第29話 雨女、狙われる

 住まいを辺境地であるキュウサ領から王都へ移したことでティアナの生活は激変した。


 これまでは王妃候補として扱われていたが、実際にドラウトと結婚したことでティアナは最上級のもてなしを受け、とんでもなく豪奢な私室を与えられた。


 そして奇跡以外の言葉では説明できない現象を数々起こして国を救った上に、竜神まで味方につけたティアナが遂に16歳になった。

 これまで見えなかった精霊の存在が見えるようになり、彼らがいつも近くで見守ってくれていたことを知ったティアナはより一層、聖女として奮闘しようと考えていたのだが、見事に出鼻を挫かれることになった。


 今のティアナの仕事は王宮に居ることだけである。


 特に何かをするわけでもなく、この国の王妃かつ聖女として、ただ存在してくれるだけで良いというのがドラウトの願いだった。


「本当にこれでいいのかしら」


 ため息と共にそんな愚痴にも似た言葉を呟く。


「よろしいのではないでしょうか。他でもないドラウト様からのお願いなのですから」


 引き続き、専属侍女件護衛魔導騎士として仕えてくれているミラジーンの言葉にも納得はできない。


 自分は聖女であり、世界を豊かにする役割を担う者だ。先日、竜神リーヴィラから聞いた後では余計に考え込んでしまう。

 こうしている間にも他の国は天災に悩まされている。であれば、早く向かった方が良いのではないか。しかし、夫であり国王であるドラウトに逆らうわけにもいかない。


「むー」


 しわを寄せた額を指先で押えるティアナのうなり声だけが室内に木霊した。

 そんな王妃の姿を見かねたミラジーンが提案する。


「ティアナ様、さすがに他国へお連れすることはできませんが、城下を視察するというのはどうでしょうか。どうしてもというのであれば、とドラウト様からも許可は得ています」

「本当!? 今すぐに行きたいわ。誰か困っている人はいないかしら」


 やれやれ、とミラジーンが肩をすくめる。

 一年間、共に過ごしたからティアナが元より困っている人のために動きたがる性格だということは理解している。しかし、最近のティアナは個人よりも国のためになることを探しているような気がしてならなかった。


「ティアナ様のおかげでレインハート王国は過ごしやすい国になりました。覚えておられますか? キュウサ領のお屋敷にいらした日の夜、冷却の魔法具を使用したことを」

「勿論、覚えているわ。だけど、あれっきりになってしまったわね」


 案の定、とでも言いだけにミラジーンが苦笑した。


「ティアナ様がいらっしゃるだけで気温がぐっと下がるようですよ。身近にいたわたくし達はそれを実感していましたが、王都に住む貴族たちはそうではなかったようです。ですが、ティアナ様が王都に来られてから上級貴族たちも考えを改めたようですよ」

