第72話 ドラウト、徹底的に潰す
ティアナが天空の城で鳥神ザクスと対峙している間、地上は天変地異に見舞われていた。
生活に支障をきたすほどの氷点下の気温となったグリンロッド王国。
雪の積もる地面は鮮血で塗れていた。
「"グリムベルデ家の血を継ぐ者同士で殺し合え"」
ドラウトの言霊魔法はグリンロッド王国全土に届けられ、各地に潜んでいるグリムベルデ家の者を血祭りにあげた。
老若男女お構いなし。
身内同士だからこそどこに誰が嫁いだのか、誰との間に子を成したのか全て把握されている。
現代史における魔女狩りのように告発されることも、自白を強要されることもない。
ドラウトは自分の手を汚すことなく、そして時間をかけることも、無用な殺生をすることもなく、ただグリムベルデ家だけを殲滅した。
「あ、あぁ……なんてことを。我が一族が……。聖女様の血を飲まなければ!」
魔法具――
ドラウトはシュナマリカを惨劇のど真ん中に置き、身内の阿鼻叫喚を聞かせ続けた。
尊厳も権利も全てを捨て去ってグリムベルデ家を大きくするという義務を背負って産まれ、生きてきた家族が命乞いをしながら殺し合う。
シュナマリカにとって何よりも辛い拷問だった。
「ほら、次だ」
冷徹な声に敏感に反応したシュナマリカ。
彼女の前に放り出されたのは、未来のグリンロッド王国を統治するはずだった六人の王子たちだった。
当然、シュナマリカには見えない。
しかし、彼女の名前を呼び、命乞いをする声は紛れもなく同胞が産んだ子供たちに間違いなかった。
「現グリンロッド王を強姦した六人のグリムベルデの女が一人ずつ産んだらしいな。この中の誰が次期国王になってもグリムベルデ家は王権を手に入れられたというわけだ」
「………………」
「グリンロッド王は自らの恥を晒すことを良しとせず黙っていたようだが、僕のティアナが気づいてくれたんだ。フェニーチェ・グリンロッドだけは顔つきも雰囲気も他の六人とは明らかに異なると教えてくれたよ」
シュナマリカの前で一人また一人と王子が命を散らしていく。
余りにも惨い光景にある者は吐き気を催し、ある者は腰を抜かした。
それでもドラウトの言霊に縛られたグリムベルデたちは
「欲しいものは王権、家、聖女だったか。残念だったな。ティアナに手を出さなければ二つは手に入ったものを。貴様もマシュリ・ヒートロッドのこと悪く言える立場ではないな」
無言で俯くシュナマリカの表情が絶望に歪む。
ドラウトは血の涙を流すシュナマリカを横目にグリンロッド国王の息子たちが絶滅する様を見続けた。
「あのガキがいなければ……。元々ザクスの依代だった純血のフェニアス王を陥落できたと思えば、どこからともなくやってきて……新たなザクスの依代などと! どこまでも我らを
「あの子はフェニアス・グリンロッド王の親類ではあるが、存在は知らなかったらしい。そこに横たわる王子たちと違ってグリンロッド王家の正当継承者だ。そんな子と仲良くなるとは、相変わらず妻の審美眼には驚かされる。益々、好きになってしまうよ」
「そんな血塗られた手で聖女様を抱くなど言語道断!」
「さて、そろそろフィナーレだ。最後に言い残すことはあるか?」
シュナマリカを囲むグリムベルデの女たち。
皆、全身傷だらけで生きているのが不思議なくらいの致命傷を負っている者もいる。年齢は様々だが自慢の魔法を使って同族と殺し合い、生き残った
「我らはどこにでもいる」
ドラウトは最後まで冷徹非道の仮面を脱ぐことはなかった。
一切、表情を変えず、海も凍るほどの極寒の地に佇み、グリムベルデ王家が滅亡していく様を見届けた。
これがティアナのために、グリンロッド王国のために、大陸のために正しい行いだと判断したからこそ迷いはなかった。
「グリムベルデ王家は、歴代の聖女に対して監禁、拷問を繰り返し、尊い存在であるべき聖女の尊厳を傷つけた。何より当代の聖女であるティアナ・レインハートに精神的苦痛を与えたとして貴様たち一族を滅する」
「たかが一国の王が偉そうに! 私たちを裁く権利があるのか!」
「知らないのか? 僕はシエナ王国も統治しているんだ。今この国にはシエナ王国のヘンメル国王の使いでケラ大聖堂の修道士が来ている。今頃、貴様たちの自慢の家をしらみ潰しにしている頃だろう」
「……こんな横暴が許されると思うか⁉︎ 他国で殺戮を起こしたと国民が聞けば、どんな評価を下すでしょうね!」
「証拠は後からいくらでも出てくるさ。まずは目障りな貴様たちを排除するまでだ。ティアナと僕が過ごすこの大陸で貴様たちのような薄汚いメスが走り回っているのは不愉快でね」
やっと笑ったドラウト。
しかし、その笑みはどこまでも冷酷で、ティアナに向けるものとは雲泥の差があった。
「"シュナマリカ・グリムベルデを刺し殺し、貴様たちも自害せよ"」
響き渡るシュナマリカの絶叫を最期にグリムベルデと血の繋がりを持つ者はこの大陸からいなくなった。
グリムベルデ家断絶の瞬間である。
動かなくなったシュナマリカを確認した後にドラウトが息を吐く。
さっきまで真っ白だった吐息に色はなく、じっとりと汗ばんでいることに気づいた。
厚手のコートを脱ぎながら空を仰ぐと何千年も降り止むことのなかった雪は止み、雪雲の切れ間から太陽の光がさした。
この日、グリンロッド王国の空には初めて虹が架かり、長きに渡る王権争いが終結したことを王国内に知らしめた。
そして、天女のように空から舞い降りてくるティアナの元に駆け出したドラウトには安堵の笑顔が戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます