第27話 雨女、助けられる
そーっと手を上げた髭面の男性。
「ドラウト陛下、発言をお許しいただけますか」
「許可しよう」
ごほんと大袈裟に咳払いしたバクサが小太りの体を主張させるように前に出る。
参列している来賓の視線が一点に集まった。
「差し出がましい事とは重々承知の上ですが、これだけは言わせていただきたい。ティアナ様は紛れもなく聖女様です」
ぴくりとギルフォードの眉が苛立つ。
「私が治める領地では
バクサはティアナの瞳を見つめ、しっかりと頷いてくれた。
「これまでにない肉厚な果肉、甘みの奥にある優しい酸味、かぶりつきたくなるフレッシュなビジュアル。そして何よりも年間を通して収獲し続けられる生産性。いずれもティアナ様によってもたらされたものです」
全身を使って
「この新作はレインハート王国でしか食べられません。是非、先ほどのように皿いっぱいに盛った
バクサはティアナに向かって小さくウインクした。
彼の存在の大きさと頼もしさに胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
ティアナが口元をおさえていると、「そうです!」という声も聞こえてきた。
「サマク領の領主、モンドと申します。ボクの領地もティアナ様に救われました。領民の安全が確保できたからこそ、
ティアナの背後から、すっと手が挙がる。
「わたくしはティアナ様に命を救われました。この国に恵みの雨をもたらし、生贄の儀は無意味だと証明してくださったのです。ティアナ様は竜神リーヴィラ様がお認めになった崇高で神聖なお方です」
筆頭侍女に相応しい装いのミラジーンが声を張る。
「そちらの国がなんと言おうとも、レインハート王国にとってティアナ様は聖女です」
他国の王子を恐れぬ行動に感化された他の地方貴族たちも声を上げてくれた。
しかし、王都に住む上級貴族たちはだんまりを決め込んでいる。
それもそのはず、彼らは聖女の力の恩恵にあずかっていない。
最初こそ雨が降ったことを喜んでいたが、習慣化すれば外出の際に天気が雨なら鬱陶しく感じているくらいだ。
それを察したのか、ギルフォードはやれやれと手を開いてジェスチャーした。
「聞く限り、貴国民の意見は二分化しているようだ」
「いいえ、私たちも花嫁の味方ですわよ」
突然の声に戸惑ったのはティアナも同じだった。
「お初にお目にかかります、ティアナ妃殿下。ジュカ公爵家当主、ルクシエラと申します。僭越ながら皆の声を代弁させていただきますわ」
気品漂う貴婦人の登場に目をぱちくりさせるティアナのことなど気にする風もなく、ルクシエラ・ジュカはヒールを鳴らした。
「ギルフォード殿下のお連れよりも、我らが王妃の方が信用に値します。理由は妃殿下は我らをペテンにかけるような真似をされていないからです」
「な、なんだと!? どういうことだ! 分かるように説明しろ!」
「これ以上の言葉は不要でしょう。ドラウト陛下」
ルクシエラはぴしゃりと会話を終え、ドラウトに目配せする。ドラウトが頷くと控えていた騎士たちがギルフォードとマシュリを囲んだ。
「やめろ、離せ! ティアナ! シエナ王国に戻れ! これは命令だ!」
「ティアナ……グズのくせに……絶対に許さないから!」
そんな叫びと共にギルフォードとマシュリは披露宴会場を追い出され、場内は一時騒然とした。
「かの者たちを招待したのは陛下ですか?」
「いいや、僕はシエナ王に招待状を出しただけだ。当初の予定では第一王妃殿下と王太子殿下が参列されるはずだった」
「我が国も下に見られたものですね。陛下、次の一手を。このままではレインハート家の名折れですわ」
「分かっている」
一見するとドラウトを叱っているようにも見える。
そんな二人の関係性が読み解けないティアナが視線を右往左往させていると、ミラジーンが耳打ちしてくれた。
「ルクシエラ様はドラウト様の従叔母にあたるお方です。若くして王となったドラウト様の相談役のような方です」
「へぇ〜。わたし、ちょっとお礼を言ってくる」
「テ、ティアナ様⁉︎」
ミラジーンの制止を華麗にスルーしたティアナがルクシエラの前でカーテシーする。
まるで小粒でも見るような目で見られた。
「先程はありがとうございました、ルクシエラ様」
「ティアナ妃殿下。あなたは今日、レインハート王国、そしてレインハート王家の人間になったのです。他国に舐められていてはいけません。なぜ、あの女を非難しないのです」
「非難……ですか……?」
心底困ったように眉をへの字にするティアナの態度に呆れるルクシエラは、これ見よがしにため息をついた。
「どう見てもあの女が偽物でしょう。身につけることもおこがましいのに、首からぶら下げている
「マシュリ様が
「呆れた子。何も知らないのかしら」
「叔母上、ティアナに魔法適正はありません。いくら聖女でも全てを正しく認識できるわけではないのです。ご容赦を」
「はぁ……。であれば、あなたが支えなさい。夫婦になったのでしょう?」
「はい、肝に銘じます」
どういうことでしょう……? と上目遣いするティアナにドラウトがそっと告げる。
「マシュリという女はティアナが泥団子と評した
ティアナはマシュリが持っている
「そうでしたか。気づかずにすみません」
「いや、ティアナが謝ることではない。これからは魔法に関わることは僕が伝える」
「はい! あ、ドラウト様」
「ん?」
「すっかり呼び捨てに慣れられたようですね」
「っ‼︎」
さっきまでの威勢はどこへやら。
他の連中に気取られまい、とうつむくドラウトは「席に戻る」と短く言って足早に行ってしまった。
紆余曲折あったが、ドラウトの後に続くティアナは笑顔で披露宴を終えた。
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