「それって、ルクシエラ様のお言葉があったからではなくて?」

「否定はできません」


 ドラウトの叔母であるルクシエラ公爵がティアナを認めたという噂は瞬く間に王国内に広まった。


 ルクシエラにとって一番好印象だったのは、ティアナが多方面への知識に明るく、突飛な発想力を持っている点だ。

 滅多に人を招かない公爵邸にティアナを招待し、秘蔵の書庫の扉を開けた。しかもクラフテッド国王から直々に賜ったという書物を貸したというのは前代未聞の出来事だった。


「ルクシエラ様の所有している書物は本当に凄いのよ。次はどんな本を読めるか楽しみ」

「先日、お借りしたものを読んでからですね」

「え? もうとっくに3周して、内容は全部頭の中に入っているよ?」

「……相変わらずですね。では、ルクシエラ様にご連絡をしておきます」

「ううん。ルクシエラ様からお呼ばれする時まで待ってる。そっちの方がずっとワクワクとドキドキが続くもの」


 そんな雑談をしつつ、数人の護衛を連れて城下へと降りたティアナの表情は明るい。以前は一歩でも外に出れば土砂降りだったが、今は違う。

 程よい日差しが心地良く、散歩日和と言っていいだろう。 


 足取りの軽いティアナは一つの建物の前で足を止めた。


「赤ちゃんの声が聞こえる」

「はい。レインハート王国の未来を担う子が生まれたのでしょう」

「少し会えるかしら?」

「ご所望でしたら」


 しばし待っていたティアナの元に一人の女性が駆けつけた。王妃が直々にやってきたと聞きつけた家人が飛んできたのだ。


「よければ、祝福をさせてもらえますか?」

「も、もちろんです、王妃様」


 竜神リーヴィラに習った通りに祈りを捧げ、聖女の力で清めた水で赤ちゃんの足を撫でてあげるとキャッキャッ笑ってくれた。


「ありがとうございます、王妃様」


 産後からまだ数日しか経っていないのだろうか。母親の顔色は悪い。

 重々しい動きで顔を出してくれたが、ティアナはそっと彼女に手を向けた。


「気にしないで。他にもお子さんはいますか?」

「は、はい。2つ上の子が」

「連れてきて貰えるかしら。この子だけが祝福を受けたとなれば不公平でしょ?」


 母親たちが喜んでいる反面、心配顔のミラジーンが耳打ちする。


「ティアナ様、王都の中でもこの家は位が高くないのであまり特別扱いするのは――」

「あら、わたしは平民上がりよ?」

「それはそうですけど。それはまた別の話と言いますか……」

「この家だけにするつもりはないの。レインハート王国にいる全ての12歳以下の子供たちに祝福を行いましょう」

「そんな急に⁉︎」

「だって、思いついちゃったんだもの。守神であるリーヴィラ様もきっとお喜びになるわ」


 気取られないように足首を見下ろすと、アンクレットがわずかに揺れた。


「ドラウト様に上申しておきます」

「平気だと思うけどなぁ」


 16歳を迎え、リーヴィラとの特訓の成果もあって聖女の力をコントロールしたティアナは何かしたくて、うずうずしていた。

 やっと出来ることを見つけた、と歓喜するティアナの影で目尻をおさえるミラジーン。


 赤ちゃんのお兄ちゃんにも祝福の祈りを捧げたティアナは意気揚々と屋敷を後にした。


「――それでね、ルクシエラ様から拝借した書物によると、昔のクラフテッド王国の王族は結婚の印に左手の薬指にリングをつけたんだって。今はもう古い風習でやってないみたいだけどね」

「初めてお聞きしました」

「作りたいなって思ったの」

「はぁ……。リングくらいならドラウト様がいくらでもご用意されるのではありませんか?」

「ちっがーう! 乾宝石かんほうせきをあしらいたいの」

「ッ!?」


 思わず、足を止めて驚愕するミラジーンのことなど気にせず、ティアナは嬉々として語り続ける。


「モンド卿には相談するつもりだけど、一粒の小さな乾宝石かんほうせきをリングの上に固定できないかなって」

「平坦なリングではなく、高さを生み出そうとお考えなのですか!?]

「そうそう! やっぱり、ミラジーンの方が上手に説明できそうね。サマク領に行く時は絶対に着いてきてね」

「それは喜んでお供しますが……。ティアナ様、レインハート王国では乾宝石かんほうせきの所有は許されていますが、装飾できるのは妃殿下であるティアナ様のみですよ」


 それは前に聞いたよ? と言いたげなティアナにミラジーンは珍しく興奮気味に告げる。


「台座の上に乗った乾宝石かんほうせきですよ! そんなものがリングについているですって!? 絶対に身につけたくなるではありませんか!」

「そうだよね! ミラジーンもそう思うよね! だから、みんなお家の中でこっそり身につければいいんじゃないかな? だって、こんなに綺麗な宝石をジュエリーボックスの中に仕舞っておくなんて可哀想よ」

「そ、それは!? そ、そうかもしれませんが、いや、でもルールを破るのは…… 」


 ごにょごにょ、と葛藤を繰り返すミラジーンの前を行き、久々の王都を散策するティアナは素敵なカフェを見つけて、折角だからお茶して行こう、とおねだりした。


 渋々といった様子のミラジーンを先頭にカフェテラスへ向かう。


「ティアナ様、貸切にいたしましょう」

「そんな、他のお客さんに悪い――」


 ティアナの返答はそこで途切れた。


「ティアナ様!!!!」


 まるで強化ガラスを鈍器で殴ったような重々しく、耳をつんざくような爆音が響き、ティアナは耳を塞いだ。


「警戒体制を取れ! 第一優先はティアナ様だ! 狙撃手の特定は後でいい!」


 ティアナの頭を押さえ込むミラジーンの指示で周囲を警戒する護衛たち。


 大勢の人で賑わっていた王都の町は大混乱となり、着飾った貴族たちが叫び声を上げながら逃げ惑う。

 反対にティアナを護衛する騎士たちは呼吸すらもしてはいけないような緊迫感に包まれた。


 それから数秒後、静寂を破るようにドサッと何かが空から落ちてきた。

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