第84話 聖女、丁重にお断りする

 ドラウトの転移魔法でレインハート王国に戻ったティアナはすぐに部屋に引きこもり、その理由を誰にも語らなかった。


 普段からミラジーンとナタリアが主にティアナの身の回りのお世話をしているが、他の使用人たちが関わらないわけではない。

 あの二人が居ないなら別の侍女やメイドが何かと気を利かせてくれるのだが、ティアナはそれら全てを断った。


 暗がりの部屋でキングサイズのベッドに横たわり、重い吐息をはく。

 右手は無意識のうちにお腹をさすっていた。


「……よぉ」

「リーヴィラ様。お話は聞こえていましたね」

「あぁ、その、なんて言ったらいいか……」

「お気遣いは無用です。これはわたしが乗り越えないといけない問題ですから。気持ちの整理がつき次第、ナビラ王国に戻って受胎抵抗薬の解毒薬を探します」

「そ、そうだな。オレも手伝うよ。ナビラ王国ならオレが行ってもレインハート王国の気候は崩れないだろうし」


 ティアナが見ているもの、聞いているもの全て共有しているからこそ、リーヴィラたちは迂闊なことを言えなかった。


『そんなものはないのよね。いくら大陸広しと言えど、秘術中の秘術で生成される魔法薬を解毒できる薬なんてないのよ』


 しかし、同じ境遇の聖女であれば言葉は選びたい放題だ。


「……誰?」


 ティアナの声がより一層低くなる。

 声はティアナの頭の中だけに響き、姿は見えない。しいて言うなら小さな光がティアナの周りを飛んでいるくらいだ。


「あなたも元聖女なのね。わたしを見守ってくれている精霊の一人?」

『助言してこいって言われて来ただけの名もなき精霊さんよ』

「助言?」

『ナビラ王国帰りの聖女を慰めるのが私の役目なの。あの薬はどう足掻いても解毒できません。そもそも毒じゃないもの』

「じゃあ、みんな傷ついていたってわけね」

『特に好きな人がいる子とか、子供が好きな子とか、女とはお世継ぎを産んでなんぼって考え方の子とかは結構落ち込むわね』

「あなたは?」

『私は別に、へ〜って感じだったわ。生まれながらの聖女でずっとケラ大聖堂で育てられたから夜の所作とか知らなかったし。それにナビラ王国の居心地が良くて一番長く滞在していたくらいだからね』


 あっけらかんとしている精霊はティアナの頭の上に乗り、より一層強く光を放った。


「先代の聖女はナビラ王国に行ってないって聞いたけど」

『あぁ……あの子は恋に生きたから。聖女としてケラ大聖堂に来たのも成人してからだったし、力をコントロールして隠すのが一番上手だった』

「その人はどの国にも行かなかったのね」

『それどころか歴代の聖女が引き継いできた聖女の書を燃やして、愛の逃避行を始めたの。懐かしいな。みんなで見守ってたなぁ。ま、最後はナビラ王国の猟犬部隊に見つかって殺されちゃったけど』

「……そうなんだ」

『でも、あれはあれで幸せだったのかなぁ。最後まで相手の殿方と手を繋いだまま生き絶えたから。幸せの形は人それぞれだなって思ったよ』

「わたしはどうすればいいの? こんなことドラウト様には伝えられないわ」


 黙りこくった精霊は光を落とし、点滅を始めた。


『シエナ王国に戻っておいでよ』

「ドラウト様をお一人にしろっていうの?」

『聖女は各国の神と会って、天災を収め、精霊殿で過ごす。これが常識。あなたの先代もあなたもレールから外れたから悩むのよ』

「悩むのはいけないことなの? わたしたちは聖女だからという理由だけで幸せになれないの?」


 ティアナの独り言しか聞こえていないリーヴィラが小さな体を巻きつけた。

 しっとりひんやりとした蛇の体に触れられ、ティアナの熱が冷めていく。


「落ち着けって嬢ちゃん。聖女にとっての幸せが嬢ちゃんの幸せとは限らねぇ。オレたちは今回初めてエルシラの所業を知ったんだ。歴代の聖女全員ってことはヘカテリーゼもだろ? お前が何代目の聖女か知らねぇが答えろよ」


