第23話 ドラウト、不安に打たれる
※ドラウト視点
ティアナが初めて一人での公務に挑んでいる中、ドラウトは忙しなく屋敷内をウロウロしていた。
「やっぱりついて行くべきだったか。いや、ザート領での対応を見る限り、問題はなかった。今後の彼女のためには……いや、でも!」
最初は執務室内を右往左往しているだけに留めていたが、いてもたってもいられずに部屋を飛び出してしまった。
無論、昨夜は一睡もしていない。
無駄にトイレに行ってみたり、こっそりと帰ってきているのではないかと玄関を覗いてみたりと始終落ち着きがなかった。
こんなドラウトを見たことがない使用人たちは大層驚き、そっとしておいたのだが、唯一、声をかけられたのが側近であるリラーゾだ。
「ちょこまかと鬱陶しいです。部屋に戻ってください」
「こっちは晴れだが、あちらの天気はどうだろうか。ちゃんと食事は食べているだろうか。誰かに乱暴されたりとか」
「きっと雨でしょうね。食事は食べているでしょう。ミラジーンもついているから心配はないでしょうね。モンド卿が16歳にも満たない少女を蔑ろにするとは思えませんし」
リラーゾに諭されてもドラウトの心配性は加速するばかりだ。
「モンド卿は一流の宝石職人だ。あのしなやかな指でティアナ嬢を――っ!」
「ないですって」
「ティアナ嬢に贈ったオレンジジュエルはモンド卿が仕立ててくれたものなんだぞ。それをティアナ嬢が知ったら!」
「自分の妻候補をもっと信じてあげなさいよ。あのお嬢さんがそんな不貞を働くとでも?」
「それはない。僕の未来の妻を愚弄するな。いくらリラーゾでも許さないぞ」
すっかり変わってしまったドラウトの姿にやれやれとため息をつく。
これまで女気のなかったドラウトだ。レインハート王国の行く末ばかり憂いでいた男がたった一人の少女のことで百面相しているなんて信じがたい。
「とにかく、あのお嬢さんなら大丈夫でしょう。あなたは国王陛下で、彼女は聖女で、妃に内定している女性です。もっと信用してあげてください」
「……そうだな」
「二人はこの国で一番ラブラブな夫婦になるのでしょうね」
「そ、そうかな」
乙女のように頬を赤らめるドラウトに、ダメだこりゃとジェスチャーしたリラーゾは無理矢理、執務室に押し込んだ。
椅子に座っても上の空のドラウトの前に束ねた紙を差し出す。
「言われた通り、
「…………あぁ、ご苦労だった」
この人、忘れてたな、というリラーゾの疑惑の表情に気づき、一気に仕事モードになって顔と気持ちを引き締めたドラウトが報告書をめくる。
それなのに、他国では
レインハート王国の王妃しか身につけることが許されない宝石が、原石ではなく加工された状態で出回っているのだ。
そこでドラウトはティアナにサマク領の問題解決を、リラーゾに偽物の調査を命じた。どちらも見事に解決へと向かっているのだが、ドラウトの表情は硬い。
「ここまで見分けのつかない偽物を作れるならそうとう優秀な魔法使いですよ」
机の上には本物と偽物の
その差は光り方がわずかに異なるだけで簡単には見分けがつかない。唯一の違いは魔力残滓の有無だけだ。
魔力を持つ人間であれば偽物が魔法によって意図的に作られたものだと気づくことができる。しかし、魔力を持たない民族――例えば、シエナ王国の国民は簡単に騙されてしまう。
本物かつ最上級クラスまで仕上げられたオレンジジュエルをティアナにプレゼントしているドラウトですらも感心するほどの
「こんなに汚い魔力は初めて見た」
「はい。魔術師団にも確認を取りましたが、この魔力の性質と一致する者は本国にはいません」
つまり、レインハート王国所属の魔法使いではない人物の仕業だ。
重苦しい空気が執務室に漂う。
雨が降るようになってから今日までサマク領の採掘場は封鎖されていた。
しかし、今日まで他国の市に出回った
明らかに怪しい話だが、他国へ出回ることがなかった
「シエナ王国を狙っているというのが
一番の問題は偽物が魔法適正を持たない国だけに出回っていることだ。
これまでシエナ王国には生活水、飲料水の返礼として
しかし、ティアナのおかげで水問題が解決に向かい、シエナ王国の援助が不要になったから返礼品を取り止める方針とした。
というのは建前で、実際にはティアナを国外追放へ追い込んだ国への報復の意味合いが強い。
「それとも……」
レインハート王国が頑なに輸出しない
思案顔のドラウトはにやりと笑い、手を打った。
「シエナの王太子は腹違いの弟君とは違って話の分かる人だったな。一度、会ってみるか。ティアナ嬢のことも血眼になって探しているようだし、僕たちの結婚式にシエナ王国だけ招待しないというのは流石に角が立つ」
今後の方針は決まった。
あとは愛するティアナの帰りを待つだけだ。
すでにサマク領の問題は解決済みだと報告は上がっているが、ドラウトの屋敷までは馬車で数日の旅になる。
転移魔法であれば一瞬なのに。まだ心が休まる日は来ない、と諦めて窓の外に目を向けた。
(今日の宿は決まっただろうか)
もう日が暮れようとしていた。
今日もまた一人で夜を過ごすのか、とドラウトが目を伏せた時、ノックの音が聞こえた。
ドラウトに代わりリラーゾが入室を促す。
静かに扉が開き、薄い水色の髪がドラウトの視界の端で揺れた。
「失礼いたします。ただいま戻りました」
肩を上下させるティアナがカーテシーの姿勢を正す前に足が宙に浮いた。
「ティアナ嬢! 僕の太陽! よく戻ってくれた!」
「ド、ドラウト様⁉︎」
リラーゾがいるにもかかわらず、うっとりとした表情でティアナを抱き上げるドラウト。
ティアナは恥ずかしそうにチラチラとリラーゾを見ながら告げる。
「えっと。滞りなく公務を終えました。サマク領の問題は解決に向かうと思います」
「そんなことは二の次だ。きみが無事ならそれでいい」
くるくる回る二人を横目に、知らんぷりを決め込むリラーゾは静かに執務室を出た。邪魔してはいけないという忠誠心よりも、二人の世界に入りたくないという気持ちが強かったのは秘密だ。
「ドラウト様、そろそろ降ろしてください」
「すまない。つい嬉しくて」
「あ、嫌というわけではありませんよ! それが気になって」
ティアナが指さす先には二つの
一つは見分けるのが困難な偽物だが、ティアナは迷わずに片方を掴んだ。
「どうしてこんなにも汚い石があるのですか? ドラウト様のお部屋が汚れてしまいます」
目を剥いたドラウトは、気づけばいなくなっていたリラーゾを大声で呼び戻した。
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