第28話 雨女、緊張から解放される
豪華なベッドの天幕の中でティアナはじっとりと汗をかいていた。
緊張と不安、ちょっぴりの期待が入り混じった気持ちだった。
今夜はいわゆる初夜である。
レインハート王国に来てからというもの、一人の女性として、聖女として、王妃として相応しい人間になれるように、と時には厳しい妃教育を受けてきた。
カリキュラムの中には挙式、披露宴、そして初夜のための基礎知識も含まれている。レインハート王家の血が潰えないためにも必要なことだ。
挙式中は緊張していて、披露宴中はシエナ王国側とのいざこざがあって忘れていたが、今はこの後のことしか考えられない。
ここまで感情が揺れていると外の天候も不安になる。
窓から外を覗いてみたけれど、カラッとした夜風が心地よく、城下にはまだ明かりが灯っていた。
今日はティアナとドラウトの結婚記念日だ。国民たちは夜通しで騒ぐのだろう。
ティアナは微笑み、そっとカーテンを閉めた。
「白馬の王子様は来ないぜ」
背後からの突然の声に肩を震わせて振り向く。そこには扉の隙間から入ってきた小さな白い蛇がいた。
「リーヴィラ様。ドラウト様は王子ではなく、王様ですよ。それにレインハート王国で言うなら砂竜の王子様だと思います」
「……なんだよ、もっとガチガチに緊張してんのかと思ったのに」
ついさっきまでは緊張していたけど、あなたが変なことを言うから……という小言は黙っておくことにした。
ティアナに向かって長い体を折った龍神リーヴィラは小さく舌を出し入れする。
「子作りにはまだ早い。まだまだ聖女としてやることが山ほどあるからな」
「どういうこと?」
「本来であれば聖女が結婚するのはシエナ王国以外の四大国の天災をなんとかしてからなんだよ。結婚は見過ごしてやるが、ここから先は譲らねぇぞ」
ただただ意地悪されているわけではない。何か事情があることは明白だった。
だから、ティアナはベッドに腰掛けて手招きし、互いにベッドの上でリラックスした状態で話をすることにした。
「オレを起こしに来なかったのは先代の聖女たちの怠慢だ。あるいはシエナ王国の愚策だ。今更、嬢ちゃんに文句を言うつもりはないけどよ、このままだと世界が崩壊するぜ」
「さっきの四大王国の天災が関係しているのね」
ケラ大聖堂で聞かされたのは、聖女として次期シエナ国王の伴侶となり、国を支えるという役割だけだ。
レインハート王国の龍神を聖女が起こしに行くというのは聞いたことがない。
しかし、四大王国の天災については本で学んだ。
今回は偶然にもレインハート王国に保護されて、問題となっている渇水を解決に導いただけで他の三国は別の理由で困っている。
それを解決することもまた
「あの偽物がシエナ王国をどうにかできるわけがない。面倒ごとを増やされたな」
両者の中で認識の違いがある
まずは互いの意見を交換するべきだと判断したティアナとリーヴィラは順番に事情を語った。
その中で判明したのは正しい情報が何一つ伝承されていないということだ。
ティアナはシエナ王の伴侶となることが運命付けられ、シエナ王国のために一生を捧げると信じてきた。
しかし、ヴーリィラは世界の均衡を保つのが聖女の役目だという。
「これは憶測だが、シエナ王国が聖女を国外に出さなくなったんだ。早々に結婚させて、シエナ王国だけが豊かになるように策を講じた。だから、レインハート王国はこんなにも砂漠化が進んじまったんだ」
聖女がシエナ王国に生まれるからと言って、その力を一国が独占していいというものではないということだった。
「では、正しい歴史が伝わっていないということですか?」
「そうなるな~。これが明るみになれば他の三国の守神は怒るだろうな」
「リーヴィラ様もお怒りですよね。すみません。こんなことになってしまって」
きっとリーヴィラも内心では怒りに震えていると思った。
滝を塞いだままで何百年も放置されていたのだ。叱られても仕方ない。
「それを嬢ちゃんに言ってもなぁ。でも、シエナには怒ってるぜ、とも言い切れないんだよ」
はて、と首を傾ける。
「だって、あのポンコツ王子が嬢ちゃんの力に気づかないで国外に出してくれたからオレは復活できたわけだし。レインハート王国も安泰っぽいし。むしろ、よくここまで保ったよなぁ〜」
感心していたリーヴィラはそれに、と続ける。
「聖女ってハズレクジなんだよ。過去には心を壊してしまった子もいたんだ。ほら、プレッシャー半端ないし? 各国に引っ張りだこだし? 好きな人と結婚できないし?」
「わたしは好きな人と結婚できましたよ」
「かーーーーーっ!」
真っ白の体をピンク色に染めたリーヴィラがのたうち回る。
「そうかい、そうかい! どうして、聖女ってのはこうも能天気な奴が多いのかね⁉︎」
「能天気なのですか?」
「自覚なしかよ。実際、そういう子が選ばれるのかもな。でも、段々と心を
リーヴィラの体がほんのりピンク色から純白へと戻っていく。
「そういう人はドラウト様がなんとかしてくれますよ」
「くおぉぉぉおぉぉぉぉぉ! かゆくなるからやめてくれっ」
きょとんとするティアナは何食わぬ顔で問いかける。
「ところでドラウト様は?」
体をくねらせて、ベッドに擦り付けていたリーヴィラが動きを止めて顔を上げる。
「坊やか? 赤面して廊下の端をウロウロしていたから、さっきの話を伝えたよ。そしたら残念そうな、少し安心したような複雑な顔で部屋に戻って行った」
「あ、そう……ですか」
「案外うぶだよな。これは精霊紋を見るのは随分と先になりそうだぜ」
ティアナもドラウトと同じ表情をしていることは黙っておくことにしたリーヴィラは、ベッドから飛び上がりティアナの足首に巻きついた。
「リーヴィラ様は歴代の聖女様ともこうして一緒におられたのですか?」
「いいや。今回が初めてだな。ここが落ち着くんだ~。まぁ、夫婦の時間中はどこかに行くから許してくれよ」
そういえば、挙式の時もいなかったことを思い出す。
別の役目があると言っていたが、あれは単なる嘘で本当は気を遣ってくれていたのだと気づき、ティアナは微笑んだ。
「実はリーヴィラ様もうぶだったりして」
「ば、ばばば、馬鹿なことを言うな! オレは神だぞ! 百戦錬磨だっつーの!」
「あら、それは失礼いたしました」
「まったくだぜ」
ぷんすかしながら、アンクレットの姿になったリーヴィラはそれから話さなくなり、ティアナは扉の向こう側へと視線を向けた。
「おやすみなさい、ドラウト様。今日はありがとうございました」
◇◆◇◆◇◆
「おやすみ、ティアナ。いつも綺麗だが、今日は一段と美しかった。明日もきっと可愛くて美しいのだろう。きみと夜を共にできないのは残念だが、これからもきみに仇なす者は僕が排除しよう。約束だ」
時を同じくして、椅子に腰掛けたドラウトが扉に向かってそう語りかけていたことをティアナは知る由もなかった。
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