 ティアナが目配せすると精霊は足を組んで、やれやれとジェスチャーした。


『リーヴィラ様は何も知らされていないのですね。ヘカテリーゼ様とエルシラ様との間で交わされた約束を――』


 残念そうに目を伏せる精霊の言葉をリーヴィラに伝えるべきか悩んだ。


 リーヴィラたちが始まりの聖女ヘカテリーゼと深く関わっていたことは察しているが、その関係がどのようなものだったのか教えてもらっていないからこそ不用意に伝言できなかった。


『いいですか、聖女ティアナ。それは呪いではなく加護です。我ら聖女を守る唯一の方法が受胎抵抗薬。ヘカテリーゼ様がエルシラ様に望んだのです。この身を絶対に受胎しない体にするように、と。そして、これから現れる聖女にも同様に魔法薬を与えるように、と』

「そんな! どうしてそんなことを!?」

『聖女は世襲制ではなく、100年に一度、ヘカテリーゼ様に選ばれた娘が聖女としてこの世に生を受ける。聖女の子が聖女なら簡単に悪い男の喰いものにされるでしょう?』


 ぞっとした。

 これまでティアナはケラ大聖堂という閉鎖的な空間で育てられ、レインハート王国に渡ってからはドラウトによって守られてきた。


 身近な男という生き物はドラウトとリラーゾくらいで外交するようになってからジンボ王やザラザール王太子といった殿方と出会うようになった。

 彼らはティアナに危害を加えるような人ではなかったが、よこしまな考えを持つ輩がいてもおかしくはない。そう考えるとおぞましくて全身の鳥肌が立った。


『万が一、体を傷つけられても最悪の事態は避けられる。これこそがヘカテリーゼ様とエルシラ様の愛なのですよ』


 絶句するティアナを横目に精霊は続ける。


『他国訪問が終われば、あとは精霊殿にこもるのが最も安全というわけです。聖女以外は立ち入ることができず、元聖女の精霊わたしたちがずっとそばにいるから寂しくもならない』


 一度、精霊殿に入っているティアナはあそこの居心地の良さを知っている。

 神殿の中とは思えないほどに広大でどこよりも空気が澄んでいる場所だ。


「おい、嬢ちゃん! オレが代わりに話してやるから通訳してくれよ!」


 ティアナの膝の上で憤慨するリーヴィラと目が合う。しかし、頭の中が混乱しているティアナは返事できなかった。


 リーヴィラはティアナの瞳の中から光が消えかかっていることに気づき、尻尾を叩きつけながら叫ぶ。


「オレたちだって黙ってねぇぞ! 嬢ちゃんはオレたちを救ってくれた真の聖女だ。お前ら精霊に絶望させられてたまるかよ」

「……リーヴィラ様」

「嬢ちゃんはオレの子孫……ドラウトと一緒になってこれからもっと幸せになるんだよ。シエナでしか幸せになれねぇわけがねぇ!」


 そうだ! とティアナの瞳に光が戻る。


(わたしにはドラウト様がいる。わたしを聖女としてではなく、一人の女として愛してくれる人が居てくれる。だから――)


 ティアナはナイトテーブルに腰掛ける精霊を指さした。


「わたしの未来はわたしが決めます。歴代の聖女がどうだったかなんて知らないわ。でも、お礼だけは言わせてちょうだい」


 ティアナは苦しそうに笑い、精一杯声を弾ませた。


「あなたのおかげでわたしは前を向いて歩ける。まだシエナには戻らないわ。わたしにできること、やるべきことを見つけた時こそシエナ王国に戻るタイミングだと思うから」


 ティアナの瞳からはこらえていた涙が溢れた。






――――――――――――

*大事なお知らせとお願い*


カクヨムコンテスト10に応募する短編の投稿を開始しました。

↓のリンクから飛べます。

https://kakuyomu.jp/works/16818093079060038179


お読みいただき、応援もしていただけると非常に嬉しいです!



雨女聖女も『面白い!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方は作品フォローや↓から☆☆☆評価していただけると執筆の励みになります。


よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨女だからと国外追放された私が聖女だったみたいです 桜枕 @sakuramakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