド王国へ向かうとドラウトに伝え、図らずとも夫の悩みの種を増やすことになった。

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